13期・53冊目 『為吉 北町奉行所ものがたり』

内容(「BOOK」データベースより)

為吉は幼いころ呉服屋「摂津屋」の跡取り息子だったが、両親を押し込み強盗に殺されていた。その後、北町奉行所付きの中間となっていたが、ある日、両親を殺した盗賊集団・青蜥蝪の首領が捕まったとの知らせが届く。その首領の発したひと言は為吉の心に大きな波紋を広げ…。与力、見習い同心、岡っ引きなど、江戸の治安を守る“狼”達が集う庭の、悲喜交々の人間模様。そして、為吉の人生にも大きな転機が訪れる…。

何事もなければ呉服屋の若旦那として裕福な暮らしが約束されていたはずの為吉。
幼い頃に押し込み強盗に襲われて、押し入れに匿われた自分以外の家族が惨殺されてしまったことにより、運命が急転。
引き取ってくれた叔母は親身になって育ててくれたが、叔父には快く思われず、成長した為吉は北町奉行所の中間(下働き)として働き始めます。
最初の「奉行所付き中間 為吉」では、そういった過程および犯人らしき盗賊集団・青蜥蝪の首領を捕まえて、腰縄を持つ役を為吉が務めることになります。
憎き両親の仇であるはずの首領を目の前にするも、そこにいるのは病に蝕まれたただの老人であり、為吉の胸中は複雑に揺れるのでした。


町奉行所を中心として、そこで働く与力、同心、岡っ引きといった、江戸の町の治安を守る人々を扱った連作集といった内容です。
どれも読んでいるうちにすんなりと江戸の町に馴染んでいってしまいそうなくらい、雰囲気作りが巧みですね。
私はいわゆる時代ものはあまり進んで読まないのですが、宇江佐真理の小説に関してはいつ読んでも惹き込まれるのが確実です。
つくづく惜しい人を亡くしました。
なお、為吉は最初と最後で主人公を務めますが、端役だったり一度も出てこない作品もあったりします。


「下手人 磯松」では、品川宿の飯盛女に生み捨てられて、宿のおかみさんの温情で育てられた磯松がどういった経緯で殺人を犯すまでに至ったか。
温和で鈍いように見えた磯松が「頭を遣えよ」の一言で怒りに我を忘れて殺人へと至ってしまうのですが、単に言葉ではなく、きちんとした理由が考えられているので納得です。
被害者の方がろくでなしだった場合って、その後がどうなったのかが非常に気にかかりますね。


「見習い同心 一之瀬春蔵」
同心見習いとして父の後を継ぐべく出仕した春蔵がついたのは同僚上司であろうと汚職腐敗があれば容赦なく追い込む鬼同心の神谷舎人。
しかし、神谷について仕事を習っている内に別の面が見えてくるという内容。
前評判によって不安にくれる春蔵の心境の変化を始めとして、ドラマチックな人間模様の描写がお見事。


「与力の妻 村井あさ」
奉行の補佐となる与力・村井家の長女あさは婿を迎え、二男二女を設けた今では一家を支える母として落ち着いているように見えます。
ただ、村井家にはかつて嫡男がおり、あさは幼馴染の男に嫁ぐつもりであった過去があって、現在進行形での事件と交差しながら進んでいきます。
妻から見た与力の仕事ぶりや家庭内事情が新鮮。
上司(奉行)の夫人が主催する茶会に招待されて断り切れないあたりは現代に通じるものがあって、何とも言えませんね。


「岡っ引き 田蔵」
与力・同心だけでは広い江戸の治安を守ることはできず、民間の中から手下として協力しているのが岡っ引き。
渡される報酬だけでは暮らしてはいけないので、ほとんどが兼業しているそうで、茶見世を持っている田蔵もその一人。
田蔵の妻・おつるは過去のいきさつにより予知能力に目覚め、”神様”と呼ばれているという変わった内容。



