有川浩 『植物図鑑』

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。咬みません。躾のできたよい子です―。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所で「狩り」する風変わりな同居生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草”恋愛小説。レシピ付き。

一人暮らしの日々の中でコンビニ・外食が当たり前になって、すっかり寂しい食生活を送るようになっていたOL・さやかがある夜の帰り道、アパートのすぐ前の植え込みで生き倒れていた青年を拾う。
一見無害に見えるイケメンであった彼をついそのまま部屋まであげてしまい、買い置きのカップラーメンを与えたらすごく感謝されてしまうという冒頭です。
翌朝、あり合わせとはいえ、久しぶりに手がかかった朝食をいただいたさやかは彼を手放せなくなってしまいます。
男性は樹(イツキ)という名しか明かさなかったけど、家事万能のスーパー家政夫な上に金銭感覚も締まり過ぎるほどしっかりもの。
生活費を稼ぐためにコンビニの深夜アルバイトを始めた樹とさやかの昼夜逆転同居生活が始まったのでした。
食事を任せ始めてすぐにわかったのが、樹がかなりの植物オタクであること。
それも、道端に生えているような雑草*1一つ一つの名前から、それをどう調理すれば美味しく食べられるかという知識を持っていたのです。
まるで魔法のように樹が作り出す料理に興味を覚えたさやかは樹と共に週末ごとに”狩り”と称し、季節ごとに食べられる植物を探す散歩に出かけるようになったのでした。


若い女性が生き倒れていた男性を部屋に入れてしまうなんて出来事、現実ではありえないと言えばそうなんですが、あとがきにある通りに空から降ってきた少女と少年が出会って物語が始まるくらいだから、女性視点で変わった出会いがあっても良いということ。
アパート暮らしのサラリーマンが家出少女を拾って始まる物語だって、けっこうありますし(健全/アダルト、どちらでも。

何よりも特徴的なのが、樹が披露する料理の数々。
本を開いてすぐに写真が付録としてあって、有名な植物もあれば、名前だけ知っていたもの、見たことあったものはそれなりにありました。
ふきくらいならともかく、そんなのが食べられるとは知らなくて驚きの連続でした。
皮剥きやアク抜きなど、採ってきたばかりの植物にはそれなりの手間はかかりますし、作中でさやかが苦労する様子もあるけど、そういうのも含めて実に楽しそうに描かれていますね。
こういう描写を見てしまうと、自分でもやってみたくなるものです。
野菜って時期によって高いですから、身近なところからコストもかからず調達できるのはいいなぁと思ったり。
しかし、スーパーに並んでいる野菜・果物と違って自分で採集してくる場合、旬の見極めとか下ごしらえとか、知らないとうまくいかないもの。
生えている場所によっては排気ガスの影響とか、人が栽培している可能性もあります。
中には毒もあるので、作中で樹が言っている通り、自信がないかぎり手を出さない方がいいのですよね…。
と、樹による料理にばかり目が行ってしまいますが、一応これは恋愛小説です。
樹にとって、さやかの部屋は一時避難場所。だけど居心地が良すぎるあまりに1年が経とうとしていて…。
冒頭で出て行ってしまった描写がある通り、樹は忽然と消えてしまいます。
同じ会社の男性の誘いにも乗らず、樹が残したノートを参考に狩りに出ては試行錯誤して料理を作る。そうして待ち続けるさやかの様子が切なかったです。




まぁ、最後はハッピーエンドが待っているんですけどね。
最後の話に出てくる女の子が二人の子供かと早合点してしまいましたが、実はキューピッドみたいな存在であり、彼女も樹と似たような子供らしい悩みを持っていて、解決に向かうところで終わったのが微笑ましくて良かったです。

*1:「雑草という名の草はない」という昭和天皇の言葉が引用されている。もともとは植物学者牧野富太郎昭和天皇に言った言葉だという情報もあり

辻村深月 『ツナグ』

ツナグ (新潮文庫)

ツナグ (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

突然死したアイドルに。癌で逝った母に。喧嘩したまま亡くなった親友に。失踪した婚約者に。死者との再会を望むなんて、生者の傲慢かもしれない。間違いかもしれない。でも―喪ったものを取り戻し、生きるために会いにいく。―4つの再会が繋いだ、ある真実。新たな一歩を踏み出す連作長編小説。

