9期・17冊目 『雷神の筒』

雷神の筒 (集英社文庫)

雷神の筒 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
織田信長はなぜ覇者になれたのか。若き日の信長に鉄炮を指南し、最強の鉄炮衆を創り上げた男の存在抜きには語れない。橋元一巴。初めは民を守るために鉄炮の改良と応用に打ち込んだ。塩硝のルートを求めて種子島に飛び、好敵手・雑賀孫市と出会う。主君が覇道を邁進する一方、悩みを深めた。疎まれつつも仕え続けた一巴の生涯を通じ、信長の天下布武への道を鮮やかに描いた斬新な長篇戦国絵巻。

今まで目にしたことはあるかもしれませんが、今までまったく気に掛けずにいた人物・橋元一巴。
”うつけ”と呼ばれていた少年時代の織田信長鉄炮を教えた師匠であること。
岩倉織田氏との戦い(浮野の戦い)で弓の達人・林弥七郎と一対一の対決で相討ちになったこと。
それくらいしか史料には伝えられていません。
物語上は生駒家の荷駄隊の護衛で堺に行った折に鉄炮の魅力の虜になったとされ、独自の努力を重ねて名人と呼ばれるに至り、織田家初期の鉄炮組を鍛え上げることになります。
筆者は浮野の戦いで重傷を負った一巴が妻の必死の看護により九死に一生を得たとし、再び鉄炮組頭として仕えて数々の激戦に参加してゆくさまを描いていきます。


始めは高価だった鉄砲も次第に多くの鍛冶が作るようになると値が下がってきました。
問題は火薬の材料の一つである塩硝が当初は輸入に頼るしかなくて大変貴重であったこと。*1
一巴を通してその入手ルート開拓にいかに苦労していたかがわかって面白いです。
一巴のライバルとして雑賀孫一が登場するのですが、水軍としても名高い紀州の民が南方との交易によっていち早く入手手段を確立していたために鉄炮集団としても強力だったのも納得がいきます。


代々橋本一党は織田家に仕えていたことや、一巴自身が信長に命を救われていたことに恩義を感じてその覇業を助けることになるのですが、どうにもこの二人はそりが合わないようで。
鉄炮を撃つたびに「南無マリア観音」と唱えて敵が往生できるように祈りを捧げる一巴は鉄炮を敵を殲滅するのではなく故郷を守り平和を維持するための道具という思想を持ち、織田家が領土を拡張してゆく現実との狭間で揺れる。
織田家にあっては他の武将のように出世欲もなく、どこか達観している様が信長にとっては気に入らず*2、対面する度に面罵されて何度も死地へ命ぜられる。
そのおかげで長篠の戦いや木津川口の海戦など有名な戦に何度も参加しては生き延びていくのですが、その嫌われぶりが徹底しすぎていていささか不自然に思いました。
それなのに武田信玄の死や長篠の馬防柵、鉄甲船にまで関わっている(提案者になってる)のはやり過ぎでしょう。
鉄炮に関する技術が飛躍した戦国時代にこのような男がいたとしても不思議ではない面白さはありましたけどね。

*1:後に生産方法が伝わる

*2:同じ無欲な主人公でも『戦国スナイパー』とは対照的