「下っ引き 為吉」
田蔵の娘と相思相愛になったことで、為吉は婿に入り、後継ぎとして働くことに。
まずは各地で起きている盗難事件について、田蔵の指示で情報を集めようとしたのですが、内部協力者でもいるのか、なかなか尻尾が掴めず苦労していると、ある日おつるに呼ばれて意外な人物の名を告げられたのでした。
自分の利益になると勘違いしていたのが、思いのままにならなかった時の負の感情は意外と強いものであるようで。
為吉がようやく幸せになれるかと思ったところで、意外な結末を迎えてちょっと驚きました。
ただ、全てが良い方向にまとまってハッピーエンドを迎えるだけでなく、ほろ苦さがあるところに著者らしさがあって、かえって印象深く残った気がしますね。

13期・52冊目 『感染領域』

内容(「BOOK」データベースより)

九州でトマトが枯死する病気が流行し、帝都大学の植物病理学者・安藤仁は農林水産省に請われ現地調査を開始した。安藤は、発見した謎のウイルスの分析を天才バイオハッカー「モモちゃん」の協力で進めるが、そんな折、トマト製品の製造販売会社の研究所に勤める旧友が変死。彼は熟さず腐りもしない新種のトマト“kagla(カグラ)”を研究していたが…。弩級のバイオサスペンス、登場!

農家で栽培していたトマトが赤く枯れてしまう病気が流行。
主人公である帝都大学の植物病理学者・安藤仁は農水省の担当者(実は元恋人)と共に調査を行って、これが未知の病原体によるものであると判断。
感染を防ぐためにも、やむを得ず焼却処分とします。
持ち帰ったサンプルの分析を天才バイオハッカー「モモちゃん」に分析を依頼する一方で、仕事上で密接な繋がりのある種苗メーカー・クワバに勤める同窓生・倉内との会合の直前に彼が不審死を遂げてしまいます。
警察によると自殺の可能性が高いというのですが、倉内が自殺する理由など考えつかず。
とにかく、倉内が進めていた、熟さず腐りもしないという不思議なトマト“kagla(カグラ)”を研究を助手の久住と共に引き継ぐことになります。
ある日突然、大学の農場が荒らされ、数日後には安藤自身が拉致されてカグラの原木を渡せと脅迫を受けてしまうのでした。
トマトの枯死はクワバの種子が原因と判明。ウイルスに感染したトマトの木が開花して花粉を飛ばすと、他の植物にも拡大することから、日本の農産業は一大危機の瀬戸際に立たされることになります。
偶然のアクシデントよりカグラがウイルスへの耐性を持つことがわかって、急遽対策を進めるのですが・・・。


今まで未知のウイルスによってパンデミックが発生するパニック小説は色々と読んできました。中には昆虫や動物が大量発生というのもありましたが、今回のように植物が特定のウイルスに感染して死滅していくというのは珍しかったです。
直接人間に害はないとはいえ、食料に関わることだけにその恐怖は大きいものです。
牛や鳥がウイルスに感染して全滅したというニュースはたまに聞きますが、実は植物(作物)がかかる病害というのも深刻。いちいちニュースにならないほどありふれているわけです。
内容が内容だけに専門的な用語が頻繁に出てはきますが、完全に理解はできなくても、なんとかついていける程度。
本作では日本の農業を支配しようとする外国企業による陰謀が存在し、サスペンスあり、ハードボイルドあり、ロマンスありと楽しませてくれますね。
それに主人公に協力する「モモちゃん」にしろ、農水省の元恋人にしろ、一癖も二癖もあって、強烈な印象を与えてきます。
上司である教授が捉えどころが無い、なかなかいいキャラクターだったのですが、出番が少なくて残念でしたね。
惜しむらくは、パニックものとしては尻すぼみで、終盤の展開が急ぎすぎたあたりでしょうか。
表面的には主人公が最初から最後まで泥をかぶり続けて*1終わりというのもすっきりしない点でもありました。

*1:中傷メールや名前を騙った犯人もわからずじまいだったし

13期・51冊目 『武者始め』

武者始め

武者始め

内容紹介

真田幸村を描いた「ぶさいく弁丸」他、北条早雲武田信玄上杉謙信織田信長豊臣秀吉徳川家康ら、天下に名を轟かせた七武将の知られざる?初陣?を鮮やかに描く!