ツナグという使者に頼めば、死んでしまった人に会うことができる。
そんな知る人ぞ知る都市伝説のような使者(ツナグ)に仲介を求めた人たちの連作短編集です。
使者(ツナグ)は仲介者であり、会いたいという申し出を当の死者に聞き、受け入れられれば面会が可能になります。
一晩かぎりとはいえ、生きていた時の姿で会えるのです。
ただし、どちらもたった一度しか機会がないのがミソですね。*1


「アイドルの心得」
慣れぬ飲み会に出た際に過呼吸に倒れたところを偶然通りがかった水城サヲリに救われて以来、ファンになった孤独なOL平瀬愛美。
サヲリは元売れっ子キャバ嬢で、飾らないまっすぐな性格、それでいて賢いトークで人気を呼んだアイドルであったが突然死してしまった。愛美はサヲリにお礼を言うために会いたいという。
「長男の心得」
持っていた山を売りたいが権利書の場所を教えてもらおうと母に会うことを願った畠田靖彦。長男として育てられて家を継いだが、優秀な弟や凡庸に見える息子などいろいろと複雑な思いを抱えている。
「親友の心得」
演劇部の仲良しだったのに主役の座を争って以来、ギクシャクしてしまった嵐美砂と御園奈津の二人。
いつも通る下り坂で「あいつが怪我すれば…」という出来心で水を流ししまった美砂。翌日、本当に奈津が自転車が止まることなく車に撥ねられて死んでしまい、謝罪のために会うことを決断するものの…。
「待ち人の心得」
年の離れた若い女の子とふとしたきっかけで出会い、同棲を経て結婚を申し込んだものの、彼女(キラリ)は友人と出かけた旅先で連絡を絶つ。聞けば友人は旅のことを知らなかったという。周囲は捨てられたのだと言うが、本人(土谷功一)だけは待ち続けて7年。ひょっとしたら命を落としているのではと思い…。
「使者の心得」
祖母が入院をきっかけに使者の役目を歩美に譲ることを決意し、正式に引き継ぐまで手伝わせる話。それまでの四話を使者である渋谷歩美の視点で語られる。
正式に引き継いでしまうと、死者に会えなくなってしまうので、それまでに誰に会いたいか決めておけと言うわれ、歩美は幼い頃に亡くした両親を想う。


死者の声を聞くとえいば恐山のイタコが有名で、他には霊能者が死者の霊を降ろすというスピチュアルで胡散臭いイメージがあります。
しかしツナグで対面する死者はまさに生前そのままの姿でちゃんとした会話ができるのが大きな違いです。
四つの物語それぞれに登場する人物もバラバラで、死者と会いたい事情が異なるのがバラエティあって楽しめるのですが、さらに最後に使者である歩美視点で綴られながら彼の事情が明かされるところまで非常に巧い構成であると言えます。
個人的に一番良かったと思うのは「待ち人の心得」ですね。
周りからどれだけ言われようと婚約者を信じ続けてまっていた功一。
自分の死を受け入れさせることで功一を前に進めさせてあげたいキラリ。
悲恋ではあったけど、四つ目の最後を飾るにふさわしい内容でした。
「アイドルの心得」は辛い状況にあったOLがアイドルの存在によって救われるのが良かったし、「長男の心得」では本当は思い遣りがあるのに素直になれないおっさんの内面にほっこりさせられました。
そういった感動的なエピソードとは趣が異なるのが「親友の心得」。
自己の欲求と友情とのバランスの難しさが伝わってくる内容です。
ちょっとしたボタンの掛け違いで友情が壊れてしまうのはよくあること。
生きてさえいれば修復する機会はあるだろうけど、もしも死んでしまい、しかもその原因を自分が作ってしまったとしたら、一生悔いが残ることでしょう。
最後まで我を張ってしまったために後悔に涙した嵐美砂の心情を責めるほど私は人間ができていません。
伝言の解釈は良い方と悪い方のどちらとも取れるのが複雑ですねぇ。どうしても嵐の視点だとネガティブな方に取ってしまいそうですが。
ただ、「使者の心得」にて劇の場面が描かれたのが良かったです。少なくとも嵐は真剣に演じることで親友への手向けにできたのですから。


たった一度しか会えないという理由づけからしてよく考えられているし、夜明けと共に消えていく様子はまさに神秘的であり、本当に今度こそこの世から消えていくことが実感できるのです。
続編が書かれているようで、刊行されていたらぜひ読んでみたいですね。

*1:人生で1カウントなので、死後は別

中山七里 『月光のスティグマ』

月光のスティグマ(新潮文庫)

月光のスティグマ(新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

幼馴染の美人双子、優衣と麻衣。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは―。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する!激愛サバイバル・サスペンス。

