沢木まひろ 『二十歳の君がいた世界』

二十歳の君がいた世界 (宝島社文庫)

二十歳の君がいた世界 (宝島社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

夫を病気で亡くした五十歳の専業主婦・清海は、満月の夜に遭遇した転落事故によって突然、三十年前のバブルに沸く一九八六年の渋谷にタイムスリップしてしまった。そこは清海のいた世界とよく似た別の渋谷。清海はそこで、失踪した叔父や、若き夫、さらには二十歳の自分と出会う。ある殺人事件の謎を解くことで、清海は元の世界に戻ろうとするが、思いもよらない真相が明らかになり…。

本作が珍しいなと思ったのは、50歳の女性が意識だけ若い頃に戻る(いわゆるタイムリープともいう)ではなく、その状態のままでタイムスリップしてしまったという展開です。
満月の夜、突然、頭上からの落下物によって気を失った清海は元いた代々木公園にいること、財布や携帯電話を含めて荷物の一切合切を失ったことに気づきます。
仕方なく、自宅までの交通費を借りようと渋谷駅近くの交番まで歩くのですが、そこで自分は30年の時を遡って1986年にいることを悟ったのでした。
眉の形から髪型、ファッションまで。30年の差は大きくて、まるで異邦人のようにジロジロ見られるのも仕方ないかもしれませんね。
ともかく、一文無しとなった清海は自宅に帰るために交番で千円(旧札)を借りることができたものの、様変わりした渋谷の風景に興味をそそられて街を見学しに行きます。
そこで目にしたのは、21世紀ではカフェ・チェーンに押されて姿を消していった、ごく普通の喫茶店。その店内には若き叔父の姿が。
出生の関係もあって親との折り合いが悪かった清海にとって、何かと相談相手になったり、頼れる存在であった叔父は失踪して行方不明となっていたのです。
清海の知る歴史とは違っているものの、懐かしさを感じて誘われるように中に入ってしまうのでした。
作中で清海は叔父にタイムスリップしてきたことを正直に話し、本人でしか答えられない秘密を明かしたことでなんとか信じてもらえます。
そのまま、叔父の大学時代の同級生*1になりすまし、喫茶店での住み込みの仕事をすることになります。次の満月の夜に帰還できることを期待して。
茶店で働いているうちにやってくるのは客ばかりでなく、当時20歳であった清海もいて、あまりの自由っぷりに呆れたり。
さらにアルバイトとして雇った大学生が亡き夫であることがわかり、清海は心穏やかではいられなくなってしまうのでした。


過去に戻れるならば戻りたい。
そう願う人は多いんじゃないでしょうか。
しかし、それは最初からわかっていればの話であり、前触れもなく所持品無し・一文無しでタイムスリップしてしまったら、誰もが途方に暮れるものですよね。
しかも、過去の自分に戻れるならいいけど、現在の年齢のままでは本名を言っても信用してもらえません。健康保険も使えない身元不明者のまま。
その点、清海は早々に叔父を見つけることができただけでなく、叔父に信用してもらえてラッキーでした。もっとも、叔父にも深い事情があって、それが清海のとってずっと知りたかった謎の解明に繋がるのですが。
それはともかく、30年という時代の違いは大きいものです。
ほとんど渋谷の喫茶店から離れないので限定的ではあったものの、バブルに浮かれた時代の情景が伺えて、懐かしさを覚えましたね。
なお、50歳の清海が20歳の自分自身の言動を見て、恥ずかしがるところに非常に共感しました。
若い頃の自分を客観的に見たら、きっと同じように思うのだろうなぁと。
また、過去といってもまったく同じではなく、微妙にずれがあって、パラレルワールドの扱いとなっています。*2
そこに50歳の清海が入って、まだ20歳であった夫や清海、まだ年下の母や叔父と接することによって彼らの未来が変わってゆくのが醍醐味といえましょう。
まぁ、読んでいて先の予想がつくストーリーではありますね。劇的な展開はないけど、最後まで安定して読めた作品でした。

