壬生一郎 『信長の庶子3』

信長の庶子 三 織田家の逆襲 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 三 織田家の逆襲 (ヒストリアノベルズ)

内容(「BOOK」データベースより)

織田信正、通称帯刀。織田信長庶子とされ、ごくわずかな史料にのみ名を残す彼は、一般的にはその存在を認められていない、“幻の長男”である。帯刀は、その知力と、母から与えられる謎の知識で、織田家の勢力拡大を後押しし、信長の上洛を“一年早めた”。そして朝倉家、仏教勢力との戦端が相次いで開かれる。彼は織田家に待ち受ける運命を変えられるのか―?

1,2巻同時発売後、すぐに3巻も刊行されるはずだったのですが延期となり、心配していましたが無事発売されてなによりでした。
3巻のメインは本願寺が中心となり、朝倉・浅井*1・三好・筒井、それに延暦寺や六角残党その他諸々が各地で兵を挙げた第一次信長包囲網です。
史実よりも多少は時が早まっても、信長を取り巻く情勢はどんどん悪化して、特に喉元に刺さった骨のごときが伊勢長島のデルタ地帯を占拠した一向一揆勢。
信正は九鬼と佐治の両水軍を指揮して一揆の支援をしている者たちを探り、ついでに海上の補給線を潰す役目を担います。
彼が見るところ、伊勢長島の一向一揆は一度の戦いで済むものではなく、次の戦いを睨んでいました。
実際に織田勢は一揆勢の逆襲を受けて名のある武将や一門(信興)から犠牲者を出してしまいます。
続いて近江を南下する朝倉・浅井の連合軍によって京への連絡が閉ざされるのを防ぐため、京にほど近い宇佐山に城を築いた森可成の援護に信正が向かいます。
基本的に信長の援軍が来るまでもてばいいと兵4000ほどで立てこもった織田軍。
朝倉・浅井に延暦寺の僧兵まで合流して1万5千の大軍に膨れ上がり、大挙して攻め寄せて来るのを野戦で迎え撃ちます。
始めは善戦するも、やがては数の差で押し込まれていき、城に退却。
結果的にに信正は家臣の松下長則、それに叔父の信治を喪います。
城主である森可成は命こそ拾ったものの、足を失う重傷を負いました。*2
自ら戦うことはなかった初陣と比べると、自身も敵と打ち合うほどの宇佐山の戦いはかなりの激戦であり、一歩間違えたら討ち死にの可能性さえありました。
一連の戦いで叔父を立て続けに失い、信治に関しては介錯を務めたこともあって、彼の仏教嫌いに拍車をかける影響を与えたとも言えましょう。
結果的に救援が間に合いましたが、窮地に陥った信長は和議を受け入れます。
しかしそれはあくまでも一時しのぎのためであり、次の戦いに備えるため。
すぐに織田勢は堅田の町に火を放ち、遊興に耽っていた僧侶たちを比叡山に追い立てます。
もはや和議も降伏も認めるつもりはない信長、それに将軍・義昭も合流しての比叡山焼き討ちでした。
後世とやかく言われる事件ですが、完全に敵対した比叡山は一大軍事拠点として潰さねば禍根が残るわけで。
織田家でも筆頭の仏教嫌いとなった信正は先陣を申し出ることに。
とはいえ、主だった道は幕府の軍勢が封鎖したために信正は与力した池田信興らと共に逃げ道となるであろう北の斜面に陣取ることに。
やがて火があがり、逃げてきた坊主どもを容赦なく切って捨てていきます。
そこで多数の女性を含む集団がやってきますが、女人禁制のはずの比叡山に女人がいるはずがないと切りかかろうとする信正の前に立ち塞がったのは一人の僧侶。
彼はそれまでの坊主たちとは違い、自身の命と引き換えに女たちを逃そうと言うのでした。