元服後に初めて戦場に立つ武者始め。
戦国時代の有名人物たちの武者始めを虚実混ぜて書かれた短編集になります。


「烏梅新九郎」
梅干しが大好きな烏梅新九郎こと伊勢新九郎とは後の北条早雲。昔は徒手空拳の浪人から成りあがって一国を主に成り上がった下克上の先駆けという説がありました。
今では幕府の要職にあった伊勢氏の一門であったという定説を取り入れて、その権威をバックに機転をきかせて駿河今川家の家督争いを見事に治めたというエピソードを描いていますね。
その時に太田道灌とも出会っています。
その後の伊豆討ち入りよりも、血を流すことなく今川家の内紛を治めたことが彼にとっての武者始めだったということになったようです。


「さかしら太郎」
武田晴信(信玄)の父である信虎は長男である晴信よりも次男の信繁を溺愛しており、家督は信繁に継がせる可能性がありました。
一方で領内を顧みずに外征を繰り返す信虎に家臣や領民の不満が溜まっていて・・・。
賢いが父からは嫌われていた晴信が後の武田四天王となる武将たちとの出会い、そして家臣を動かして父を追い出すように仕向けるまでが描かれていて、やはり英雄の若き頃のエピソードというのは面白い。
いわゆる砥石崩れ(砥石城攻めの敗戦)にて信虎時代からの重臣が奇妙な戦死をしていることに新たな当主・晴信の謀略の一端を匂わせていたのが興味深かったですね。


「いくさごっこ虎」
冒頭、城の火番(火事が起きないように見回る役)を揶揄った罪で囚われた者を断罪する場面にて、幼いうちから合理的だが苛烈な性格を見せた後の上杉謙信
寺に入れられても城の模型を作ってみたり、同年代の子供を集めて戦ごっこに興じたりと専ら戦に勝つことだけを考えていたところが後の軍神らしいエピソードです。
四男でありながら、もっとも父・長尾為景に似ていたという。
初陣の際に景虎という諱を亡き父が寺に入れる前から用意していたことが明らかになった結びが良かったですね。


「母恋い吉法師」
生まれたばかりの吉法師(織田信長の幼名)は癇が強く、さらに乳を飲む力が強いために乳母が何人もちぎられてしまい、しまいには成りてがいなくなってしまったという。*1
そんな中で乳母に立候補したのが家臣池田氏の妻・お徳(養徳院)。
彼女が言うには母が恋しい吉法師のために土田御前の匂いをつければいいととんでもないことを言い出したのでした。
母・土田御前は弟である信勝(信行)を愛し、幼少の頃から疎まれていた件も含めて、幼い頃の信長の心情にも迫った良作であると思いますね。
乳母となったお徳の存在がどれだけ信長に影響を与えたのか計り知れないとも思わされました。


「やんごとなし日吉」
やんごとなき生まれだと粉飾した日吉(後の豊臣秀吉)が信長に出会い、桶狭間の戦い直後に仕官するまでをユニークに描いた作品。
この人に関しては色々とエピソードはあるものの、不明な点が多いので、こういった過去があったとしても秀吉らしくて面白いなと思いますね。
最期のオチが目に浮かぶようで素晴らしいです。


