7期・31,32冊目 『デットゾーン(上・下)』

デッド・ゾーン〈上〉 (新潮文庫)

デッド・ゾーン〈上〉 (新潮文庫)

デッド・ゾーン〈下〉 (新潮文庫)

デッド・ゾーン〈下〉 (新潮文庫)

ジョン・スミスは人気者の高校教師だった。恋人のセーラとカーニバルの見物に出かけたジョンは、屋台の賭で500ドルも儲けた。なぜか,彼には当りの目が見えたのだ。愛を確認し合ったその夜、ジョンは交通事故に遭い、4年半の昏睡状態に陥った。誰も彼が意識をとり戻すとは思わなかったが、彼は奇跡の回復を遂げた。そして予知能力も身につけた。そして―、彼の悲劇が始まった。

S.キングによる超能力者の苦悩と孤独を描いた作品は今までいくつか読んできましたが、今回は珍しく男性が主人公で、かつ能動的に力を発揮するのではなく、触れた途端にその人物にとっての未来の重要なシーンが湧いてくるという受動的な能力となっています。
主人公ジョン・スミス*1は生徒たちに人気の高校教師であり、同僚のセーラと交際し始めたばかりの幸せな日々を送っていました。
そんな二人がある日近くのカーニバルに出かけてほんの遊びのつもりで屋台の賭けをやってみたところ、ジョンの賭けは次々と的中。周囲が見守る中、神がかり的なツキによってついに500ドルという大金を得るまでになります。しかし、セーラが気分が悪くなったために急ぎ彼女を送った後、ジョンはタクシーに乗って帰るのですが、深夜レースに興じていた若者の車と正面衝突。瀕死の重傷を負い、長らくの昏睡状態に陥ります。
実はプロローグで幼少時に一度ジョンは頭に衝撃を受けて意識を失った際にすでに予知能力の兆候が見られ、それがどういうわけかカーニバルの晩に目覚め始めていたということがわかります。


4年半後にジョンが目覚めた時には、セーラは他の男性と結婚しており、母親は宗教かぶれが重症化した上に病が進行していたのでした(信仰上の理由から治療も拒否していたために病状も悪化)。
そして事故で失われた脳の一領域(デッドゾーン)の代わりに触れた相手の未来が見えてしまうという能力を得ていたのです。
本人の意識からすればつい昨日の出来事が4年半も過去となっており、まして最愛の人が他人の妻となってしまったなんて、驚き以前に承服しかねることでしょう。
事故の後遺症とともに現実を受け入れざるを得ないジョンの苦悩が非常によく伝わってきます。
唐突に発揮されるジョンの予知能力によって、子供の失明が治った看護師や自宅焼失を防げた理学療養士など出てくるわけですが、感謝こそされど一般人からしたら奇異の目で見られてしまうわけで。
マスコミにも取り上げられ、その騒ぎの余波で復職の道を断たれたジョンとしては、もうひっそり静かに暮らしていきたいと思うというのは当然でしょう。それでも霊能者としての(詐欺的な)金儲け話を持ちこむ輩や、超能力にすがろうとする多種多様な人々がいるわけですが。


そんな中で唯一自ら協力を申し出た*2のは近隣を脅かした連続強姦殺人犯の捜査でしたが、意外な犯人とその自殺によって晴れやかな結末とはならず。
前職の知識を活かした家庭教師の職を得て平穏な日々を送っていたジョンはある地方政治家(スティルソン)と握手したことで、彼が将来アメリカ大統領となって世界を破滅に導く核戦争を引き起こす未来を知ってしまいます。
自身の予知が当たらないことを願いながらも、行く末を見守るのですが、いくつかの僥倖もあって、スティルソンは確実に議員としてのキャリアを昇ってゆく。
そしてジョンは自分の体がそう長くはもたないことを知り、ある決断を下すのですが…。


もし予知能力を得たとしたらどうするか?
例えばギャンブルで稼ぐとか、自身や親しい人を事故天災から逃すとかいったことが思いつきますよね。もっとも普通は狂人と思われないよう言動には慎重を期すと思います。
しかしジョンが知りえるのは触れることのできた他人の運命のみで、その際の言動はコントロールできない。そうでない時の本人はいたって普通の人間でしかありません。
運命に翻弄されたと言うには悲しすぎるジョンの人生。その感情の機微が巧みに描かれており胸を打ちます。
ただその人柄のせいか、父をはじめ手術に関わった医師や教え子、元恋人のセーラに至るまでジョンのことを大切に思っており、その交流には心温まるものがあります。
超能力によって人の心の醜さが浮き出る作品は多いですが、逆に人を思いやるあたたかさを知ることができたのは良い意味で裏切られましたね。
ジョンとスティルソンの対決の結末とラストシーンについては伏せますが、切なくも納得のいく内容なのは間違いないです。

*1:日本で言えば「鈴木一郎」くらいな平凡な名前だろうか

*2:「神に与えられた使命を果たせ」という死に間際の母の言葉の影響もある