今回は第一次包囲網によって苦闘が始まる織田家の中で戦場に身を投じるようになった信正の姿が劇的に描かれていますね。ボリュームもあり、大変面白くて読み応えのある巻でした。
桶狭間の戦いを除けば、信長は大軍を用意して戦う前から勝利を得るための戦略を進める印象がありますが、それでも包囲網のよって敵は多く数的に不利な状況もあったわけで。
特に血気盛んな信正が死に至る危うさを感じられました。
戦の合間も信正なりの創意工夫の場面があったり、様々な人物との出会いがあったり。
父・信長や母・直子を始めとする家族との触れ合いのシーンも結構好きです。
特に庶長子である信正を前にした信長は嫡子・信重(後の信忠)や家臣の前では決して見せないであろう若き頃を思わせるくだけた印象が感じられました。
そして、後半にて信正が再会することになり、一時的に古渡城で共に過ごしたのが比叡山で逃がした僧の随風。
彼が後の天海であることは直子だけが知っているようで。*3
当時第一の知識階級といえば僧侶ですが、権力や色に溺れて腐りきった多くの坊主どもと違い、あくまでも真面目に修行に打ち込んできた随風にはさすがの信正も口では敵わないようで。まさに天敵のように思えましたね。
ということで、巻末書き下ろしはその随風の章でした。
日本の仏教各宗派の解説図解があるのは、読者にとってありがたいです。
明智光秀が後に天海になったという俗説がありますが、本作で採用したのは光秀ではないけど、ごく近い人物としたのが目から鱗
冒頭の城を追われる場面がすぐに思い至らなかったけど、後から思えばしっくりくるものがありました。年齢的に近いし、かの人物も前半生がはっきりしないですしね。
竹中半兵衛と並んで、信正にとっては苦手な人物が陪臣となって、今後やりにくそうではありますが。

*1:ただし、権限を持つのは長政ではなく反織田派の筆頭・久政

*2:史実では戦死

*3:この件に加えて、パンやピザの試行錯誤を考えると、やはり又聞きではなくて彼女自身が転生者であるとしか考えられない

池井戸潤 『MIST』

MIST (双葉文庫)

MIST (双葉文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

標高五百メートル、のどかで風光明媚な高原の町・紫野で、一人の経営者が遺体となって発見された。自殺か、他殺か。難航する捜査を嘲笑うように、第二、第三の事件が続けざまに起きる。その遺体はみな、鋭く喉を掻き切られ、殺人犯の存在を雄弁に物語っていた。“霧”のようにつかめぬ犯人に、紫野でただ一人の警察官・上松五郎が挑む。東京の事件との奇妙な符合に気づく五郎。そして見えてきた驚くべき真相とは―。

駐在所の警官・上松五郎を主人公として、のどかな高原の町・紫野*1を舞台に田舎町にふさわしくない残忍な連続殺人事件を扱っています。
時代設定としては90年代のインターネットが普及し始めた頃*2でしょうか。
そもそも5年前に東京都中野にて、パソコン通信を通じて自殺願望を持つ者が交流まるサイトのつながりで次々と首を刃物で切られて殺される事件があり、解明されないまま紫野で似たような殺人が発生したのです。
最初の犠牲となったのは、工場の経営に苦しんでいたという経営者。
二番目に町を訪れていろいろと探っていた新聞記者。
三番目に町に別荘を持つ金融会社の社長。
最初の経営者は実際に自殺を行って死にきれなかったところをとどめを刺したあたりが5年前の事件を彷彿させるし、新聞記者は犯人に近づいたためか?
そして金融会社社長は途中まで容疑者とされていた人物でした。
恐ろしいほど手際が良すぎて証拠を残さない犯人像に警察の捜査は進まみません。
何人も殺人を犯しながら、今もなお平然と日常生活を送っているのか?


犯人と目されていた人物が殺されたり、一件落着と思わせておいて、実は……という流れがミステリというよりホラーサスペンスといえましょうか。
田舎町ならではの人間関係とか独特の雰囲気作りは決して悪くはありません。
ただ、最後の方で真犯人の動機があまりに弱すぎて納得いきませんでした。
犯人の過去の回想で、少年時代に初めて手を下したことがきっかけらしいと受け取れるのですが、実はそれすら本当かどうかわからない。まさにタイトルのミスト(霧)を思わせる曖昧模糊とした読後感でした。
それに主人公を除く主要な人物が不倫ばかりなのが気にかかりました。
事件に直接な関係ないけど、ちょくちょく登場する洋品店経営の夫婦がダブル不倫中。
ヒロイン的な立場の女性教師が先輩教師と不倫中で、その先輩も妻が職場の男性と不倫中に自動車事故に遭った過去がある。
大人の恋愛=不倫ではないですよね。
女性教師に懸想している主人公が職業的な立場と本人が純情なのもあって、まともに口説くことさえできないのが微笑ましく見えるほどでした。
ラストも悪くない幕切れではあるものの、途中の伏線が曖昧なまま強引に締めた感じがしなくもなかったです。*3