*1:実際は清海の方が年上なので、浪人していたことにした。

*2:同じ時間に同一人物の存在が許されているのもそのためか。

安部竜太郎 『薩摩燃ゆ』

薩摩燃ゆ〔小学館文庫〕

薩摩燃ゆ〔小学館文庫〕

内容紹介

長年続いた政権体制がマンネリ化し社会不安も増大していた江戸後期、後に明治維新の中心となる薩摩藩では破綻寸前の財政を改革すべく、調所笑左右衛門広郷が悪戦苦闘していた。53歳という、現在でいえば定年間近の官僚が、出世や保身ではなく、文字通り命を賭けて「国」を立て直すため御法度にも手を染め、その責を負って悲劇的な最期を遂げる。彼の働きがあってこそ、薩摩藩は維新のリーダーとなることができたのである。

江戸幕府の財政が一気に傾いたのが11代家斉の頃だと思うのですが、借金に苦しんでいたのは幕末に外様の雄に数えられる薩摩藩も同じで、当時500万両という途方もない借金を抱えていました。
これがどれほど大きいかというと、年収12万から14万のところに年利息が80万かかっているわけで、とっくに破産しても仕方ない状態です。
冒頭からどの商人にも相手をされずに途方に暮れる調所笑左右衛門広郷の姿が哀愁を帯びていますね。
前藩主・島津重豪より、藩財政を赤字から黒字に転換することを指示された広郷。
無茶ぶりともいえる使命ですが、茶坊主から引き立ててくれた恩義、それに薩摩人特有の固い忠孝の志によって奔走する様が描かれます。
商品作物の開発、奄美諸島の黒砂糖を砂糖問屋を排除して専売制とする。
このあたりはまだしも、琉球を通じた清との密貿易に幕府の改鋳と同じタイミングで贋金作り。明るみに出れば首が飛ぶ事業にも手を染めていきます。
無知な島民からは徹底的に搾り取り、秘密を守るためには平気で人を始末する。
読んでいて辛いのは、それらは自身の懐を肥やすのではなく、藩への忠義の結果として励んでいるところ。
藩主・斉興の命によって藩内の一向一揆を弾圧*1するのですが、彼自身の妻を始めとして信者の数は多いため、地元において批判の声が高まり、かなり立場が悪くなってしまいます。
さらに広郷自身は重豪が目をかけていた斉彬を支持するも、現藩主・斉興のために金策に奔走せざるを得ない状況。なおかつ斉興の指示によって子を二人変死させられていた可能性さえあったとしています。*2
史実的にお家騒動で斉彬ではなく久光派と目されていたようですが、彼の内心はどうであったのか。
小説の中ではさして図太い神経を持ってなく、斉興を恨みつつ、年を取るごとに思うように動かなくなる身体に鞭打ち、藩命(亡き重豪の遺命)のために粉骨砕身する老武士といった印象を持ちました。

後世から見れば、薩摩藩がずば抜けた経済力・軍事力を持ちえたのは広郷の改革があってからこそ。
しかし、後に斉彬派の西郷隆盛大久保利通明治維新の立て役者となり、主君筋の久光を批判できない代わりに広郷が一人悪評を被ったようです。
戦後になってからようやく再評価されるようになったのですが、彼の子孫はたいそう苦労したのだろうなと思わされました。

*1:寺に納められる金を奪う目的もあった。

*2:定説の通りに彼が斉興・久光派であるのならば、斉興が黒幕ではなく、斉彬派の若手藩士が暴走した仕業の方が自然に思える。

吉村昭 『深海の使者』

新装版 深海の使者 (文春文庫)