主人公・淳平の隣の家に住む優衣と麻衣は一卵性双生児ということで、家族でさえ見間違うほどのそっくりの双子。
しかし、淳平だけはずっと一緒に過ごしてきたせいか、会話さえすればほんの微かな違いで見分けることができていました。
いつも一緒に過ごしていたこともあって、優衣と麻衣は淳平のことを同時に好きになり、淳平は二人に振り回されてばかり。
小学校低学年の頃、秘密の遊び場所である近所の森に不審者が出るから近づかないようにと警告を受けていたのにも関わらず遊びに行った結果、大人の変質者に捕まって悪戯されそうになるのです。
幸いなことに近所の男性が現れて声をかけたことで変質者は逃走したのですが、双子は眉の上に小さな傷をつけられてしまいます。
そんなことがあっても3人の仲の良さは相変わらずだったのですが、幼くて何もできずに震えるばかりであった淳平は二人を護りたいと強い想いを抱くようになります。
やがて優衣と麻衣は誰もが振り返るほどの美少女に成長し、多くの異性の関心を集めますが、誰も寄せ付けることはなく、傍にいるのは淳平のみ。
気が強い麻衣に対して、おとなしくて人を気遣う優衣。
中学生になった淳平が好意を抱いたのは優衣の方で、その想いを通わせることができたのもつかの間、ある晩に麻衣らしき少女が淳平の兄を刺したところを目撃してしまうのでした。
驚きと恐怖のあまりになにもできないまま遁走した淳平は、帰宅しない兄の安否、刺したのは本当に麻衣だったのか?などと悶々としながら寝に入ったところで大地震に見舞われます。
無我夢中になって窓を破って飛び出したものの、家は潰れて寝ていたはずの家族の安否もわからない。
隣宅も同じように潰れていましたが、瓦礫の隙間からかろうじて優衣だけ助け出すことができました。
しかし、火が起こったせいで麻衣まで助け出すこともできずに、怪我した優衣を背負って避難所まで歩いていったのでした。
両親を亡くして独りぼっちになってしまった淳平と優衣はそれぞれの親戚の元に引き取られて離れ離れになってしまいます。
そして15年後、かつての大事な人を護りたいという願いから検察官となった淳平は、上司の極秘命令を受け、ある政治家の金の流れを調べている内に一つのNPO法人に目を付けます。
震災孤児の援助を行っていたるというPO法人ですが、非公式にターゲットとなった政治家が理事に名を連ねていたのでした。
淳平は内偵のためにボランティアとして潜り込みます。
入ったばかりで重要な仕事を割り振られることもないまま過ごしていた淳平ですが、ある日、政治家の秘書として訪れたのが優衣でした。
かつて儚い印象を与えた少女は蛹から羽化して蝶になったかのような美女として淳平の目の前に現れたのでした。ただし、敵対する立場として。


美しい双子の幼馴染と過ごす少年時代。
淳平は思い切り好意を寄せられている上にお医者さんごっこ的な遊びで双子の違いを見つけようとするとか。
なんとも甘酸っぱいというか、背徳的とさえ思うほどの冒頭であり、不思議に惹きこまれるものがありました。
変質者によって付けられた傷痕が淳平の心にも消し去りがたい瑕疵として残るあたりがスティグマ(聖痕)なのだと思わされました。
異性を寄せ付けない双子が淳平だけを特別扱いしたまま中学まで過ごすも、当の淳平が好意を抱いたのは優衣であったから、麻衣のことや、双子に執心を抱いている兄のことなど、今後いったいどうなるのやらとやきもきさせられたものです。


さらに近年起こった二つの大震災がストーリーに大きな影響を与えていますね。
まずは神戸で暮らしていた主人公たちが中学生時代に経験した阪神・淡路大震災
そして15年後に淳平と優衣が再会した後に発生した東日本大震災
その前後の政治的混乱*1を経て、保守政党が政権を奪い返したことで、ターゲットの政治家が幹事長に就任。
それに合わせて、淳平と優衣の関係も劇的に揺れ動きます。
以前読んだ同著者の『総理にされた男』と同じ世界であり、総理や幹事長が同じだったのですね。
私は『総理にされた男』を先に読んだのですが、発表されたのは本作が半年ほど先でした。
果たして構想として近い時期であったのかわかりませんが、あの時の総理の決断によって、現場がこうなっていたのかと思うと感慨深いものがあります。




