冲方丁 『破蕾』

破蕾

破蕾

内容(「BOOK」データベースより)

許されざる逢瀬に興じる男女の、狂気と艶美の悦び―。旗本の屋敷を訪ねたお咲。待ち受けていたのは、ある女に言い渡された「市中引廻し」を身代わりで受けるという恐ろしい話だった…(「咲乱れ引廻しの花道」)夫の殺害を企てるも不首尾に終わり、牢に囚われた女。高貴な血筋の女。「わたくしの香りをお聞きください」身の上話を、ぽつりぽつりと―。(「香華灯明、地獄の道連れ」)書き下ろし新作『別式女、追腹始末』も収録!

お咲が嫁いだ与力の岡田家は昔気質で金のやりくりができない人物揃いだったために家計は常に火の車。
そのために商家の娘たちに習い事を教えることで家計の助けにしていました。
お咲は模範的な武家の妻だったので、性に奔放な娘たちの会話についていけない日々。
お咲にとっては夫婦の夜の営みも実に質素なものでした。
ある日、夫の代理で弁当を届けるためにお咲は牢屋敷を訪れて、珍しい菓子など厚い歓待を受けます。
応対に出た武士はお咲が何も知らずにここに来たことを知ると、複雑な表情を浮かべて、夫の殺害を企てたが失敗して捕まったある女性の話をします。
実はその女性は高貴な人物*1の子であるが、罪は罪なので死は免れない。
ただし、罪人につきものの市中引き回しだけは避けねばならなくなり、仕方なく身代わりを立てることになったのでした。
話の流れでお咲がその身代わりになるのだと悟った瞬間に武士によって雁字搦めに縛り付けられて、そのまま罪人の如く、引き回しへの準備へと進んでいくのでした。
当時、死刑囚の市中引き回しは江戸の民衆にとっての娯楽でもあったようです。
それゆえに囚人は牢にいた時とは違って、最後の施しを受けて見た目も整えられる。
女性であれば麗しく化粧を施されるわけで。
さらに作中では恐怖を誤魔化すために医師の手により阿片が使用されています。
縛めを受けた上に身体を調べるために裸にされるなど、本来であれば屈辱とも言える処遇のお咲をして、徐々に陶酔の境地へと至らせていく(「咲乱れ引廻しの花道」)。


別々の話かと思いきや、二つ目はお咲が身代わりをさせられた本来の囚人である芳乃を主人公としています。
生まれつきの環境から人生をすごろくに例えた芳乃は母と同じ”アガリ”を目指し、優れた洞察力や性技によって、男女問わず次々と篭絡して墜としていく。やがて母と同じ立場になる寸前に夫殺し未遂で捕縛されて別の形の”アガリ”を迎えるまで(「香華灯明、地獄の道連れ」)。
最後が芳乃の術中によって忠実な僕となった別式女(女ながら剣を修めて剣士の格好をした女性を指す)の景が主の死に殉じるまでの半生を描いた短編となります。
もともと歴史物に定評あった著者ですが、ちょっとどころじゃない本格的な官能時代物を書いていたとは驚きでしたね。
堅物の武家の妻がいわば晒しものとなりつつも、その身体は今までにないほど感じて乱れていくさまはまさに乱れ花道。ギャップとその顛末が良かったです
いわば縮小版大奥の秘め事を通じて成り上がっていく芳乃の話では、なんといっても世の倫理など屁とも思わない独特の価値観が際立っていました。
たまたまそっち方面に開花したけど自分自身を客観視できる上に人心掌握に長けた有能な女性なんだろうなぁと思ったものです。

*1:徳川御三家らしき記述がある