新装版 深海の使者 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

太平洋戦争が勃発して間もない昭和17年4月22日未明、一隻の大型潜水艦がひそかにマレー半島のペナンを出港した。3万キロも彼方のドイツをめざして…。
大戦中、杜絶した日独両国を結ぶ連絡路を求めて、連合国の封鎖下にあった大西洋に、数次にわたって潜入した日本潜水艦の決死の苦闘を描いた力作長篇。
昭和17年秋、新聞に大本営発表として一隻の日本潜水艦が訪独したという記事が掲載された。当時中学生であった著者は、それを読み、苛酷な戦局の中、遥かドイツにどのようにして赴くことができたか、夢物語のように感じたという。
時を経て、記事の裏面にひそむ史実を調査することを思い立った著者は、その潜水艦の行動を追うが……戦史にあらわれることのなかった新たなる史実に迫る。

第二次世界大戦では隣国同士のイギリスとフランス、大西洋を隔てたアメリカ、北海や中東もしくは太平洋を通じてソ連、と連合国側は緊密な連携を取れていました。
しかし、枢軸国側となると同じヨーロッパのドイツ・イタリアその他東欧諸国はともかく、極東に位置する日本は孤立していているのが問題でした。
ドイツがソ連と戦端を開く前ならば鉄道や航空機でユーラシア大陸を横断しましたが、対ソ戦が始まると、海路を利用せざるを得なくなります。
すなわち東シナ海からマラッカ海峡を通り、インド洋を横断。マダガスカルの南方からアフリカ大陸最南端を通り、大西洋を一気に北上するという長大なルートです。*1
途中の多くの拠点は連合軍によって押さえられているため、補給や安全性という面でも困難でした。
そうなると、選択肢は潜水艦による往還となるわけです。*2
日本が南方作戦で東南アジア一帯を押さえ、ドイツ軍がフランスを屈服させたために互いの潜水艦基地があるペナンからロリアン間となりましたが、それでもほとんどは連合国が制空権・制海権を握っている海域を渡っていかざるを得ないのでした。


本書はまだ存命であった関係者への聞き取りと豊富な資料を元に史実を淡々と綴った内容です。
約5か月間におよぶ長い航海のうち、半分を占める大西洋の航海は苦難の連続だったようです。
現代とは違い、当時の潜水艦というのは潜水が可能な艦というだけで、水上航行が基本でした。
それゆえに敵哨戒機・艦船を発見、もしくは発見された場合は何時間も潜行してやり過ごすわけで、いつ機雷によって穴が開き沈没するかもしれないという恐怖や時間が経つにつれて艦内の酸素が減って乗員は苦しみつつも耐えるだけという想像を絶する苦心惨憺な様子が伝わってきました。
それだけに無事ドイツに辿り着いた時の歓喜が相当なものだったのでしょうね。
ドイツに到着した日本の潜水艦乗務員への歓迎ぶりが想像以上でしたが、それだけ当時は同盟国間の連絡が困難だったからでしょう。
結局、戦時中に日本から送られただけでも5回。ドイツ側からのUボートの派遣(譲渡)が2回。
完全に帰還できたのがそれぞれ1回だけ。時期が経つにつれて戦局が悪化して、成功の見込みが薄れていくのがよくわかります。
運が良ければ助かる見込みがある水上艦と違い、潜水艦というのは水中でダメージを喰らったら沈むのみで生還は絶望的。
乗員や同乗者はもとより、当時の日本が渇望してやまなかったレーダーやジェット機に関する技術的資料や機材までもが失われたのは惜しかったと思われました。


ちなみに潜水艦以外に長距離飛行を可能とした航空機による連絡もされたことも記載されていますね。
実際にイタリア機は中国北部にある基地まで無着陸で到達さえしています。
しかしそのルートはソ連領内を横切ることになり、太平洋戦争遂行中の日本(東条首相)はソ連を刺激することをひどく恐れていたため、飛行ルートは大きく南方へ迂回するしかありません。
搭載量は限られているとしても、5か月かかって往復している間に戦局が変わってしまう潜水艦より、50時間超と短く済むために航空機による連絡にも期待がかけられ、一度、日本から試みられました。
しかし、これもインド洋の途中で消息を絶ってしまい、継続されることはなかったようです。