以下、ネタバレ含む気になった点など。




・検察官となってNPO法人で内偵を始めた淳平の仕事ぶりがどうにもお粗末な感じ。
思い込みで捜査を進めている印象がぬぐい切れなかった。
簡単に身バレしてしまうし、身に着けたIT技術を発揮する間も無かったし。
ターゲットが大物政治家ということで、チームを組んでも良さそうなのに、物語の都合があるとはいえずっと一人で担当していたのが不自然に思えた。
・再会した優衣に惹かれていくのはわかるけど、恋人であった瑤子への淳平の態度はないだろうなぁと思わせるものだった。特に瑤子が世話になった親戚が被災して、そこに彼女が行くというエピソードを知ってしまっては。
・潰れた家から助けだしたのは優衣だと判断したけど、実は麻衣であったかもしれないという疑問はずっとあって、大人となった優衣が中学時代とは違う印象を受けたから余計に戸惑わされた。最後に理由が明らかにされて納得したけれど…。
・↑や淳平の兄の死にも関係するけど、父が亡くなって家計が火の車だからといって、いきなり中学生が援助交際に手を出すものか? 優衣の誰にも言えない汚れた過去を持つ演出にしては強引かと。おとなしい子ほど思いつめたら大胆な行動を取るものかもしれないけれど。
・震災で被害を受けた優衣が震災孤児支援に尽力する政治家に傾倒していったのは充分わかるのだけど、私設秘書となってその裏を知っても同じ想いを抱き続けていられたのだろうかが気になった。男女の仲となって目が曇ってしまったのか?
淳平に問い詰められた優衣の言い訳が苦しく思えた。
・最後の人質事件に関しては劇的すぎる展開でびっくりしたし強引にも思えたのは事実。悲しい結末であったが、もしもテロは発生せず、トラブルの根を引きずったまま無事に帰国しても二人が幸せになれる未来があったのかわからない。


いくつかの謎が提示されて最後に一気に明かされますが、比較的予想できる範囲ではあり、どんでん返しというほどでもありません。
読んでいる最中、そして読み終えた後にも粗が目についたものの、常に先が気になる展開の連続であり、おおいに心を揺さぶられたのは確かです。
敵対する立場にある男女が一時的に結ばれても幸せになることはなく、物語的にはどちらかが死ぬのがきれいな終わり方なのかなぁと。

*1:長らく野党であった革新政党が政権を取るも国民の期待を裏切って醜態を晒した

山本兼一 『まりしてん誾千代姫』

内容(「BOOK」データベースより)

筑前立花城の城督・誾(ぎん)千代姫が婿に迎えたのは、宝満城主・高橋紹運の嫡男・千熊丸。後の立花宗茂である。祝言を挙げ、落ち着く間もなく、筑前筑後は戦乱のるつぼと化し、誾千代も鉄炮隊を率いて応戦。二人を支えていた誾千代の父・戸次(立花)道雪は戦陣で病没、高橋紹運も討ち死にする。やがて豊臣秀吉の天下から関ヶ原の戦いへと、時代が大きく変わりゆくなか、立花家を預かる誾千代、そして宗茂の運命は…。「噂に違わぬ武者ぶりよ」と猛将・加藤清正にも一目置かれた誾千代姫。鉄炮隊を率いて凛々しく戦った姫の、知られざる一面を活写した時代小説。

九州北部の大大名であった大友氏の勢力が傾きかけてきても、変わらぬ忠誠心で支えていたのが立花道雪*1
道雪には嫡男はなく、実子は女子のみ。それが誾千代姫でした。
領地である立花山城の近くの宝満城および岩屋城を持つ高橋紹運とは年が離れていても気が合う同僚であり、その嫡男・千熊丸の器量を見て、ぜひ誾千代の婿にと願います。
ただし、女子ながら跡を継ぐため、男子と同様に心身共に厳しく鍛えられた誾千代姫からすると、千熊丸は我が夫にするには頼りないとみなしていたのでした。