「ぶさいく弁丸」
真田幸村(信繁)というと、ゲームなどの影響によって美男として描かれていることが多いですが、肖像画などを見ると別にそうでもなさそうで(源義経と同様に判官びいきが影響していると思われる)。
ここでは思いっきりぶさいくとしているのがユニーク。
だけどその容姿に加えて度胸と機転で、人質として預けられた上杉景勝だけでなく豊臣秀吉に気に入られて、彼の人生の影響を与えたのだと思うと面白い。
そういえば、戦国時代の兄弟としては珍しく仲が良かった武田晴信・信繁兄弟にちなんで諱を信繁にしたとか、元服時の通称が兄・信之が源太郎と勘違いされて(実際は源三郎)源次郎になったとか、うまく取り入れているなぁと思ったもの。

*1:信長のエピソードとして記憶にあるけど、きっと後から創作されたのだろうなぁ

13期・50冊目 『女の城』

おんなの城

おんなの城

内容紹介

結婚が政略であり、嫁入りが人質と同じだった戦国時代。
各々の方法で城を守ろうとした女たちがいた――
2017年のNHK大河ドラマに決定した女城主、井伊直虎ほか、三人の女の運命を描いた中篇集。

戦国時代、城主である夫や父が急死したことにより、やむなく女性が臨時に城主となることはしばしばありました。
中には嫡子が幼く、正式に一族を率いていた女性もいたようです。
大河ドラマの主役となった井伊直虎を始め、今川氏を支えた寿桂尼*1が有名ですね。
そんな女城主を三人取り上げた作品になります。


「霧の城」
織田信長の美濃制覇の一環として、東美濃一帯に勢力を誇っていた岩村城主遠山景任に嫁いだのは信長の二つ上の叔母・珠子(おつやの方)。
しかし、武田氏との戦いによって夫が死亡。
珠子は養子として送り込まれた信長五男の坊丸を後見し、女ながら城代として役目を果たそうとします。
しかし、武田信玄が本格的に織田と戦端を開くと、秋山信友率いる軍勢に攻められてしまい、落城目前となったところで、信友から和議と共に意外な申し出を受けるのでした。
前に岩井三四二による同名の『霧の城』で読んだのと似たような内容でした。
敵同士であり、かたや織田の一族として女城主の珠子、かたや武田二十四将に数えられる歴戦の将。
そんな二人が和睦のためとはいえ婚姻を結び、次第に遅咲きの恋を実らせる(先に惚れたのは秋山信友の方)というのが意外性のあるドラマであったと言えましょう。
ただし、その関係は長くは続かなかったわけですが、この二人だけでなく織田と武田とによる数年がかりの戦争の狭間にはこうした悲劇が多くあったのでしょうね。


「満月の城」
室町幕府管領職に就く名門・畠山氏の分家として能登守護大名能登畠山氏の居城であった七尾城の名は堅城として知られています。
応仁の乱で分裂・弱体化してしまった畿内の本家と違い、戦国時代に入っても能登を支配していた畠山氏ですが、実際は重臣である七人衆による暗闘が繰り広げられていたり、二度も上杉軍が押し寄せてきて長きに渡る籠城戦があったりしました。
そんな中、遊佐・長ら重臣の反乱によって当主・義綱が追放され、幼い嫡子・義慶を傀儡としました。
そんな中で残された側室の佐代と息子の義隆は義慶を支えるべく奮闘するのですが、敗勢が強まり籠城中に場内が不穏な雰囲気となる中、重臣筆頭の遊佐続光と佐代を結ばせようという策が生まれたのでした。
義綱の側室の名は調べても出てこないので、佐代という側室がいたのか、モデルとなる人物がいたのかはわかりません。
ただ、政略の一環として女性が離縁させられて別の男に嫁ぐという話はしばしばあったようです。*2
佐代は重臣・温井氏の娘であり、父のライバルであった遊佐続光との再婚に強く拒絶しますが、結局は息子・義隆を守るために承諾。
子のためには自身の信念をも曲げられるのが母ということでしょうか。
いずれにしろ、弱体していく名門当主の側室という微妙な立場の心境がよく伝わってきました。