*1:東京から離れていて、西にあるという位置関係から長野県か岐阜県を思い浮かべた

*2:接続に電話線を使用している

*3:最後の最後に現れた真犯人が唐突すぎて…

荻原浩 『あの日にドライブ』

あの日にドライブ (光文社文庫)

あの日にドライブ (光文社文庫)

  • 作者:荻原 浩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/04/20
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)

牧村伸郎、43歳。元銀行員にして現在、タクシー運転手。あるきっかけで銀行を辞めてしまった伸郎は、仕方なくタクシー運転手になるが、営業成績は上がらず、希望する転職もままならない。そんな折り、偶然、青春を過ごした街を通りかかる。もう一度、人生をやり直すことができたら。伸郎は自分が送るはずだった、もう一つの人生に思いを巡らせ始めるのだが…。

主人公・牧村伸郎は大手都市銀行であるわかば銀行に勤めていた元銀行マン。
主人公の述懐によると、銀行では決して上司に逆らってはならず、上が黒だと言えば白くても黒くなり、何事も上司が最優先。休日だろうが呼び出しに駆け付けなければならない。
そんな彼が20年近く勤め上げてきたある日、たまたま若手の行員に対して理不尽かつ執拗に叱っていた支店長に本音を漏らしてしまったことで矛先が向いてしまい、結果的に辞職せざる得なくなりました。
40歳過ぎの転職は思うようにいかず、偶然見た求人募集をきっかけにタクシー運転手となるも、思うようにノルマを稼げない日々を送っています。
収入がぐっと減ってしまったため、生活をきりつめパートに精を出すようになった妻の顔色を窺う毎日。
銀行員時代からずっと仕事にかまけていたせいで娘と息子へと接し方さえうまくいかない。
しまいには慣れない生活とストレスで円形脱毛症になってしまった伸郎は妄想に逃げます。
人生のどこかで違う角を曲がっていたら、違うパートナーを得て、違う職業に就き、まったく違う人生を送ることになっていたはずであると。


人生をやりなおしできたら…というのは誰もが思い浮かべることかもしれません。
今の生活に不満があればなおさら。
高学歴と大手都市銀行勤めであることが拠り所であった伸郎にとっては今のタクシー運転手という境遇から抜け出せる幸運を手にすることを夢見ますが、現実はそう甘くなく。
甘く見ていたタクシー運転手の仕事はハードな上に思ったように稼げないわけです。
伸郎がつい回想するのは大学時代。狭い四畳半のアパートに下宿して、新聞サークルの代表を務め、そばには美しい彼女がいて……。


タイトル的にタイムスリップするのかと思ったのですが、あくまでも過去の回想が中心で、今の生活もそう悪くはないという落としどころで終わりました。
物語の起伏としては乏しく、日常が淡々と進んでいく感じです。
でも内容的には飽きることはありません。
ちょっと情けない伸郎の心情がわかりすぎて笑うに笑えなかったりもしたり。
銀行員とタクシードライバーという二つの職業の知られざる現実がひしひしと伝わってきますね。
組織の歯車として従順に働くことが必要とされる銀行員と、各個人の経験・読み・運などが左右するタクシードライバーというのが対照的でした。
妄想癖が現実にまで浸食したかのような行動を取るようになってしまう伸郎ですが、結果的にうまくいったから良いようなものの、一歩間違えていたら家庭崩壊していたんじゃないかって少し危ぶみながら読んでいました。

朱川湊人 『私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿』

私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿

私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿

内容(「BOOK」データベースより)

故郷に住む高校時代の同級生・聡美から「あなたの幽霊を見た」と告げられた“ニーチェ女史”こと雑誌編集者・日枝真樹子。帰郷して幽霊が出たという森の近くまで行くと、そこには驚きの光景が…。怪しき博物学者・栖大智と不思議すぎる女・曲地谷アコとともに、常識を超えた事件の謎に挑む。切なさ×不思議全開ミステリー!