大友領内の中でも敵の浸食留まらない筑前を守護する城将で互いに認め合う父親によって幼いうちに決められた婚約。
戦国時代ではごく普通にあった話で、婿を立てるのが娘の立場でしょう。
しかし誾千代姫は父に認められた正式な城督(城主)であり、自ら武装した女たちを統率して、城兵がいない留守を敵から守る気概に溢れていました。
そんな男勝りな姫の逸話と生涯子ができなかったこと、柳河に移封後は別居したことから定説では仲が悪かったとされているようです。
本作では誾千代を中心とした第三者視点とずっと誾千代に付き添っていた侍女みねによる回想が交互に展開されています。
誾千代が千熊丸に対して婿として認めるための試練を課して見事に成してからというものの、道雪と共に戦にも出陣して日に日に武将として成長していく千熊丸改め統虎*2とは互いを想い合う仲良き若夫婦として描かれていますね。
確かに作中で描かれる誾千代は一般的な姫のイメージとは程遠く、薙刀ばかりでなく鉄砲まで扱うさまは男勝りな女城主といった印象を受けます。
それでいて美貌の持ち主であったですから、勇ましい戦乙女というイメージが簡単に浮かびます。
その一方で出陣中の夫の無事を想って摩利支天の像を作って祈願したり、兵を率いて帰還した夫を迎えに行く場面など夫婦としての強い結びつきを感じました。
小説だからというのもありますが、統虎と誾千代は互いにベタ惚れといっていいくらいに仲睦まじい夫婦として描かれています。
両者のまっすぐな性格からして、喧嘩する時は激しく言い合うかもしれないけど、二人きりの時は案外ベタベタしていてもおかしくなかっただろうなぁと思えますね。
そのために側室を迎えて柳河での別居状態にしても単に事実上の離婚ではなく理由付けして書かれています。
実際に統虎は正室側室合わせて3人と大名としては少ない上に実子もできず、甥を養子としています。
本当のところ、夫婦仲が良かったのか悪かったのかはそれこそ当人同士じゃなきゃわからないことですね。


関ケ原の戦い後、西軍に加担した立花統虎は柳河城を明け渡して朝鮮戦役で縁のあった加藤家のもとで寄宿する生活になります。*3
誾千代は夫から離れて腹赤村というところで、わずかな供と寺で慎ましい生活に入りましたが、病に斃れて32歳の若さで亡くなったとのことです。
作中では亡くなったのではなく、剃髪して尼となり、戦乱が終わっても苦しむ女たちを救済の旅に出たとされています。
寿命が短い時代ゆえに戦以外でも30代で亡くなるにはごく普通にあったのですから仕方ないとはいえ、唐突に思えた終わり方でありました。
誾千代の魅力やその想いは充分伝わってきましたが、32歳という若さで歴史から退場したのはやはり早すぎると残念に思ったのも確かです。

*1:本来は戸次姓で立花を名乗ったは次代から

*2:何度も諱が変わり、一般に知られている宗茂は最後

*3:後に西軍に加担した大名としては唯一旧領復帰を果たす

壬生一郎 『信長の庶子1,2』

信長の庶子 一 清洲同盟と狐の子 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 一 清洲同盟と狐の子 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 二 信正、初陣 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 二 信正、初陣 (ヒストリアノベルズ)

内容(「BOOK」データベースより)

時は戦国。織田信長の長子帯刀は、母の身分が低すぎて家を継げない運命にあった。彼の望みは、家族兄弟仲良くすること、戦乱が早く終わること。『狐』と呼ばれる母直子から摩訶不思議な謎知識を教えられ、織田家や領民たちを助けていく。それはやがて父信長を、昇り竜のごとく天下へと駆け上らせて…!?戦国IFエンタメの決定版!

『信長の庶子』
個人的に『小説家になろう』における完結済の歴史ジャンルの中では最高峰とも言える作品です。
web版完結後、一年以上の年月を経て書籍化されたことはかつての読者として非常に喜ばしいことでして、早速1,2巻を購入してみました。
以下、2巻まとめての感想なので、いつもより長いです。




小説家になろう』の歴史ジャンルでは、いわゆる転生ものが多いです。どちらかと言うと、織田信長豊臣秀吉徳川家康を始めとするメジャーな人物ではなくマイナーな人物が流行りですね。
史実で戦死・処刑・謀殺といった無残に死ぬ運命がわかっているため、幼い内から未来を変える奮闘する。あるいはメジャーな人物の身内に生まれ変わり、サポートに徹して歴史を変えていったり、歴史の流れを速めていく。
本作においても未来知識は出てくるのですが、一般的な転生ものとは一線を画しています。
主人公である織田信正(登場時点では帯刀)は未来からの転生ではありません。
そもそも織田信正村井貞勝の養子ともなったので村井重勝とも)は織田信長の庶長子*1とされている人物です。
しかし、一級史料には記載がないこと、94歳という長寿の割には何をしていたのかほとんど不明なこともあって、実在した人物ではないのではと考えられているようです。
信長の子と言えば信忠・信雄・信孝が有名。付け加えれば秀吉の養子となった秀勝とか美濃・岩村城での攻防で敗れて武田に連れ去られた勝長(信房)くらいでしょうか。
私もこの作品に出会うまで信正のことを知りませんでした。
主人公を語る上で欠かせないのが母である直子の存在です。
直子も後に信長の重臣となる原田直政(塙直政)の妹で信長の側室だとされる人物ですが、信正と同様に実在したかどうかは不明。
生没年不詳ですが、作中では信長より四つ年上としています。
そして、直子こそがこの時代の女性らしからぬ思考と行動力の持ち主で、子である帯刀に大きな影響を与えたことで、なんらかの謎(転生者?)があるのではと思わせているのです。