*1:スエズ運河はイギリスが押さえているために地中海には出れない。

*2:ドイツは商船を武装させた仮想巡洋艦を就航させていた

伊坂幸太郎 『ガソリン生活』

ガソリン生活 (朝日文庫)

ガソリン生活 (朝日文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

実のところ、日々、車同士は排出ガスの届く距離で会話している。本作語り手デミオの持ち主・望月家は、母兄姉弟の四人家族(ただし一番大人なのは弟)。兄・良夫がある女性を愛車デミオに乗せた日から物語は始まる。強面の芸能記者。不倫の噂。脅迫と、いじめの影―?大小の謎に、仲良し望月ファミリーは巻き込まれて、さあ大変。凸凹コンビの望月兄弟が巻き込まれたのは元女優とパパラッチの追走事故でした―。謎がひしめく会心の長編ミステリーにして幸福感の結晶たる、チャーミングな家族小説。

母・郁子、人の好い長男で大学生の良夫、高校生で難しい年頃の長女はるか、小学生らしからぬ頭脳明晰で口も達者な次男・亨。
そんな望月家が偶然有名女優を車に乗せたことをきっかけに巻き込まれたトラブルを愛車・緑デミオの視点で綴られる物語です。
名家出身ながら何人かの男性と浮名を流した彼女は記者に追われて逃走中にトンネル内で浮気相手と共ども壁に追突して死亡してしまいます。
それはまるでダイアナ妃を思わせる最期。
死の直前に彼女を乗せたことにより、良夫と亨は記者の取材を受けます。
その際に事故の詳細について可能なかぎり聞き出すのですが、どこか釈然としない点があって・・・。

物語は望月家の人たちをメインとしつつも、車が主であることが大きな特徴ですね。
望月家の隣に住む校長の長年の愛車カローラGT”ザッパ”と緑デミオの会話を始め、配達担当のトラック、はるかの彼氏の車、よく行くファミレスの従業員の車、停めた駐車場はもちろんこと、走行中でも車たちは会話しています。
名の知れた国産車はもちろんのこと、外車やすれ違った緊急車両、それに遮断機の降りた踏切では貨物車両とも言葉を交わします。
どうやら彼ら車両の間ではタイヤの多さが重要であり、電車は尊敬を集めますが、自転車やバイクはタイヤが少ないから言葉が通じない=下に見ている模様。
それに車ならではの言い回しが面白かったです。足ならぬタイヤが地に付かないなど。
もっとも、基本的に運転手に身を委ねているため、盗難にあった時や交通法規無視のような意にそぐわない運転への抗議の声は伝わらず。さらに車を降りてしまって重要な話が聞けないといったもどかしさはありました。車だから仕方ないですけどね。

女優の事故死、はるかの彼氏が巻き込まれた厄介ごと、ATM盗難事件、亨および友人にちょっかいをかけてくる意地悪なクラスメイト……など一見関係ないような別々の出来事がラストに向かって関連付けられながら収束していく流れは見事でした。
人と比べて寿命が短い車ですが、人並みに感情を持ち、運転手に愛着を感じていたり、乗り換える際にその人物のエピソードを知識と引き継いでいくという設定も良かったです。
それでいて、人間並みに法螺を吹いたり、口喧嘩することもあって妙に人間臭いですね。
エピローグはおよそ10年後の望月家。心憎い演出を加えて、きれいにまとまっていて良かったです。

トビー・エメリッヒ 『オーロラの彼方へ』

オーロラの彼方へ (竹書房文庫)

オーロラの彼方へ (竹書房文庫)

内容紹介
刑事ジョンが無線で交信した男はなんと30年前の世界にいる父だった。くしくもその日は消防士の父が殉職する前日。今なら未来を変えられる!だがそれはとんでもない事件の始まりだった。涙がとまらないSF感動作!