出版社勤務の日枝は民俗学的に伝説豊富な東北(I県と表記)出身。
一時は結婚していたが、今は独り身で40歳間近。
学生時代の友人は苗字をもじってニーチェと呼ばれているそうな。
真面目で堅物の彼女は高校時代の自分自身の目撃談と不思議な博物学者・栖との出会いによって日常が変わっていく、そんなストーリーが綴られていきます。


第一話 私の幽霊
久しぶりに連絡が来た地元の友人から高校時代の”私”の幽霊を見たと聞き、普通ならば一笑に付すところを気になって帰省したニーチェ女史こと日枝真樹子。
早速現地に行ってみると、その場所は当時先輩との淡い交際をしていた自分が毎日のように立っていた場所であった。
しかし、季節は3月なのに夏服のセーラー服であり、近づいてみても後ろ姿しか見えない。
そこで彼女は古めかしいトランクを持つ背の高い男性に出会った。


第二話 きのう遊んだ子
ニーチェ女史が元嫂から聞いた子供の頃の話。
父親の転勤に従って引っ越した先のI県の田舎町で、彼女は記憶にない時間に知らない女の子と遊んでいたと言われて戸惑う。
親しくなった男の子の祖母が言うには山の子だというのだが、再会した時に人の記憶を操ることができると聞いて…。


第三話 テンビンガミ
担当だった作家が失踪したと母親から連絡を受けて住んでいたマンションのPCを調べたところ、「テンビンガミ」というキーワードと山奥の村があり、ニーチェ女史はそこへ赴くことに。
過疎の村では山にある神社の祭りが催されていたが、そこに訪れた者たちが戻ってこないというのであった。


第四話 無明浄
両手に色のついた紐を握って自殺する事件が続けざまに発生した。
しかし、自殺した人の年齢や場所、交友などには関連は無い。
それを探っていたニーチェ女史の先輩までも木乃伊取りが木乃伊になるかのように苦手だった海で入水自殺してしまう。
気になって仕方ない彼女は自殺の影に怪しい宗教などなかったか気になり、栖にも協力を願うことにした。


第五話 コロッケと人間豹
ニーチェ女史はすぐ近所で厳しく叱る父親と泣き叫ぶ子供の声で困り果てていた。
その親子は近所でも有名で、一度介入してみた人がいたが、取り付く島もなく、かえって脅かされる始末で手に負えないのだという。
そんな時に前日顔見知りになったなったアコが大量のコロッケを持って遊びに来た時にその声を聞くや否や、ベランダから飛び出してしまい…。



第六話 紫陽花獣
学生時代の友人の話で最近娘の様子がおかしいと聞いて、会ってみることにしたニーチェ女史。
よくある思春期の親離れに加えて、母親の性格にも問題があるように見えたが、あえて他人が口をはさむまでもないように思えた。むしろ娘が夜中に紫陽花が歩き出したという話が気になってしまい…。


ヒロインの“ニーチェ女史”こと雑誌編集者・日枝真樹子がちょっと不思議な出来事に遭遇し、最初は偶然の出会いであった博物学者・栖大智と共に探っていく短編集です。
ニーチェ女史が堅物という設定もあって、彼女中心の話はさほど面白味を感じることができませんでした。
表題作の種明かしには肩透かしの思いでした。幽霊の正体見たり枯れ尾花みたいな。
「きのう遊んだ子」は話が進んでいくにつれて明かされる事情とあいまって、最後まで目が離せなくて、感動的な結末も含め、この中で屈指の出来であると思います。
「無明浄」もいまいちわかりにくい話でしたね。自殺を誘引するほどの影響があったとは考えにくかったです。
ただ、このあたりから人間豹たる曲地谷アコが介入し始めて、次の「コロッケと人間豹」以降にストーリーに躍動感が出てきたように思えました。
栖大智は不思議現象の説明役にはなっていても、人柄からいっておとなしくて、あまり刺激にならなかったですからね。
感情的な人間というのは時に煩わしく感じるものですが、最後の二つのようにあくまでもまっすぐなアコの行動に胸を打たれました。