1巻の内容としては、プロローグと大幅加筆されたラストによって、直子が濃姫と婚約する前の信長と出会い結ばれた末に帯刀が生まれたということになります。
直子の持つ不思議な知識*2と行動、特に肉食や書物狂いといった数々の振る舞いから『狐』と称された女性であり、若き日の信長が興味を惹かれたという。
信長から求められるたびに当時貴重であった書物を取引条件とするなど、当時としては非常識溢れる少女であったそうな。
そうした直子による英才教育(?)を受けた帯刀(信正)は武よりも文の才が磨き上げられて、文字の効率的な習得のために帯刀仮名を始めとした斬新なアイデアを考案・実施します。
それらを信長が取り上げたことにより織田家中で注目を集めるようになっていきます。
もっとも、まだ元服前であった帯刀に知恵を授けていたのは直子であったのですが。
文字を始めとした改革では、それを面白く思わない保守派の大人たちとの対決、特に林秀貞との論戦が熱かったです。
一方、織田家中における家督を継がない庶長子という立場を明確にしつつ、奇妙丸(信忠)を始めとした兄弟姉妹との仲を取り持つ描写が非常に良かったですね。
帯刀のおかげで信雄・信孝には確実に良い影響が出ていきそう。
信雄は馬鹿だけど憎めないしキャラとなっているし、お市とお犬の美人姉も強烈ですね。あの二人に逆らえる弟はいないだろうなぁ(笑)
桶狭間の戦いの前後を含め、まだ尾張国内で一族でさえ敵となる織田家をまとめるために信長が奮闘していた頃は後の有名武将たちも若くてエピソードに困らず、本当に面白いです。


ともかく、史実(俗説も含む)をベースにした丁寧で落ち着きのある文章であり、歴史好きが読むに耐える質の高い内容です。
もちろん、主人公と直子、信長といった主要人物が充分輝いているからというのもあるんですが、1巻ではお馴染み木下藤吉郎(仇名であるサルを美化して斉天大聖と呼んでいる)や主人公と同い年で仲良くなった森可成の嫡男である可隆とのやりとりも物語の面白さを引き立てています。
その一方でラストに大幅書き下ろしとなった「直子の章」で気になったのが、彼女の語った天下統一への道筋が史実の流れとは違っていたことですね。
書籍版に伴い、彼女のエピソードをボリュームアップしたのは良いのですが、あえて別の歴史にする必要があったのか?
直子の神通力からすると、史実のままで良かったんじゃないかなとそこだけ気にかかりました。


2巻では織田信長が美濃を平定。先の将軍義輝の弟・義昭(現時点では義秋)を旗頭にして上洛準備に取り掛かるところから始まります。
京への通り道にあたる北近江に勢力を張る浅井氏の当主・直政には史実通りに信長の妹・お市が嫁入り。
ちなみに主な出来事は史実通りに進んでいますが、一年くらい早まっているようです。
帯刀は上洛作戦前に使者として小谷城へと向かい、磯野員昌との知己を得ます。
しかし、当主である直政との対面は叶わず、代わりに現れたのは隠居した先代の久政。
隠居したとはいえ隠然とした権力を持ち、浅井家の中では親朝倉・反織田派の中心人物である久政との対談は帯刀にとっての試練でもありました。
1巻の林秀貞といい、どうも帯刀の前には癖のあるジジイが立ちはだかるようで。
その後、見聞を広めるために紀伊半島をぐるりと回る旅に出るのですが、そのお供として付くのが前田慶次郎と奥村助右衛門(永福)というコンビ。
かつて慶次郎は帯刀の”師匠”であったらしく振り回されてばかりいます。
その快男児ぶりは『花の慶次』を彷彿させるものであり、道中で弄られる帯刀はたまったもんじゃなりませんが、読む分には楽しいものでした(笑)
続いて、本願寺の本拠となっている大坂の寺内町に入った一行は正体を隠したまま歓待されたり*3松永久秀と対面*4したりと濃い道中を過ごして帰国します。
かつての筆頭家老との舌戦や帯刀仮名の考案、それに母に強要されるようにして書いたコメディ話『ゲン爺物語』が広まったこともあって、各地に帯刀の名が知られていることに驚くのですが、それさえも直子の作戦なんじゃないかなぁって思っちゃいますね。