「湖の城」
相次いで当主を喪った井伊家ではやむなく戦死した直盛の長女、奈美が当主となり、女地頭として直虎を名乗ります。
しかし家老である小野但馬守とは過去の因縁があり、さらに今川家の意を汲んで徳政令を強要されます。
なんとか凌いで領内を固めるも、小野但馬守の謀反や織田・徳川に侵攻する武田の大軍、と立て続けに存亡の危機を迎えると、直虎も自ら鎧をまとって出陣することになるのでした。
私は大河ドラマは見ていないし、実際にどんな人物かよくは知らなかったです。
ただ、戦乱の時代に長きに渡って女地頭*3として領内を治め、幼い直親の子(後の徳川四天王の一人・直政)を徳川家康に仕えさせて、井伊家の命脈を守っただけに大河ドラマの主役になるだけの女傑であったのでしょう。
本来は嫁ぐ身であったのに運命に翻弄されて女地頭となるも胸中には不安を抱え、婚約者の子を守り、将兵たちを率いて戦場に立ったというエピソードがたいそう劇的でありました。
後の直政の重用や活躍を思うと、家康と直虎とのやりとりがなかなかに感慨深かったです。

*1:城主というより国自体を支えていた

*2:例として豊臣秀吉の妹・朝日

*3:鎌倉時代の役職とは違い、領主としての意味

13期・49冊目 『不屈の海3 ビスマルク海夜襲』

不屈の海3-ビスマルク海夜襲 (C・NOVELS)

不屈の海3-ビスマルク海夜襲 (C・NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

空母三隻を撃沈された米国は、豪州領ビスマルク諸島に進出。ここを拠点とし、B17によるトラック諸島爆撃作戦を展開する。長距離爆撃が可能な機材を持たない日本軍は、水上砲戦部隊を投入。艦砲射撃でビスマルク諸島の米航空基地を破壊する策に出るが、米軍の基地設営能力は想像を上回る。幾度破壊しても再建される姿は、「不沈空母」と呼ぶべきものだった。一方、欧州ではドイツが英本土への上陸作戦に失敗。背後を窺うソ連にも不穏な動きが―。風雲急を告げる世界情勢の中、連合艦隊は「金剛」「榛名」を中心とした戦力を集結。夜陰に紛れ、要塞と化したビスマルク諸島を急襲する!

前巻にて機動部隊同士の戦いにて三隻の空母を失い、撤退した米軍は正攻法ではなく、外交でオーストラリアに圧力をかけてラバウルを含むビスマルク諸島を借り受けて、日本軍の要衝トラック基地へのB17による長距離爆撃をかける作戦に出ました。
今回は史実のラバウルガダルカナルもしくはポートモレスビー間の航空戦、それにソロモン海戦を彷彿させる激しい局地戦が生起するといった内容です。
日米が戦力が拮抗していたのが、消耗戦に巻き込まれてアメリカの物量に押されていく時期ですね。
本作ではイギリスとは不戦条約を結んでいるために南太平洋のオーストラリア方面を気にせずに済んでいたのに、ビスマルク諸島租借によって有力な航空基地が出現することに。
それに現時点では対戦闘機では抜群の強さを誇る零戦といえども、防御力重視のB17には分が悪いし、さすがにラバウルまでは遠すぎて充分な援護ができない。
逆に一式陸攻はワンショットライターの仇名通りに撃たれ弱い。
というわけでトラックは徐々に被害が出始めて、泊地としての安全が保てなくなっていき、日本軍が攻撃隊を繰り出して被害を与えてもすぐに基地は修復されてしまう。*1
このまま史実の轍を踏んでしまうのではないかというところです。


