4期・39冊目 『劒岳―点の記』

新装版 劒岳 ―点の記 (文春文庫)

新装版 劒岳 ―点の記 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
日露戦争直後、前人未踏といわれ、また、決して登ってはいけない山と恐れられた北アルプス劔岳。測量官・柴崎芳太郎は、山頂への三角点埋設の至上命令を受け、地元の案内人・長次郎とともに、器材の運搬、悪天候、地元の反感など、さまざまな困難と闘いながら、その頂に挑戦する。そして、設立間もない日本山岳会隊の影が―。

この作品は山岳小説の一種ではあるものの、あくまでも地図上の空白(中部山岳地帯)を埋めるため、劒岳周辺の困難な山岳測量を行った男たちの軌跡を辿ることが主となっています。
無論、前人未踏の山・劒岳の初登頂を日本山岳会と争うという面もあることにはあります。測量部の体面を重んずる上官からの命令に対して、測量という仕事を優先しなければならない測量官の苦悩とか、決して登ってはいけない山を信仰する地元住民への配慮とか、劒岳に関する様々な要素に彩られていますがさほど重要では無いように思います。*1それゆえ、劇的な展開に欠けるかもしれません。


しかし本作の特徴は、一般登山としてはまだ黎明期であった明治40年頃、道無き険しい山々を測量してまわる測量隊の仕事ぶりが詳細に書かれていることでしょう。
測量のために忍耐強く天候の回復を待ったり、機材を運ぶ人夫らの仕事日程の調整・危険な作業のための賃金交渉といった苦労。そして半年以上もの長期間にわたり天幕で過ごさなければならない想像以上に過酷な生活。特に主人公の柴崎芳太郎は新婚の身でありながらたまの手紙でしかやりとりできないのが辛いですね。そこは持ち前の責任強さと寡黙さゆえか控えめにしか表現されていませんが。
それとは別に季節とともに変化する自然の表情の描写はすばらしいし、立場を超えて結ばれる山男たちの友情が清清しいもの。
現在、日本の隅々まで記載されている地図には一般には知られていない、測量に携わった人たちの辛苦の上に成り立っているのだと思い知れる作品でした。

*1:映画ではもっと強調されているかもしれないけど