貴志祐介 『ミステリークロック』

ミステリークロック

ミステリークロック

内容紹介

犯人を白日のもとにさらすために――防犯探偵・榎本と犯人たちとの頭脳戦。

様々な種類の時計が時を刻む晩餐会。主催者の女流作家の怪死は、「完璧な事故」で終わるはずだった。そう、居あわせた榎本径が、異議をとなえなければ……。表題作ほか、斜め上を行くトリックに彩られた4つの事件。

「ゆるやかな殺人」
ヤクザの舎弟が一人事務所で留守番をしていた時に銃を口に向けて死亡した。
一見、自殺かと思われたものの、いろいろと不審な点が見つかる。
ただし、一番疑わしい兄貴分は外に出て車に乗るところであり、別の舎弟も近くにいたという完璧なアリバイ。
鍵開けを依頼された関係で居合わせた榎本径がどうやって殺人を行ったか推理する。


「鏡の国の殺人」
とある事情で厳重な警備の美術館に忍び込んだ榎本径であったが、美術館長が死亡していることを発見。
実は警備状況を調査するために依頼されたのだが、肝心の館長は誰に殺されたのか?
当時、美術館には鏡の国のアリスをモチーフにした展示の作業のために3人いたが、監視カメラをかいくぐって館長室に行くのは到底無理に思われた。


「ミステリークロック」
有名ミステリー作家の別荘に招かれたのは友人である編集者や甥、元夫の医者、それに榎本径と弁護士の青砥純子など。
彼女が執筆のために席を外した後、秘蔵の時計の鑑賞会が開かれたが、しばらくした後に様子を伺いに行った使用人によって彼女が死亡しているのが発見される。
どうやら飲んでいたコーヒーに毒物が混入されていたようだった。
ほとんどの者が一緒にいたこと、新作の実験のために彼女自身が試しに毒を入れてみたらしきことから、誤って飲んでしまった事故の可能性が高まるが…。


「コロッサスの鉤爪」
小笠原諸島沖にて海洋調査船から離れてゴムボートに乗り、夜釣りをしていた男性が転覆したボートから投げ出されて巨大イカやサメに襲われて死亡した。
一番近い船からは200m離れている上に各種センサーによって計測されているためにある種の密室状態。
傲岸不遜な彼には恨みを持つ人物が大勢いて、中でも一人のダイバーが有力候補となったが、当時300m下の海底にいて、31気圧の壁があった。




近年読んだ貴志祐介氏の著作は個人的に当たりはずれがあったのですが、少なくとも榎本径シリーズはハズレはないですね。
本作も非常に面白かったです。
短めの「ゆるやかな殺人」はパンチドランカーかつ禁酒中の元アル中という個人の性質に頼っている部分もあるだけに種明かしされれば、あっさりした印象はありました。
「鏡の国の殺人」と「ミステリークロック」ではトリックが複雑であり、一度読んだだけではなかなか理解しづらいほど手が込んでいるなぁという印象はありましたが、機械ばかりでなく人の心理を巧く利用しているあたりがミステリーとしても良質に思えました。
どっちも一般人にはとうてい真似できないほど装置が大掛かりで、映像映えしそうな内容でした。
「コロッサスの鉤爪」は特殊な機械無しには成立しない*1ために邪道とも言えるかもしれませんが、見晴らしの良い海上と深海というミステリらしからぬ舞台、犯行の背景がドラマチックに描かれていたのが良かったです。
なお、「ミステリークロック」の中のミステリ談義で著者自身の作品をディスっているのがちょっと笑えました。

*1:作中でも一度きりと明言されていた

『決戦!三国志』

決戦!三國志

決戦!三國志


「姦雄遊戯」木下昌輝
袁紹配下の参謀であったが、進言が受け入れられなかったことにより裏切って曹操の元へと走り、官途の戦いの逆転劇を演出した許攸が主人公。
後漢においても名門の出で、幼き頃は袁紹曹操とも知遇があった人物として描かれています。
皇帝へのクーデターを企てて失敗を予見するなり逃げ出したり、官途の戦いの途中においても曹操の本拠地への奇襲を企てるなど、乱を好むというか癖のある人物の印象が強かったです。
彼のおかげで勝利を掴むことができた曹操ですが、重用する気はさらさらなく…。
名前は憶えていても何をした人物だったか、すぐに思い出せないくらい小物というか、時代の脇役・許攸。
姦雄の気質があったのでしょうが、スケールのでかさでは曹操には敵わなかった印象です。


