11期・9冊目 『軌跡』

軌跡 (角川文庫)

軌跡 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

目黒の商店街付近で、若い男性が血を流して倒れているのが発見された。現場に到着した大島刑事と湯島刑事の前に現れたのは、刑事調査官の谷と心理調査官の島崎優子だった。若者同士のトラブルかと思われたが、捜査は思いのほか難航する。島崎と組んで聞き込みを行うことになった大島たちは、彼女の言葉に事件解決の糸口を見出すが…(「老婆心」より)。幻の「刑事調査官」シリーズの他、五編を収録した文庫オリジナル短編集。

個人的にST(Scientific Taskforce、科学特捜班)シリーズでお馴染みの著者ですが、今回選んだ短編集は刑事ものは最初の一篇のみで、他はSF的要素が溢れるちょっと毛色が違う内容でした。


「老婆心」
私鉄のガードと商店街に挟まれた公園にて若者が死体として発見される。
被害者はラップ・ミュージシャンを真似た服装であり、付近の空きアパートに似たような若者の集団が入り浸って、公園にたむろしたり落書きしたりして近所から苦情が寄せられていた。
突然母が倒れたとの知らせを受けた主人公の巡査部長、ベテランの検視官、愛猫が死にそうだとかで捜査に身が入らない若い女性心理調査官。
短いながらもそれぞれキャラクターが立っている上に、タイトルの老婆心がそれぞれの事情に密接に関連していて心地よく読ませる作品でした。


「飛鳥の拳」
東京で忙しい日々を送る音楽ライターが主人公。
人気の新人バンドの魅力を明かすため、新たな切り口として、空手の黒帯を持っているリーダーが古武道の修業に参加する企画に同行する。
都会とはまったく時間の流れが違う田舎の雰囲気。飛鳥時代より連綿と引き継がれてきたという蘇我氏由来の拳法を守る寺の住職と娘。
心洗われた主人公はすっかり魅せられてしまうのですが、意外な事実(実際は有りえそうだけど)が発覚。途中までは流れも良かったのですけど、あまりに尻すぼみな結末なのが残念でした。


「生還者」
かつて優れた宇宙パイロットとして世界の期待を背負って旅立った英雄・ロッド。
宇宙空間の狭間に囚われて、ようやく帰還するが妻はすで世になく、生まれたばかりだった息子カーチスは自分と同じくらいの年齢に成長していた。
いわゆる浦島太郎状態を描いたもの。
親も子の成長に合わせて親として成長するものという言葉は確かに言えます。
たとえ血が繋がっていようが、突然大人に成長した息子を前にどういう態度を取っていいか戸惑う気持ちはよくわかります。
それゆえ割り切って新たな親子の関係でスタートできたラストは良かったですね。


「タマシダ」
鉢植えのタマシダを育てはじめた主人公。何度も話しかけるうちに今度は夢を介してメッセージを送ってくるようになった。そのアドバイスに従ったら思わぬ成功を手に入れるようになる。
しかし女性と暮らすようになってから植物の世話を怠るようになってしまい・・・。
どこか懐かしいショート・ショートな作品。
転落した男の行く末がちょっとしたホラーですね。


「オフ・ショア」
失恋の痛手からなかなか立ち直れない主人公が気分を切り替えるためにスキューバ・ダイビングをやろうとオフシーズンで空いている南の島に向かう。
その中で失恋を忘れるのではなく、自分自身に向かい合い、自身の行為をを省みるという内容。
辛い想いは時間が解決するといいますが、そのためにはどのように過ごすのかも大事だということなんでしょうな。


「チャンナン」
格闘専門の小説家の傍ら、空手道場の師範をしている主人公が門下生たちと飲んだ際に泥酔して意識を失うと、どこか見知らぬ浜辺(後に昔の沖縄だと気づく)にいた。
片言しか言葉が通じなかったが、土地の若者に空手を教えていくことになる。
沖縄空手の幻の型「チャンナン」を巡る不思議な体験談ですが、歴史上の意外な真相に迫っていそうで面白かったです。
史料が残されていない歴史の謎というものは、色々と想像がはかどりますね。