5期・43冊目 『雷桜』

雷桜 (角川文庫)

雷桜 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
雷鳴とどろく初節句の宵に、何者かにさらわれた庄屋の愛娘・遊。十五年の時を経て、遊は“狼女”となって帰還した―運命の波に翻弄されながら、人の優しさを知り、愛に身を裂き、凛として一途に生きた女性の感動の物語。吉川英治文学新人賞受賞第一作。書き下ろし長編時代ロマン。

結論から言えば、時代小説と純愛小説が見事にマッチした傑作と言えましょう。最初から一気にのめりこんで読んでしまった内容でした。


瀬田村の庄屋の娘・遊は初節句の祝いの夜に何者かに連れ去られて以来、15年の長き時を「親父様」と呼ばれる謎の男と瀬田山で暮らす。しかし偶然の兄・助次郎との出会いがきっかけとなって、山を降り生家に戻った遊はその奇矯な振る舞いから狼女ともおとこ姉さまとも呼ばれる。
一方、学問と剣術修行で江戸に上った助次郎はたまたま縁があって、御三卿の一つ清水家の中間として雇われ、用人である榎戸角乃進に気に入られて士分に取り立てられる。ところがここの殿様・斉道*1が癇病持ちでこのままでは先が思いやられる。助次郎が宿直の際に妹のことを話したところ、斉道が大層興味を持ち、静養のために瀬田村へ赴くことに。


とかなり端折って途中までのあらすじを書きましたが、愛娘を失って悲嘆に暮れるもその後生存の噂を聞いていつまでも希望を持ち続ける瀬田家の人々。最初はとんだわがまま殿様だと思われた斉道*2が、助次郎の田舎の若者らしい率直さによって次第に心を開いていく。などなど前提となる部分が手を抜くことなく書き込まれていてそこだけでも充分読ませるので、身分も境遇も違い過ぎるのに打ち溶け合えた遊と斉道が不自然ではなくなっているんですね。
さらに藩同士の諍いや瀬田山を巡る謎解きが遊の拉致や親父様の失踪といった幾重にも絡んだ仕掛けが単純な恋愛ものと違う読み応えを感じました。
主題の雷桜をはじめ、美しい瀬田山の自然の中で育まれた一時の恋。それは悲しい別れを招く結果となりましたが、激しい運命に翻弄されながらもまっすぐで一本気な遊の生き様が印象に残る作品でした。


余談ながら、映画化(今年10月公開予定)されたそうで。*3
http://raiou.jp/index.html
たかだか2時間程度の長さに詰めるとなると、背景等は省略されて、多くの人に受けるような身分の差を超えた恋愛要素を押し出し雷桜の美しさとはかなさをだぶらせた内容になりそうな気が非常にしますね。
せめて映画がそれなりの出来となり、感動した人には原作も手にとってほしいものです。

*1:ちなみに架空の人物であるが、モデルとなったのは徳川家斉の七男・斉順かと思われる

*2:まぁこの時代の生まれながらの貴公子はこんなものかと

*3:書店で買ったので帯に広告があった