12期・44冊目 『絹の変容』

絹の変容 (集英社文庫)

絹の変容 (集英社文庫)

内容紹介

レーザーディスクのように虹色に輝く絹―その妖しい光沢にとりつかれた長谷は、ハイテク技術で蚕の繁殖を試みるが…。バイオ・テクノロジーの恐怖を描く。小説すばる新人賞受賞作。(解説・星 敬)

織物産業の街・八王子にて早々に織物に見切りをつけて包帯製作に乗り換えた会社の二代目・長谷康貴。
しかし彼は会社に籍を置きながらも関心も示さずに、30歳近くまでフラフラと目移りしていたのでした。
そんな康貴がある日蔵で見つけたのがまるでレーザーディスクのようにきらきらと虹色に光り輝く絹の布。
たちまちここ奪われた彼は祖母の嫁入り道具の一つだったらしいと聞いて、その実家を訪ねるが、そこはすでにダムの下に生まれていました。
落胆してある茶屋で休憩した時に店の老婆に変わった蚕がいる話を聞き、該当の朽ち果てた神社に向かうと、確かに変わった蚕を見つけて持ち帰ります。
しかし、そこから光輝く糸を取り出す術などなく、伝手を辿って、ある技術者を雇います。
志乃はあるバイオテクノロジー関連の研究所に勤めていたのですが、業務方針のトラブルで追い出されてしまったという、天才肌の変人。
性格に難はありそうだが、その才能は優れているようで、任せてみたところ、着実に蚕の繁殖を行ってみせます。
ただし、康貴だけでは資金ぐりに厳しく、地元のやり手社長・大野の融資を受けることになりました。
その特殊な生態によって大量生産に向かなかった蚕は志乃のたゆまない努力によって、白無垢として完成。
京都で行われた発表会にてその輝きは多くの目を奪うが、試着したモデルが窒息により死亡。特殊なアレルギーを持っている人物が触れると重篤な反応を起こすことがわかったのです。
さらに飼育場から逃げ出した数匹が周辺で繁殖して数を増やし、たまたま触れてしまった子供に激しいアレルギー反応を起こさせてしまうようになります。
志乃によって雑食性に変えられた蚕は八王子の街を餌を求めて他の動物を襲い、そして噛まれた人がアレルギー持ちであった場合、今までに無い症状のまま最悪死に至ることに……。


天才研究者が苦心惨憺の上に作り出した蚕の一部がほんのトラブルで数匹逃げ出して、それが野生化して繁殖。
本来は特別な葉しか食べない蚕が雑食性に変貌していて、動物や人間にまで噛みつくようになってしまう。
そしてアレルギー持ちの人間が噛まれると、最悪に死に至ってしまう。
いわゆる大量の虫系パニック小説です。
行政が有効な手立てを取れないまま被害が広がっていく様、大量の蚕が街中を侵食していく恐ろしさがテンポ良く書かれていますね。
その蚕が紡ぎだす糸は虹色に美しく輝くが、触れただけで死に至らせる危険性も孕んでいた。
特に大人も子供もアレルギー持ちが一般的となった現代人にとっては恐怖を抱くしかありません。


考えてみれば、私が篠田節子を知ったきっかけは『夏の災厄』でした。
あちらと比べたら本作は西東京の一部にとどまっている分、スケールも小さく、人の被害という面では少ないでしょうが、もしも一歩間違えていたら、という恐ろしさは確かにあるテーマです。
ちょうど今年はヒアリの被害が報道されていましたし、20年以上前に発行された作品ではあっても、バイオ関連から発したパニック小説としての魅力は損なわれることはありませんね。

12期・43冊目 『閉店時間』

閉店時間 (扶桑社ミステリー ケ 6-9)

閉店時間 (扶桑社ミステリー ケ 6-9)

内容(「BOOK」データベースより)

9.11テロの傷痕残るニューヨーク。街では閉店間際のバーを狙った武装強盗が相次いでいた。バーテンダーのクレアは、恋に破れた哀しみを胸に抱えつつ今日も店に出る。自分を待ちうける運命も知らず…。未練を残して別れた恋人たちを襲う悪夢を描く、ブラム・ストーカー賞受賞の表題作をはじめ、意想外の結末へと読者を導く怒涛のサスペンス「ヒッチハイク」、傑作ノワール・ウエスタン「川を渡って」等、ケッチャム文学の最高峰を示す中篇四本を厳選して収録。加速する狂気に貴方はついていけるか。

