11期・54冊目 『おくうたま』

おくうたま (光文社時代小説文庫)

おくうたま (光文社時代小説文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

織田信長によって滅亡した浅井一族。しかしただ一人、浅井長政の十二歳の息子は生き残り、腕は確かだがちょっと変人の外科医に「弟子」という名目で匿われる。外科医だから怪我人たっぷりの戦場が稼ぎ場所。少年もあれやこれやの合戦に同行し右往左往。早くお家再興を成し遂げたいのに、仇の織田の力は増大するわ、弟子の仕事も多いわ…。少年の夢は、どうなる?戦国の世を駆け回る、異相の凄腕医師と少年の物語。

小谷城落城により滅亡した近江の戦国大名・浅井氏。
その影で密かに逃された二人の少年がいました。
浅井長政庶子・喜十郎、そして重臣・遠藤氏の子・弥次郎は、京に住む金創医(戦場における外科負傷者の外科治療)である瑞石に預けられ、頭を丸めて弟子として生きていくことになります。
しかし日に日に勢力を伸ばしてゆく織田の勢力は彼らの元まで伸びていきて、特に信長の恨みが激しい浅井の遺児は厳しく追及されていました。*1
そんな中で、瑞石はあえて信長の配下である秀吉の元でなら、灯台下暗しで誤魔化せるのではないかとその軍勢についてゆくことになります。
そうして喜十郎と弥次郎は瑞石に従い、近くで鉄砲や弓矢が飛び交い、武者や足軽どもが切り結ぶ戦場の一端で凄惨な負傷者治療を手伝うことになったのでした。
世を忍んで医者の弟子として懸命に生きるも、心の中ではいつかは浅井家再興をと願う二人。
そして、ただの小僧ではなく浅井家の生き残りなのではないかと疑い始めた織田家の軍監。
果たして二人の運命は?


滅亡したと言っても、嫡流が絶えただけで浅井家の配下だった者たちは生きていくために意外と多く織田家(ここでは近江長浜を所領としてもらった木下藤吉郎)について働いていました。
そうした知己を得て密かに浅井家再興を目指す二人。
後の歴史を知る立場からすれば無駄とは思えど、若い二人の想いは理解できなくはないのですが、医師の弟子として奮闘する日常の中で密かに狙われている様子が危なげなくて気になって仕方ありません。
また、後の江戸時代と違って資料に乏しいであろう当時の戦場における金創治療の様子がやけに生々しくて目を奪われますね。
戦の後方である医者と負傷者を中心とした視点がよくある戦国ものとは違って新鮮でもありました。


結局、織田の軍監の目を誤魔化しきれずに逃げ出すことになってしまい、未だ一向宗が立て籠もっていた加賀で客分として戦うことになったのですが、時代の流れには逆らえず、浅井家再興も遠のくばかり。
(喜十郎本人としては)最後のチャンスを目の前にしての意外な結末を迎えます。
長政が「最後の時に開け」と託した印籠の中身に籠められた想いとタイトルに繋がる喜十郎の決断が感動的でありました。
こういった時代の陰に埋もれていった者たちの熱い思いが伝わってくるような物語は歴史好きとしてもたまりませんね。

*1:実際に長政の嫡子は落ち延びた先で捕まり、磔とされた