1969年、太陽フレアの活発化(太陽嵐)の影響により、ニューヨークでは異常気象によるオーロラが観測されていた。
消防士のニューヨーク市の消防士フランク・サリバンはタンクローリーの横転により発生した事故と火災によって下水道に閉じ込められた作業員を間一髪で救出。
怪我もなく帰宅したフランクは妻のジュリアと”リトル・チーフ”と呼んでいる息子のジョンと暖かなひと時を送ったのでした。
しかし、数日後にフランクは倉庫火災で中に閉じ込められた少女を救おうとして、脱出することができずに殉職してしまったのでした。

1999年、30年前と同じくニューヨークでオーロラが観測された夜。
結婚を約束していた恋人と別れて失意のまま帰宅した警察官のジャックでしたが、遊びに来ていた親友の息子が見つけた無線機に懐かしさを覚えて操作してみます。
偶然、誰かと交信することができたのですが、相手のコールサインは父が使っていたものと同じ。
相手が1969年のワールドシリーズの話をすることや、向こう側で”リトル・チーフ”と呼びかける声からして、もしかしたら生前の父かもしれないと思います。
30年後の息子であることを言っても信じてくれない相手に試合の結果を予言。
そして近々起こる倉庫火災で死ぬことを危惧したジャックは「自分の勘とは逆方向に行け」と伝えるのでした。

その後、猛火に包まれた火災現場でその言葉を思い出したフランクは賭けに出て見事脱出を果たします。
無線機および同じ机に焦がしたメッセージで生きていることを伝えられたのですが、フランクが生還したことで今度は母親ジュリアの運命も変わり、連続看護婦殺人事件の被害者となってしまうのです。
母を救うため、父と子による30年の時を隔てた苦闘が始まったのでした。


過去の出来事の一つを変えて現状を改善したと思ったら、歴史が変わって本来なかったはずの別の悲劇が起こってしまった。
未解決であった連続殺人犯の解決こそが警察官であるジャックの使命でもあるのですが、その鍵を握るのが過去の父であり、ハム無線機でしか連絡が取れないもどかしさが時代を感じさせますね。
卑劣な犯人との追走劇や直接対決。現在と過去とで手に汗を握るスリリングな展開と感動的な結末。
映画のノベライズということもあってか、きれいにまとめられている上に読みやすい作品でした。

映画のノベライズということもあってか、きれいにまとめられている上に読みやすい作品でした。同じタイムパラドックスを扱った映画としては『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が有名です。
本作では実際に過去に行くことはできないけれど、同じ無線機を使うことにより、父と子が30年の時を経て会話できたというのが特徴です。
その背景にはニューヨークでオーロラが観測されたことがきっかけかもしれないと思わせます。
さらに1969年は設立以来どん底の最下位が続いていたニューヨーク・メッツの奇跡的な快進撃により、ワールドシリーズの初優勝を成し遂げた年であり、地元で野球好きな父子にとっては、時間を超越したことの証明にも使われるなど重要な要素となっていて、野球愛が伝わってきます。

垣谷美雨 『女たちの避難所』

女たちの避難所 (新潮文庫)

女たちの避難所 (新潮文庫)

  • 作者:垣谷 美雨
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: 文庫

内容紹介

なして助がった? 流されちまえば良がったのに。3・11のあと、妻たちに突きつけられた現実に迫る長篇小説。乳飲み子を抱える遠乃は舅と義兄と、夫と離婚できずにいた福子は命を助けた少年と、そして出戻りで息子と母の三人暮らしだった渚はひとり避難所へむかった。段ボールの仕切りすらない体育館で、絆を押しつけられ、残された者と環境に押しつぶされる三人の妻。東日本大震災後で露わになった家族の問題と真の再生を描く問題作。