また、信正はそれまで住んでいた古渡城の正式な城主となって配下が揃うのですが、この面子がなかなか渋い。
かつて浪人時代の木下藤吉郎が仕えていた縁で今川家を見限ってやってきた松下長則・加兵衛(之綱)父子、病弱のために弟(利家)に家督を譲った形にされた前田利久、伊勢の城主であったが織田軍に敗れた後、北畠家の養子となった信雄の計らいで仕えるようになった大宮景連*5、そしてなんと”へいうげもの”古田佐介まで。
歴史上においては脇役だけど、文武がバランス良く揃っていて、これから初陣を迎える若き主君を盛り立てようという意気込みが良いです。


そういうわけで、18歳となった信正が初めての戦に臨むことになるのが2巻後半のメイン。
上洛して足利義昭を15代将軍とした信長は畿内周辺の制圧にかかりますが、三好三人衆を始め敵は多く、不穏な情勢が続きます。
そんな中、信正も老獪な連中に振り回されて己の未熟さを噛みしめながら、一歩ずつ着実に進んでいくその心情が丁寧に描写されているのが特徴と言えましょう。
書きたいことがありすぎてきりがないのですが、2巻で特に強く印象に残るのは初陣での竹中半兵衛との関わり。そのきっかけとなった一人の若者の死。
信正目線による武将たちの印象もなかなかユニークです。
一方で信長の親馬鹿っぷりはやっぱり笑えます。
身内に甘くなったのは尾張統一まで一族と血を血で洗うような戦いを繰り広げてきた反動なんでしょうかね。
さらに重要なのが信正の嫁取り。
自身と同じ立場である信長の庶兄・信広の娘・恭姫と結婚したのですが、年も近くて仲睦まじい様子にほのぼのさせられますね。
実は2巻の特別書き下ろしとして、「恭の章」が追加されています。
元来おとなしくて引っ込み思案であった恭姫にとって、伝え聞く帯刀の逸話はとても心躍らせるものであり、さながら彼女にとっての英雄のような存在になっていったのです。
一度も会ったことのない相手は当たり前。時に年の差がある政略結婚が当たり前の時代。そんな中でずっと憧れていた殿方と結婚できた恭の喜びが充分伝わってくる素晴らしい内容でした。

*1:一番目に生まれたが、母の身分が低いので後継ぎにはならない子

*2:転生者に関しては1巻ラストの書き下ろしで明かされる

*3:実はバレている

*4:案内を務めたのが一向一揆に加担したことで出奔中の本多正信

*5:弓の達人で攻略中の秀吉の太腿を打ちぬいたエピソードが紹介されている

山田宗樹 『人類滅亡小説』

人類滅亡小説

人類滅亡小説

内容(「BOOK」データベースより)

空に浮かぶ雲の中に古代から存在してきた微生物。それらが変異し大量発生、周囲の酸素を吸収するようになった。その雲が自重で地面に落下。その現象が起きた地点は急激な酸欠状態になり、ほとんどの生物が死んでいくという惨状が次次と発生。だがその予測不能な事態に、人間は有効な手立てを何も見いだせないでいた。終末感が漂う時代、人々はいかに生きるのかを選び始める。普段どおりの生活を続ける者、新興宗教に救いを求める者、微かな生存に望みを託す者、いっそ鮮やかな死を望む者、そして―。

ビルの屋上から飛び降りて自殺を図ろうとした女子高生が空を見上げた時、そこには不気味な赤い雲が浮かんでいて、将来的に人類は滅亡するのだと悟ります。
その赤い雲には遥か昔から特殊な微生物が含まれていたのですが、突然変異して高度を下げてきたもの。なんらかのきっかけで地表に落下すると周囲の酸素を急激に吸い込み、あらゆる生き物は酸欠状態になって死に至るという恐ろしい現象が起こるようになったのでした。
時と共に赤い雲は増えていくようになり、人々は落下警報が鳴ったら急いで密閉された室内に避難せざるを得なくなります。
赤い雲の分析も進められましたが、被害を防ぐ有効な手立ては見いだせず、対処はどうしても受け身とならざるをえません。
赤い雲が広がって人類が緩やかに衰退へと向かう中、対応策として考え出したのは地表の酸素が激減しても生きていける人工都市(シールドポリス)構想。
しかし、十万人程度を収容できるシールドポリスをいくら建設しても、中に入れる人はごく一部。*1
どうせ生き残れないのならば、鮮やかな滅亡を迎えることこそが美しいという思想(グレートエンディング)が流行りだします。
それは政治にも波及していき、劇的な政権交代が起こった日本ではシールドポリス計画が停滞を余儀なくされてしまうのでした。


