中山七里 『総理にされた男』

総理にされた男 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

総理にされた男 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

内容紹介
売れない舞台役者・加納慎策は、内閣総理大臣・真垣統一郎に瓜二つの容姿とそ精緻なものまね芸で、ファンの間やネット上で密かに話題を集めていた。ある日、官房長官樽見正純から秘密裏に呼び出された慎策は「国家の大事」を告げられ、 総理の“替え玉”の密命を受ける 。慎策は得意のものまね芸で欺きつつ、 役者の才能を発揮して演説で周囲を圧倒・魅了する 。だが、直面する現実は、政治や経済の重要課題とは別次元で繰り広げられる派閥抗争や野党との駆け引き、官僚との軋轢ばかり。政治に無関心だった慎策も、 国民の切実な願いを置き去りにした不条理な状況にショックを受ける。義憤に駆られた慎策はその純粋で実直な思いを形にするため、国民の声を代弁すべく、演説で政治家たちの心を動かそうと挑み始める。そして襲いかる最悪の未曽有の事態に、慎策の声は皆の心に響くのか――。
予測不能な圧巻の展開と、読後の爽快感がたまらない、魅力満載の一冊。

名前は変えてありますが、現実に即した世界観となっています。
長年野党だった民生党が政権を取ったは良かったが、理想に先走ったばかりに失策が続いて支持率は急落。
東日本大震災の対応などもあって国民に愛想を尽かされて、人気取りの政策に走るも実を結ぶことなく選挙で大敗。政権を国民党に奪回されて間もない時期です。
国民党にしても、ニューリーダーである真垣統一郎の人気に支えられているものの、旧態依然の派閥や既得権益にも縛られていて、一丸となっていたわけではありません。
もしも首相である真垣統一郎に何かあったら再び瓦解する可能性がありました。
それが本当に蜂窩織炎という質の悪い病気に罹って、復帰が読めなくなってしまう事態に。
そこで急遽身代わりとして強引に連れて来られたのが売れない劇団員の加納慎策。最近は劇団の本演の前に首相を真似て口上を読み上げるのがそっくりだとネット上でも評判を呼んでいたのでした。


ドラマの出演などを条件に引き受けた慎策は腐れ縁の友人・風間から経済のレクチャーを受け、党三役との会談や国会での質疑応答をなんとかこなします。
政治に関しては素人の慎策ですが、舞台俳優として培った持ち前の機転や度胸、それに真垣統一郎ならどうするかを念頭に置いての振舞いに官房長官樽見や野党の大物・大隈も目を見張るのでした。
当初は真垣総理が回復するまでの急場しのぎの代役のはずが、本人が治療の甲斐なく死亡してしまいます。
この時点で代役を降りることもできず、慎策が真垣総理を続けることに。
そんな中、慎策は宮城県石巻市を視察して、震災から何年も経つのに復興の進まない状況を知ります。樽見から復興がなかなか進まない理由として予算の流用を知ってしまい・・・。


普段はあまり政治に関心もない一般人が、いきなり首相になってしまったら、という試み。
過去にも映画やドラマで身代わりとなる内容はあったと思うので、目新しいアイデアではありませんが、現代の日本が抱える状況をかなり忠実に再現しているのが特徴ですね。
各問題について、わかりやすく解説されていて勉強になります。
政治家にしろ官僚にしろ、なった当初は国を良くする使命に燃えていたのに、年月が経つたびに組織や周囲の様々な柵に縛られて理想を失い、立場に守るのに汲々としてしまう。
そんな中にごく普通の市民感覚を持った慎策が刺激を与えていくのが痛快であります。
もちろん、ずぶの素人だけに経済の基本さえわからない慎策は風間のレクチャーや樽見のフォローを得てなんとか凌いでいっていることに変わりありません。
腹にイチモツを抱え、一癖も二癖もある派閥領袖。批判ありきの野党議員。揚げ足取りばかり考えているような記者たち。
もしも自分ならば、たちまち言葉に詰まってしまいそうな場面の連続で、なんともハラハラさせられます。
しかし、国会の質疑応答時に居並ぶ議員たちと比べて、観客を前にしているよりはましと思うところはすごい度胸だと思いましたけどね。


まるで綱渡りのように真垣統一郎を演じていく慎策はやがて真垣本人さえ超えた決断をくだすのが真骨頂でしょう。
二世議員である真垣統一郎に血縁者が一人もいない不自然さとか、元の慎策自身の扱いがどうなったのか、いろいろ気になる部分はあります。
でも痛快なストーリー展開であることは確かだし、全国民に賛否を問う演説は圧巻でした。
同時にこれくらい斬新なことをできないと、昭和から平成にかけて日本を縛っていた呪縛は解けないのかなぁと思ってしまいました。
同棲していた恋人との仲に関しても、最後ハッピーエンドとなったのはいかにもドラマチックだけど良かったです。