欧州方面ではドイツの第二次イギリス上陸作戦がイギリス側の用意周到さやアメリカの助勢もあって、見事に防ぎきりました。
上陸作戦が失敗したことによって、ドイツは東方戦線より航空戦力を引き抜いて守りに入りますが、万事に慎重なソ連は攻め込むまでには至りません。イタリアも枢軸寄りの中立の立場を固守しています。
ということでメインとなる太平洋方面は史実のソロモン海戦が場所を変えて再現されたかのような戦い。
ここでも田中頼三が水雷屋としての勘を働かせて勝利を掴みますし、昔は著者が嫌っていた栗田健男は意外に男を見せましたね。
相変わらず小口径多数砲が好きなようで、アトランタ級が卑怯なくらいに強さを見せたり、魚雷による大物食いといったいつもの描写で、安定はしているけど変わり映えはありません。
あとは、ようやくドッグ入りした戦艦大和の防衛と強化が楽しみですね。
航空優勢の時代にどういった活躍の場面をもってくるのか?
そろそろ本格的な海戦があるでしょうが、その前にトラックの守りを固めることになった日本軍がどういった戦術を取るのかが気になるところです。

*1:重機を始めとする設営能力の違いも大きい

13期・48冊目 『黄蝶舞う』

黄蝶舞う

黄蝶舞う

内容紹介

平清盛が保元・平治の乱を制し、源義朝を死に追いやったのは有名な史実だ。そして嫡男・頼朝が囚われながらも死を許され、伊豆に配流になったのもよく知られる。
清盛亡き後、頼朝は平氏を滅亡させ、鎌倉幕府を開いた。史上初の武家政権。しかし、初代頼朝・二代頼家・三代実朝ら3人の源氏の将軍は、いずれも悲劇的な死を遂げている。その数奇な因果は何を物語るのか。
本書は、代表作『君の名残りを』で、タイムスリップ青春小説として平家物語の時代を描いた著者が、源家三代の将軍と、頼朝と北条政子の娘・大姫、実朝を暗殺した頼朝の子・公暁の5つの死を、妖しくも幻想的に描く連作時代小説である。死してなお続く清盛と頼朝の葛藤と、史書も記録しない頼朝の死の謎を描いた「されこうべ」をはじめ、実朝の死への道行きに寄り添った表題作「黄蝶舞う」など5篇の幻想譚を収録。

かつて平安時代末期にタイムスリップした高校生の男女3人が源平合戦および義経討伐に巻き込まれていくさまを描いた『君の名残を』
本作では鎌倉幕府を開いて実質天下を治めた源頼朝の晩年、呪われていたとしか言いようがない源家三代の将軍と長女・大姫、実朝を暗殺した頼家の子・公暁、それぞれ5人の死にざまが短編として収められています。
すぐ後の時代にあたるだけに『君の名残を』の世界観がそのまま続いているような不思議な感覚に囚われてしまいました。
頼朝を生かしておいたことが平家滅亡の引き金になったわけで、鎌倉時代は敵対する一族の復讐の芽を摘むため、女だろうが赤子だろうが容赦なく葬るのが当たり前になっていったのが凄まじい因果を思わせますね。


「空蝉」
二十歳という若さで死の病に斃れて、母・政子に見守れながら最期の時を迎えようとした大姫。
過去に源義仲との同盟の証としてその嫡子・義高と大姫の婚約が結ばれましたが、両源氏が決裂すると人質でもある義高の身が危うくなりました。
そこで大姫は身代わりを置いて、義高を逃がしたのですが、追手に捕まり斬られてしまうことに。それを聞いた大姫は悲嘆のあまりに伏せるようになってしまったのでした。
政略結婚ではあっても、幼き二人は親密な関係になっていた様子が伺い知れます。
以後、大姫は父が勧める婿をことごとく断ったとか。
身体が弱くて儚い姫の印象ながらも、最後まで意地を張り通した芯の強さが感じられました。