最初に登場する自殺を試みた女子高生とその妹。
この二人の孫の世代まで語られる、人類が滅亡に至るまでの道程を描いた大作です。
赤い雲に関してキーパーソンも登場してずっと研究が続けられるのですが、起伏に乏しい上にどんどん時が過ぎていく中、登場人物も多くてついていくのが大変に思えました。
劇的な展開があって滅亡から救われるというわけでもなく、いくつもの大きな事件を展開しながら、滅亡への流れを紡いでいく感じですね。
前半は姉妹を中心とした人間ドラマ、後半は崩壊へと向かうSFパニック的な要素が強いと言っていいでしょうか。
中盤くらいまでは登場人物の希望や熱意を感じることはあっても、終わりが近づいていくほどに悲劇的な気分が増していくのは免れません。
そういう意味ではタイトルに偽りはありませんでした。
いつかは訪れる人類の終末、それが唐突に訪れると知ってから、営々と積み上げてきた社会の営みが崩壊していく様はなんとも言えない虚しさを感じさせます。
特にそれが10代の少年少女であったり、未来がないのに子を作って良いのか悩む男女など、残りわずか十数年、未来が絶望的な時代に生きる人々の足掻きぶりは強く印象に残りましたね。
結末で文明間の繋がりが描かれたのも伏線の回収だけでなく、想像の余地もロマンもあって良かったと思います。

*1:およそ千人に一人

まいん 『食い詰め傭兵の幻想奇譚9』

食い詰め傭兵の幻想奇譚9 (HJ NOVELS)

食い詰め傭兵の幻想奇譚9 (HJ NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

無事(?)ラピスの実家へとたどり着いたロレンたち。挨拶もそこそこに、魔王からの依頼を受けることになる。依頼とは、火口へある物を投げ込んで破壊するというもの。その投げ込む物には、ロレンと以前因縁が出来たある男が関わっており…。これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である―。

ラピスの母との対面後、謎の騎士と対戦させられたロレン。
その中に入っていたのがラピスの父であったのですが、動きようのないほどに重い全身鎧であり、一計を案じたロレンにより無様に倒されてしまいます。
いったい何がしたかったのかよくわかりません。
どうやら最近魔族領ではある武具が奪われているようで、兜もその一つ。
犯人は魔族領に入った時に襲撃を受けた男のようで。
もっとも重要な物ではなく、倉庫の奥に転がしたまま忘れていた程度なのですが、武具一式を揃えて装備してしまうと面倒なことになるという。
そこで、ロレンたちは最後の一つである兜をある山の火口に放り込んで処分してもらいたいという依頼を受けます。
食料などの物資だけでなく高性能な馬車まで貸し与えれれたのは助かるのですが、問題は処分しにいくのが険しくて岩が剥き出しの高山であること。
さらに山の頂上付近にはエンシェントドラゴンが住み着いているという。
決してドラゴンに刺激を与えないように注意していたロレンたち(ラピスとグーラ)ですが、そんな時に限って邪魔が入るのはお約束。
ロレンたちを襲い、騒ぎを起こしたのは例の男の配下であるダークエルフなのでした。


魔族領にいてもロレンの巻き込まれ体質は相変わらずです。
しかも、その対象が半端ないです。
ドラゴンの中でも最上位のエンシェントドラゴン、それに魔王でさえ扱いに困る謎の剣士なのですから。
本編ではこれから長い付き合いになる剣士はその傲慢ぶりもあって、たいそう憎たらしい印象を受けますね。
しかし、兜以外の武具を揃えたことにより、本気のロレンの打ち込みでさえ片手で弾くほどの化け物っぷりを見せつけます。
まぁ、自衛とはいえ、相手を吐しゃ物まみれにしたり、大事な兜をおしゃかにしちゃうなど、ロレンたちもやらかしていますけどね。
相手が伝説級のエンシェントドラゴンであっても、化け物並みの強さを誇る剣士であっても、ロレンは自分のペースを崩さないし、機転の利くところが格好いい。
それに今回はドラゴンの幼生にも懐かれていたし、人外に好かれる体質も進化していそう。
その一方でラピスやグーラのヒドインぶりも板についてきたなぁとしみじみ思いますよ(笑)