12期・15冊目 『崖っぷち侍』

崖っぷち侍 (文春文庫)

崖っぷち侍 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

戦国末期。千葉房総の大名、里見家に仕える下級武士・金丸強右衛門は、戦で勝てば領地が増えて、生活も楽になり、妾も囲えると意気揚々。ところが主家は、秀吉に領地を減らされ、徳川幕府によって滅ぼされてしまう。負け組大名に仕えた強右衛門一家が、戦乱の世でも明るくたくましく生きる姿を描く痛快時代小説。

戦国時代末期、房総半島の安房国上総国の一部を領有していた里見氏ですが、長らく相模国武蔵国を地盤とする後北条氏と戦い続けており、どちらかというと押され気味でした。
それが秀吉の関東遠征によって小田原城包囲となると、一躍海を渡って攻め寄せます。
そんな里見方の侍に金丸強右衛門という者がいました。
金丸家は代々里見家に仕えていた百人衆が一人。
4人程度の家人を抱え、同じ百人衆の朋輩と一つの村を分割して領有していくらかの田畑、それに四丁櫓の船を所持して平時には舟商売にも手を伸ばしていました。
北条攻めではたいした活躍はできなかったものの、里見家が勝利側についていたことから多少なりとも褒賞が得られるものかと期待していたところでわかったのは、秀吉の天下仕置きによって逆に上総国の領地が削られて、安房一国に押し込められるという厳しい現実。
以降、里見氏と強右衛門にとっては、北条との戦いの連続であった過去とはうって変わって、より大きな勢力に翻弄される、なかなか苦労が報われない日々が始まるのでした。


戦場では勇敢な武者ではあっても、内においては気の強い妻と母による嫁姑争いに巻き込まれて神経が削られたり、子にかかる費用の算段に苦心したり、うっかり妾にしてやろうと言ってしまった村の女に押しかけられて、強く断れずにうやむやにしてしまったり。領地が削られてしまって収入が減ることで、妻に家人を減らさなければならないと言われるも、情にほだされて決心がつかなかったり。
現代に置き換えれば零細企業の経営者であり、地元企業の下請けとして懸命に働いていたのに、進出してきた大企業の論理によって大海に浮かぶ小舟のように翻弄されてしまうってところでしょうか。
時代が変わっても、一家を背負って立つ男の人情と機微が充分に感じられる内容です。
信長・秀吉・家康と天下人が移り変わって幕府体制が安定するまでの時代の激変は変わらぬ日常を過ごしてきた下々の人々の暮らしをも変えていったことでしょう。
そんな中で里見家は致命的なミスもせずに結果的には勝ち組についたのにいつの間にか領地は減らされ、ついには幕府内の権力争いのあおりを食って改易となった不運な大名です。
そんな中で見せるのが金丸強右衛門の生き残りにかけるしたたかさでしょう。
時々口を挟んでくる彼の母も年寄りの知恵というか、なかなか侮れないものがあります。
タイトルは崖っぷちに追い詰められていながらも、そこで踏ん張る侍の強さであった、と思わせられた最後でした。