されこうべ
平治の乱で敗れた父と兄と同じく死が目前に迫っていた少年期の頼朝。
ある局の懇願のために愛用していた太刀と引き換えに命だけは赦されて伊豆に流されることになります。
やがて時が経ち、平氏を滅ぼした頼朝は清盛に奪われた太刀を取り戻すために平宗盛を引見するのですが・・・。
文覚上人の暗躍を始め、こういった歴史の狭間を描く話はやはり面白い!
特に天下人であった平清盛と頼朝との対面はその後の源平の逆転を予想させる屈指の名場面ですね。
頼朝が死の直前に落馬したというのも武家の棟梁としてはおかしな話ですが、彼だけには滅ぼしてきた仇敵が勢ぞろいして迫ってくる幻影に慄いていたとすれば納得できそうな気がします。


「双樹」
伊豆修善寺に幽閉されていた頼家は近くに湧く温泉に入ることだけが心の癒しとなっていました。
ある夜、寒さに耐えきれずに深夜に入湯した頼家の前にうら若き姉妹が姿を現して情を交わすようになります。
後世に知られる頼家の悪評も北条氏編纂の史書に記されていたことから、まさに北条氏が幕府内で権力を得るために犠牲となった人物。
かつては天下を治める征夷大将軍の地位にありながら、今では幽閉されて世捨て人然とした佇まいには悄然とさせられます。
死の直前、純粋な好意を向けてきた不思議な姉妹。それは近くに植えられていた木の精であったことに妙な余韻が残る最後でした。


「黄蝶舞う」
頼家の後を継いで三代将軍となった実朝が主人公。疱瘡に罹った彼を死の淵で呼び戻した女の声。ある日庭で見かけた童女。夜更けに見かけた髪の長く顔の半分が髑髏のように変化していた女。
それらは全て成仏できずにこの世に残った姉の大姫であった。
北条氏を始めとして権力闘争に余念がない御家人たち。
そして鎌倉を取り巻く死した者たちの怨念の数々。
実朝を通じて見る現世は不穏ばかりが目につきます。
そんな時期に将軍でありながら実権は無いに等しい実朝の心中がどこか世俗から離れて達観していくものであったことに納得でした。


「悲鬼の娘」
権力闘争に敗れて一族滅亡した比企氏の生き残りの娘・緋紗と生き残るために仏門に入った頼家の次男・公暁
緋紗は母から北条への復讐を子守歌代わりに聞かされて、公暁は幼い頃に見た実朝と正室の姿に本来は自分がいたかもしれない場所(将軍)をこの手にしたいと思うようになる。
やがて二人は妄執に操られるままに突っ走るも叶うことなく無残な死を迎えるという悲しい物語です。
公暁による実朝暗殺には不明な点あって、黒幕説がいくつもあります。
鎌倉時代における族滅の連鎖から零れた姫が一役買っていたというこの物語は最後を飾るのにふさわしかった内容でした。

13期・47冊目 『決戦!川中島』

決戦!川中島

決戦!川中島

内容紹介

累計8万部突破の「決戦!」シリーズ最新作!
武田VS上杉――戦国最強同士の激突、その時、二人の英雄は何を思うのか。

プロアマの激戦を見事突破した「決戦!小説大賞」受賞者も参戦。
原点にして、さらなる進化をとげる「決戦!」を見届けよ!!

武田勢
武田信玄――宮本昌孝
武田信繁――矢野 隆
真田昌幸――乾 緑郎
山本勘助――佐藤巖太郎(「決戦!小説大賞」受賞者)

上杉勢
上杉謙信――冲方
甘粕景持――木下昌輝
宇佐美定満――吉川永青

決戦!シリーズは最初に『決戦!桶狭間』を読んで、次にどれにいこうか考えた末に選んだのは川中島
武田信玄上杉謙信*1という戦国時代を代表するライバル同士。配下の武将や兵に至るまで精強を謳われた軍団同士が五度に渡って衝突した川中島の戦いは有名過ぎて映画やドラマでは見ましたが、わざわざ小説で読む機会は無かったように思います。
実は両者が北信濃を巡って激突していたこと。特に四度目の戦いでは激戦となりましたが、はっきりとした決着がつかないまま両者が消耗したおかげで織田信長徳川家康に利する結果となった気がしますね。
今、あえてその戦いを双方の視点から読んでみるのも面白いかなと思いました。