一通り代表作は読んだつもりだったジャック・ケッチャム。久しぶりに手に取ったのは珍しい中編集でした。

閉店時間
妻子ある男性・デイヴィットとの不倫にケリをつけるも未練を残したまま、バーテンダーとして働きながら寂しい生活を送るクレア。
閉店ぎりぎりの人がいなくなる時間を狙って連続強盗を成功させ続ける男。
拳銃で脅しながら仕上げにちょっとしたゲームをするのが癖だった。
ある日、閉店時間まで潰れていた酔っ払いを送り出したクレアの店内には一人の男が残っていた。


ヒッチハイク
弁護士ジャネットは帰宅途中に車がガス欠。ちょうど通りがかった車には高校時代の同級生(ただし交流はほとんどなし)マリオンだった。同じ女性ということで安心したのだが、彼女は運転しながら狂気を見せていき、このまま無事に帰れそうになくなってしまった。
さらに間の悪いことに殺人現場を目撃してしまったことで、犯行グループの3人組に無理やり同行させられてしまう。
マリオンは新たな殺人を巻き起こす3人組に嬉々として協力するようになり、人質というよりは共犯者のような立場となっていき、ジャネットに対して男たちをけしかけるようになる。


「雑草」
出会ってしまった二人。シェリーとオーウェン
オーウェンはレイプ願望を抑えきれずに実行に移してしまう。
シェリーはそんな彼の欲望を果たすために嬉々として手伝い、看護師の仕事柄、薬さえ入手して実の妹さえ差し出すほどであった。
しかし殺した女の遺体が発見されてオーウェンは逮捕されて結果的に死刑に処せられるが、シェリーは司法取引によって軽い刑で出所する。
名前を変えて働きだしたシェリーはまた別のレイプ願望を持つ男に接近するが…。


「川を渡って」
開拓時代のアメリカ南部。
メキシコ領土を併呑した一帯ではゴールドラッシュもあって、鉱夫や兵士くずれ、商人を始めとして荒れくれ者の男ども、それに娼婦たちが集う。
若い新聞記者のベルは酒場で途方もない度胸を示したハートに出会い、野生馬を捕まえる仕事を手伝おうようになる。
そんなある日、拉致されていた奴隷館から逃げ出してきたメキシコ人少女と出会って、紆余曲折の末にアジトを急襲して彼女の妹を救出する企てに参加することになる。


無慈悲なる暴力とそれに蹂躙されていく人々を赤裸々に描くことには定評のあるケッチャム。
こうやって、四編収められていると、それぞれに違った趣向があって楽しめます。
長編だとどうしても中だるみすることがあるし、短編では物足りない。中編くらいはちょうどいいのかもしれません。


閉店時間」は9.11テロ事件直後のニューヨークの雰囲気がよく描かれています。
互いに想いを残しながらも別れざるを得なかった不倫男女の心情が描かれて、ひょっとしたらこれはケッチャムらしくない恋愛小説なのかと思ったところで唐突な最後が驚きでした。普通の作家だったら、こんな終わりにしないだろうなぁ(笑)
ある意味二人にとってはハッピーエンドだったのかもしれませんね。
ヒッチハイク」は男三人組のクズっぷりに多少の温度差があったり、それに協力することになったマリオンの毒婦ぶりが描かれているのがなかなか良いです。
男の単純な力だけでなく、ジャネットとマリオンとの憎しみ合いや内心の企みといった要素が物語を盛り上げていきますね。
終盤に犯人たちが潜りこんだのが一種の結界らしくなっている場所らしくて、人種絡みなのか宗教絡みなのかがちょっとわかりづらかったですけど。
「雑草」
こちらも単なるレイプ願望の男に女が出会ってしまったことが大事件へと発展したということで、女性を主人公としたピカレスク小説となっていってよいでしょうか。
人を人と思わない犯罪者はどこにでもいるだろうけど、彼女みたいに徹底しているのはそうはいないんじゃないですかね。生まれた時代と場所によっては悪女として歴史に名を残していたかも。
そして、やっぱり最後は毒を以て毒を制すみたいな。
「川を渡って」
西部開拓時代の荒々しい雰囲気を醸し出していていい感じです。
奴隷館での銃撃シーンにはハラハラドキドキ。日本で言えば幕末の新撰組討ち入りを読んだ時みたいな感じでした。
映像で見たらきっと18禁だらけの凄惨なシーンの連続だけど、読後感は悪くないのは主人公周辺の登場人物の魅力および逞しさを感じるからでしょうか。