もう9年も前になりますが、東日本大震災津波による災害の様子をテレビやインターネットで見た時の衝撃は強く、今でも鮮明に記憶に残っています。
埼玉県に住み、東京都内に通勤していた私は当日の交通機関麻痺や食料日用品が店先消えたこと、その後の停電といった影響を受けましたが、現地にいた人々にとってはちょっとした判断や運が生死の分かれ目。
大勢の犠牲者が出ただけでなく、住んでいた家を失い、長らく避難所生活を余儀なくされた人も多かったようです。
本作は東日本大震災を元にしたフィクションであり、その中でも3人の既婚女性(離婚も含む)にスポットを当てて、津波の中から生き延びて避難所でどのように過ごしたか、そして人生の再出発を図るようにしたかを克明に綴った作品となります。


一人は福子(55歳)。元保育士で酒屋のパート。
定職に就かない夫に愛想を尽かしながらも別れられずにいて、スーパーに買い出しに来たところで地震に遭遇。
帰る際に車ごと津波に飲み込まれてしまい、必死の思いで脱出して、ある家のバルコニーに辿り着くことができました。
一人住まいの老婆の温情で着替えや飲み水も得られて一息ついたところで冷蔵庫の上に乗って引き潮に流される少年を見つけて救助します。
翌日、親戚の家に引き取られる老婆と別れ、昌也という名の少年と共に近くの小学校の体育館に向かうことになりました。

二人目は渚(40歳)。暴力的な夫と離婚して子連れで出戻ってきたところで母と共に小料理屋を開きました。
ただし、料理屋だけではやっていけず、夜は飲み屋を営業することにしたのですが、それが近所の女性たちに気に入られなかったようで陰口を叩かれていました。
彼女自身は津波に飲み込まれなかったのですが、店に残った母は死亡。小学校にいたはずの息子の安否が不明なまま、必死に探し回ることになります。

三人目は三世帯で住む嫁の遠乃(20代)。乳飲み子の智彦を抱えています。
地震直後に近所に住むママ友と買い出しに行く途中、間一髪で津波の被害を逃れます。
姑だけでなく愛する夫を亡くした遠乃は失意に暮れたまま、避難所にやってきました。
福子をして”白雪姫”と思わせたほどの儚げな美貌を持つ遠乃は避難所でも人目を惹きます。
ただでさえ乳飲み子を抱えている苦労に加えて、昔気質で居丈高に振舞う舅、独身で義兄が何かと言い寄ってくるのに精神が削られていくのでした。


私事となりますが、去年の台風の時にほんの一日だけ市内の中学校の体育館で避難生活を送りました。
一時的ということもあって、広い体育館の中で毛布を敷いただけなのでプライバシーの欠片もない場所でした。
作中では長らく避難所生活を余儀なくされるわけで、最初の頃は飲み物も食事も最低限。着替えも入浴もできず、先の見通しも見えない中で身体と精神が疲弊していく様が伝わってきます。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、人間らしい生活が送れないことによるストレスはかなりのものだと思います。
まして男尊女卑の強い土地柄。非常時でさえ、女は黙って言うことをきけという空気が女たちを苦しめます。
避難所の様子が非常にリアルで、登場人物たちの心情を通して、本当にその場にいるかのような臨場感。
実際に女性の多くがこのような苦しみを味わったのかと思わせるほどでした。

自衛隊やボランティアが駆けつけたり、援助物資が届くようになって、ようやく衣と食が改善されてきた頃。
仕事の有無や仮設住宅への入居問題、それに恵まれている者への嫉妬など、避難者同士の不公平感も露わになってくるのがやりきれなかったですね。

作中では、福子が避難所の新たなリーダーとなり、若者や女性たちの意見を汲んで、生き生きと活動しだすも、自宅で死んだと思っていた夫がひょっこりやってきて彼女を苦しめます。
渚は逆に諦めかけていた息子・昌也が福子と共に生きていたことに喜ぶも、自分の店のためにイジメを受けていたこと、再開された学校にも行かず不登校となったことに落ち込む日々。
遠乃は舅が亡き夫への補償金までも独り占めした挙句、義兄と結ばせて、これからも家に縛り付けようとする。彼女の意思など無視して一家のモノ扱い続けようとすることに絶望します。