「天を分かつ川」天野純
呉の軍を司り、赤壁の戦いを演出した後は劉備を危険視していた周瑜が主人公。
周瑜には親友にして主君であった孫策の今わの際の言葉「弟ではなく周瑜が後を継いで欲しい」と言われた秘密がありました。
遺言を違えて弟の孫権を支え続けてきたものの、劉備に協力して荊州の半分を譲ったことや、天下を望む覇気の無さに失望。
やがて叛意を抱くようになっていきます。
もしも周瑜が亡くなることがなければ劉備が蜀によって立つことはなかったかもしれなかったでしょう。
その代わりに彼の遺志が呂蒙陸遜に受け継がれたことで関羽の最期に繋がっていくのですな。


「応報の士」吉川永青
劉備が蜀(益州)入りした際に進んで先導役を務めた法正が主人公。
かねてから太守の劉璋の元で重用されなかったことや、優柔不断な劉璋では曹操に対抗しきれないと思っていた法正は親友の張松と共に密謀して乗っ取りを画策したのでした。
性格はともあれ、その優秀さでは諸葛亮も認めるほどの人物。
劉璋の元で燻っていた法正なくば、劉備が蜀に立つことはできなかっただろうと思わせます。
とはいえ、元々飢饉のために故郷を離れた法正を受け入れた劉璋の人の好さもそれはそれで個性なのでしょう。


倭人操倶木」東郷 隆
三国志の時代の日本は『魏志倭人伝』にある通り、多くの国々(実質村単位)に分かれて争っていた戦乱の時代。
中には東シナ海を渡って中国大陸へと渡り、海賊じみた活動をしていたと見られます。
そんな一派が漢人に囚われて農作業に従事するも、中には巫覡(ふげき=鬼道を用いる祈祷師の一種)になる者もいて、大陸の仙人と接触することもあったという。
そんな巫覡の倭人・操倶木(そぐぎ)が若き日の曹操に仕えていたという話。
そもそも倭の記述が中国大陸の史書のほんの一部にしか見られず、不明なことばかりの時代。
日本から大陸へと渡った倭人を取り上げたのが意外でしたけど、三国志の有名人物と関わりがあったなんて、想像する分には面白いとは思います。


「亡国の後」田中芳樹
劉備諸葛亮亡き後、酒色にふけり政を試みることなく蜀を滅ぼした劉禅司馬師の視点で描いています。
演義の影響もあって暗愚の代表格のような劉禅
でも、なんだかんだいって、劉禅の治世は40年以上続いていたのですよね。
初期の諸葛亮を始めとした有能な家臣に軍政を任せていたということで、平時であれば問題なかったのかもしれません。宦官による甘言に影響されやすいところが君主としてダメですが。
権力を手にして、魏の代わりに晋を立てるべく邁進する司馬師と国を滅ぼしながらも安穏として自己保全第一の劉禅との対比が象徴的とは言えます。




三国志についての小説を読んだのは非常に久しぶりでした。
もうだいぶ前ですが、小説・漫画・ゲームで夢中になっていたせいか、登場する人物名を意外と覚えていて、充分楽しめました。
本作は三国志の中でもメジャーな人物よりも脇役にスポットが当てられているあたり、元々三国志が好きな人向けなんだろうなと思います。
ただ、その割には”曹操孟徳”や”周瑜公瑾”という姓・諱・字を続ける表記がおかしく思えました。
まるで本格歴史小説なのに「織田信長様」と呼ばれているような感じで。*1
田中芳樹以外は日本史もので名の知れている作者たちですが、そのあたりの慣例を知らずに書いたのか、あえて編集の方針なのかが気になったところです。

*1:通常は”三郎”、”お屋形/お館さま”といった通称だったり、”弾正忠”、”右府(右大臣)”といった役職名、もしくは”上様”のような尊称で呼び、諱は絶対に口にしない