越後国守護代長尾家の次男として生まれた謙信を主人公とした冲方丁「五宝の矛」。
あまり知らなかった少年期から年の離れた兄・晴景とコンビを組んで越後一国を手中にしていく過程が詳しく書かれているのが良かったです。
上杉謙信と言えば生涯不犯を貫いたことで神がかり的でエクセントリックな性格だとか、果ては女性だったという俗説まで出ましたが、この中では幼い頃から人の隙を見ることに長けていて、それが優れた戦術眼を持つことになったという点に納得できました。


佐藤巖太郎「啄木鳥」ではタイトル通りに妻女山に立てこもった上杉勢を追い出すための「啄木鳥戦法」を生み出した山本勘助
信濃を取るために諏訪氏を謀殺した一方で、側室となった諏訪御寮人の美しさに心を奪われた老将の心境が描かれています。
啄木鳥戦法が破れた理由というのが戦国ならではの複雑な人間関係にあったということですが、策が破られてもなお主を守るために突撃した勘助の気概と忠節が印象に残りました。


吉川永青「捨て身の思慕」
こちらは上杉方の老臣・宇佐美定満。名は知られていますが、戦場での功に薄かったという彼が提案したのが海津城攻撃ではなく、いっそう入り込んで妻女山に籠ること。
武田方も首を捻った奇策は下手したら壊滅の可能性が高かったことが察することができます。
最後まで信じた謙信の器量と定満のタイトル通りとも言える忠節が輝かしい。


父・信虎から愛されて後継ぎの目もありながら、器量の面では兄・晴信に届かないことを悟り、弟というより家臣としての道を堅実に歩んだ武田信繁を描いた矢野隆「凡夫の瞳」。
兄弟で争うことの多かった戦国大名の中では珍しく、仲睦まじく忠実に兄を支える弟という評価がある信繁ですが、彼の中では様々に渦巻いているものがあったのだろうと腑に落ちる内容でした。
似たようなタイプの弟といえば豊臣秀長もいますが、兄より先に死してその存在の大きさがわかるというのも同じですね。


乾緑郎「影武者対影武者」はまだ元服したばかりで武藤喜兵衛を名乗っていた後の真田昌幸視点での第四次川中島の戦いを描いています。
父の真田幸隆(幸綱)ならともかく、合戦前の軍議に昌幸が出席していたあたり、有名な信玄と謙信の一騎打ちを目撃したあたりはフィクションっぽくは感じましたけど。
信玄の薫陶を受けた人物として、そういう夢があってもいいかもしれません。


木下昌輝「甘粕の退き口」
靄が立ち込める中を密かに妻女山から降りた上杉軍。背後から迫る武田の別動隊への抑えとして置かれたのが甘粕景持率いるわずか千名。
ここでは恵まれている越後に対して、土地が痩せていて他所から奪うことが前提にある甲斐の兵の方が精強であるとしていること。
武田を脅威に感じている甘粕の兵たちがいかに少数で殿軍を務めたかがみどころ。
上杉家の重臣たちと謙信との距離感がちょっと変わっていましたね。


宮本昌孝「うつけの影」
「甘粕の退き口」とは逆に上杉勢を精強に書いていて、個人的にはこっちの方がしっくりくる気がします。
桶狭間の戦いの裏事情を知って以来、常に織田信長を意識するようになった武田信玄を描いているのというのが新鮮。
実際に武田が上杉と五度も川中島で戦うことなく、早々に駿河や美濃に手を伸ばしていたら歴史が大きく変わっていたでしょうね。