3期・82冊目 『ひたひたと』

ひたひたと (講談社文庫)

ひたひたと (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
十二の深い傷跡を全身に刻んだ女のこと。少年に悪戯され暗転した小四の夏のこと。五角形の部屋で互いの胸の奥に封じ込めていた秘密を明かしたとき、辿り着くのは―急逝を惜しまれた著者最後の作品集。まさに着手寸前だった長編『群生』のプロット200枚も収録!野沢ミステリーが目指した高みが迫る。

「13番目の傷」
バーで出会って深い仲になった女医は体に12の傷があり、自傷行為によるものと聞かされるものの、12番目の傷は背中にあってとうてい自分では手が届かない場所だった。どうしてもその傷が気になる主人公は詐術をもって聞き出そうとするが・・・。
「ひたひたと」
幼い頃性的被害を受けた女性が大人になり、意を決して加害者を突き止めようと行動に出てわかった意外な事実。
「群生」
自殺した息子の過去を調べていくうちに、ある性風俗ブローカーに辿りついたが、彼の言葉に激昂して殺してしまう。部屋に残された七通の手紙を読んだ主人公は動かされる心のままに隠岐へと渡る。


最初の2編は五角形の部屋に集った5人の男女による秘密の告発形式による短編。どちらも平凡な人間が遭遇した不思議な出会いを描いています。途中でオチがなんとなくわかってしまうのですが、それでも最後まで飽きさせない心理描写の巧さが印象に残ります。計り知れない人の心の複雑さと運命の残酷と言えましょうか。読み終えた後にじんわりくる大人のためのホラーとも言えます。予定されていたはずの残り3編も是非読んでみたかったです。
「群生」はプロットの状態ではありますが、荒削りながらも読み物として充分耐えうる内容であり、罪と罰についていろいろと考えさせられます。
事情あってわが子と一緒に暮らすことが叶わなかった二人の父の姿が痛々しい。憎まれることで望みを遂げようとするなんて。しかしそこで若い男女の存在が一筋の光明を与える。
プロットゆえに進行が早く感じますが、これも小説としてじっくり読んでみればじわじわと心にきたことでしょうね。