まいん 『食い詰め傭兵の幻想奇譚 10』

食い詰め傭兵の幻想奇譚10 (HJ NOVELS)

食い詰め傭兵の幻想奇譚10 (HJ NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

厳しい依頼が続いた疲れから、休暇を決めたロレンたち。休養先を検討している際に声をかけてきたクラースの依頼もあり、食と湯の町カルローヴィへと向かう一行。しかし、現地では問題が発生しているようで…。これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である―。

大魔王の居城に飛び込んだり、火山から古龍の巣穴を経由して火口まで行ったり、黒鎧の男(マグナ)&忠実なるダークエルフのノエルたちとの激戦といった、熟練冒険者であろうが命がいくつあっても足りなさそうな稀有な経験を経て魔族の領域から無事帰還したロレンたち。
魔剣の持ち主から正式に受け取ることができたのは良かったのですが、なぜか借金の額が大幅に増えていました。
いくら働けど懐が温かくならないロレンはいつもの酒場で安酒を飲んでいたところに休暇の旅行に行こうというラピスの提案。
そこになぜかクラースが声をかけてきます。
いつもの所業(女性関係)でパーティメンバーを怒らせてしまい、お詫びに旅行に行くことになり、4人だけでは気まずいのでロレンたちにも混ざって欲しいとのことでした。
クラースからの依頼の形となって経費が浮くこともあり、受けることにしたロレン。
目的地として選んだのは隣国の食と湯の町カルローヴィ。なぜかそこに行くと聞いた兵士たちは微妙な顔をして見送られて。どうやら現地でなんらかの問題が起こっている模様。
カルローヴィの町が属するのは獣人が治める国。
早速入った街の酒場では一見きれいどころを侍らせているように見えたために絡んできた獣人のチンピラたち。*1
始めはクラースが一人で対処するのですが、本気を出すわけにはいかずに苦戦します。
そこで助けに出たロレンが遠慮なくぶちのめす。しかも片手しか使わず。
今までの相手が人外すぎたけど、常人相手ならばやっぱりロレンは圧倒的です。
その騒ぎを聞きつけて呼び出してきたのが街の領主。
獣人の中でも原始族ということで、猫がそのまま二足歩行しているようないでたち。
そんな彼女に対しても変わることのなく女好きぶりを発揮するクラースに呆れつつ、話を聞いてみると、少し前から温泉に酷い匂いと汚れが目立つようになって使えなくなってしまった。その原因の調査依頼をされます。
せっかくの温泉に入れないのでは来た意味がないということもあり、ロレンたちは源泉となる森の奥の湖に向かうことになったのでした。


休暇に行ったはずなのに、とんだトラブルに巻き込まれて、命がけの戦いを強いられて、やっぱりロレンが無茶して最後はベッドで迎える。
毎度のパターンですね。
今回はサービスシーン的にお風呂回がありました。
ロレンは相変わらずの堅物ぶりを発揮しましたが(笑)
アクシデントがあって、クラースのパーティの3人組がいろいろと残念な結果に…。
そこで出会った水の精霊による依頼。
彼女が報酬として用意した中にラピスの求めていた右目が封じられた宝石があったことから、断ることもできずに汚染の原因を探るべく、湖底に赴くロレンたち。
その奥には1巻で入り込んで散々な目に遭った遺跡に似た施設を見つけてしまう流れとなっています。
温泉湖の汚染の原因は施設の稼働絡みで、その張本人はロレンが二度と会いたくなった人物なわけで…。
ロレン側は人数こそ多くても、兜*2以外のチート装備を手にしたマグナの力は強大でした。
まさに命をかけた激闘の末、限界までの力を振り絞って痛撃を加えたロレン。
相変わらず無茶しますね。
落としどころを付けたのがラピスであるあたりに黒幕ヒロインぶりを表しているような。
名が明らかになった他の邪神、および新たに色欲の邪神と目覚めたダークエロ…じゃなかったダークエルフがいったい何をやらかすのか?
今後いろいろと気になる要素を残しつつ、ロレンと彼との因縁はまだまだ続きそうです。

*1:実は女性陣の中にチンピラなど歯牙にもかけないほど強い二人がいるんだけど

*2:ロレンが火口に放り込んだので