3人の身近な男たちは本当にろくでなしばかりなので、そこから逃れて自由になれることを願いたくなります。
なんでも、震災後は離婚件数が増えたとか。
大変な時こそ人間性が露わになるわけで、溜め込んでいた不満が爆発したというのもあるでしょう。
今後も大変でしょうが、少なくとも新天地に飛び出した3人が協力しあって希望の持てそうなエンディングであったのが良かったです。

ホットサンドメーカーを使ってみた

実家にいた頃にホットサンドメーカーはよくお世話になっていました。
中高生時代のおやつか昼食用に作って食べていたものです。
たまに思い出してホームセンターなどで探してみたのですが、これが売ってないんですよね。
今ならネットで探せば数千円、安ければ2000円以内で買えます。
だけど、わざわざお金を出して買うのもなぁと思っていました。
PC関連や書籍のように趣味ならハードルが低いのに、キッチン用品だと思いとどまるのが不思議です。

ところで、普段使っているパン屋さんのポイント(買い上げ200円につき1点)を貯めていまして、何と交換しようかと迷っていたのですね。
本当は独身時代から長年使っているオーブントースターの代わりと思ったのですが、今までのペースからしたらあと2年以上貯め続けて1650点になるまでは待ちきれない。
そこで昨年12月に800点まで貯めたポイントでホットサンドメーカーと交換しました。
マーガレット・クラブ|アンデルセン
年末年始を挟んだので、景品が届いたのは年が明けてからで、使用し始めたのは先週からです。
↓箱の外観。


アウトドアでも活用できるということで、もしかしたらそちらのコーナーに売っていたのかもしれませんね。

↓中身。実家で使っていたのは二つに分けるようになっていましたが、こちらは食パンをそのまま挟むシングルタイプです。

いざ昼食用に作ってみました。
用意したのは、8枚切り食パン2枚(6枚切りでもいいけど厚さがちょうどいい)、マーガリン、ハム(本当はロースハムかサラミが良かったけど、生ハムしかなかった)、スライスチーズ。
実家にいた頃はピザ用ソースをよく使っていましたね。
マヨネーズでもいいかもしれない。

あらかじめパンが接する面にマーガリンを塗る作業がけっこう面倒だったりします。
食パンにハムとチーズを挟んで……

グリルで焼きます。
始めは中でジュワジュワと音がしますが、すぐに静かになります。
気を付けないと焦がすので、様子を見ながら焼きます。
火力が弱いグリルで中火から弱火で両面2分くらいでしょうか。

焼き終えて、こんな感じ。

ナイフでカットしていただきます。
外はカリっとして、中はもちもちしていて美味しかったです。
別々にトーストしたパンで挟むよりも、こうしてホットサンドメーカーで作った方がいい気がしますね。

ホットサンドメーカーを実際に使ってみた感想とか。
・思ったよりも手短に美味しいホットサンドが作れる。ハムチーズだけでなく、いろんな具材を挟んで焼いてみたい。
・両面使いのフライパンとして、パンケーキやワッフル。さらに調べてみればお好み焼きや焼きおにぎり、鯛焼き風、ハッシュドポテトさえ作れるらしい。*1
・注意点として、焼いて開いた状態で取り出しにくくて熱いので、ナイフやフライ返しを使った方がいい。
・デメリットとして、開いた状態で安定しない。
洗うのが面倒くさい。amazonで売っていた物はアタッチメントとなっていて着脱可能なのもあったが、こちらは一体型なので使用後に水に浸けにくい。


結局、時間が無い時はトースターの方が楽ちんなんですよね。
でも、工夫次第でいろんなものが焼けるみたいなので、これからも休日にチャレンジしてみようかと思います。

*1:密封しないので、液体を流し込む際に作り方に注意が必要。