8期・23冊目 『日本の歴史をよみなおす(全)』

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
日本が農業中心社会だったというイメージはなぜ作られたのか。商工業者や芸能民はどうして賤視されるようになっていったのか。現代社会の祖型を形づくった、文明史的大転換期・中世。そこに新しい光をあて農村を中心とした均質な日本社会像に疑義を呈してきた著者が、貨幣経済、階級と差別、権力と信仰、女性の地位、多様な民族社会にたいする文字・資料の有りようなど、日本中世の真実とその多彩な横顔をいきいきと平明に語る。ロングセラーを続編とあわせて文庫化。

以前スゴ本の記事を読んで興味を覚えたので久しぶりに歴史評論を手に取ってみました。
いま読んでいる本をやめてでも読むべき「日本の歴史をよみなおす」


講義形式で書かれた『日本の歴史をよみなおす』とその続編の2編が併せて収められています。
現代の日本に根付く文化や価値観・慣習などの諸々は室町時代より端を発しており、動乱の南北朝を境にそれ以前とは劇的に変化したそうです。
各テーマについて、古代から中世にかけてどのように推移していったか、そして今までの歴史検証のあり方に対する著者の問題提起という形になっています。
第一章 文字について
第二章 貨幣と商業・金融
第三章 畏怖と賤視
第四章 女性をめぐって
第五章 天皇と「日本」の国号


日本人が階級や性別に限らず識字率が高かった理由について、いわゆる金融業の原点、そして「穢れ」は畏怖に繋がり、死穢に携わる職業人は中世までは決して蔑視されていたわけではないことなど目から鱗的な記述が多かったでしたね。
女性の地位については、かつて男性と同様に相続の権利があったりして決して低く扱われていたわけではなかったことは知っていましたが、いつの間にか(近代あたり?)男尊女卑の社会になってしまったのは不思議に思っていました。
それらの変化の大きな理由としては、日本人の自然や信仰に関する意識が変わってきたことや世俗の権力による管理などが挙げられています。
天皇と日本の称号については、今に近いかたちに定まるまでいろいろ経緯があったのはわかります。
ただ頷けないのが以下の点。
「現代は社会構成史的にも、また民族史的、文明史的にも、大きな転換期になるので」という前提はともかく、

天皇も否応なしにこの転換期に直面していることになります。
おそらくこの二つの転換期をこえる過程で、日本人の意思によって、天皇が消える条件は、そう遠からず生まれるといってよいと思います。

それって共産革命的なイメージ?こればかりは無いよ(笑)としか言えないですね。


続編は日本社会史上の農本主義、およびそれを前提とした経済・都市の捉え方について具体例を挙げながらを論じています。
第一章 日本の社会は農業社会か
第二章 海からみた日本列島
第三章 荘園・公領の世界
第四章 悪党・海賊と商人・金融業者
第五章 日本の社会を考えなおす


海辺や山間部など米がとれない狭隘地の山村・漁村は貧しかった。田畑を持たない水呑百姓は貧しい暮らしを送っていた。
海に囲まれた日本は大陸に比べて他国との交流が乏しかった。
そんな歴史上の常識を覆すのが続編の主題となっています。
基本的に徒歩・牛馬に頼るしかなかった陸上に比べて、海・河川を使った海上交通は遥か昔から発達していたというのがポイント。
教科書には書かれていないだけで、海上交通による経済発展と都市化は想像以上だったことが明らかにされています。
西日本が朝鮮半島・大陸南方と交流あったのは知れていても、津軽半島の十三湊に代表される北日本や北陸が大陸北方との交易が盛んだったことは意外と知られていないかもしれないですな。
律令制以降、租税は石高を基本とするために公的に残された史料には農業しかしてこなかったようにしか解釈できなかったのが見方が偏る原因でもあったようです。
また、百姓というと今日では農業に携わる、それも専業農家の呼び名として当たり前になっていますが、本来は様々な職業を指していたという指摘には納得。
9割が農民というが、その実態は米以外の農産物はもとより、漁業・林業・鉱山・畜産、そして交易など様々な生業によって暮らしを立ててきたのだという。
個人的には続編の方が中世日本の新たな社会像が見られたようで楽しめましたね。


基本的に断定よりも「考え直した方が良いのではないか」という問題提起にとどまっていているだけに物足りない気はします。
良く言えば示唆に富んでいるし、悪く言えば曖昧なまま逃げている気もするし。
ただ、それまで常識だと疑いもしなかった歴史観に対する刺激をおおいに与えてくれたという点で読んでみて良かったと思いました。