13期・60冊目 『解体諸因』

解体諸因 (講談社文庫)

解体諸因 (講談社文庫)

内容紹介

すべての謎は死体から始まった。6つの箱に分けられた男。7つの首が順繰りにすげ替えられた連続殺人。エレベーターで16秒間に解体されたOL。34個に切り刻まれた主婦。トリックのかぎりを尽くした9つのバラバラ殺人事件にニューヒーロー・匠千暁(たくみちあき)が挑む傑作短編集。新本格推理に大きな衝撃を与えた西澤ミステリー。

バラバラ殺人事件。
遺体を切り刻む行為自体がたいそう猟奇的であるだけに現実に発生すれば必ず報道されるほどの事件です。
ミステリーの分野でバラバラにする理由の大きな理由としては、自宅などの殺人現場から移動させるため。例えば被害者が男性で加害者が女性の場合など、そのままでは運べないし目立つから。
もう一つは証拠隠滅ですね。
それ以外に自己顕示欲を満たすためにバラバラにした上でばらまいたり、特定箇所だけの収集癖があるなど犯人の趣味のパターンもありますが、だいたいは合理的な理由が見られます。
では、上記にあげた以外に解体する理由があるとしたら?


「第一因 解体迅速」
被害者の死体は、柱をかかえ込むような格好で、両手足に玩具の手錠を嵌められ、解体されていた。さらに死体の顔面や腕には地面を引きずったような擦過傷があったという。
現場はいつ誰が訪れるかわからない住宅。殺人現場から一刻も早く去りたいであろうに、あえて手間をかけて解体した理由とは?
「第二因 解体信条」
34個のパーツに切り刻まれた主婦。
被害者は、自分の息子とかつて恋敵だった女性の娘との結婚に反対していたらしい。
特に細かく切り刻まれたパーツは指であることが鍵となる。
「第三因 解体昇降」
マンションにて8階でエレベーターに乗った女性が1階に着くまでのわずか16秒の間に、全裸のバラバラ死体となっていた。
どう考えても実行不可能と思われる事件だが、それを解く鍵は目撃者の行動にあった。
「第四因 解体譲渡」
一軒の書店で、101冊(種類は限られているので同じ雑誌を何冊も買っている)の成人雑誌を買っていった中年女性。
彼女はいったい何のためにそういった行動を取ったのかを推測する。
「第五因 解体守護」
ある家庭に泥棒が入ったのだが、不思議なことに被害は長男のお気に入りだったクマのぬいぐるみの腕が切り取られたこと。それに長女が憧れの先輩から貰ったハンカチが消え失せてしまったことくらい。そして数日後、クマのぬいぐるみにはハンカチで腕が結びつけられていた。
本作の中では唯一優しい結末の話。
「第六因 解体出途」
トラブルメーカーの叔母から自分の娘とその婚約者を別れさせてほしいと頼まれる主人公。
聞いている内に叔母自身が婚約者の青年とデキていることを聞かされてうんざりしてしまう。
無理やり渡されたメモ。仕方なく夜遅くに書かれた住所を訪れると、不審な人物がいくつもの箱を車に運び入れていた。
「第七因 解体肖像」
街中に貼られていた新築マンションの広告ポスターだが、なんとモデルの女の子の首の部分だけが切り取られるという悪戯が相次いだ。
大事を取って回収され、代わりにモデル無しのポスターに差し替えられた。
いったい誰がそんな悪戯をしたというのか?
「第八因 解体照応 推理劇 『スライド殺人事件』」
何の繋がりのもない女性ばかりが次々と殺される。
なぜか首から上だけがスライドしたかのように次の被害者の遺体のそばに置かれていた。いったい犯人の狙いは?
作中作における脚本の形式で描かれた内容。
コメディタッチであったり、いろいろと強引さが見られるのは作中作という位置づけのせいか。
「最終因 解体順路」
二つの死体の首が入れ替えられ、犯人が自殺した事件について、刑事に問われた主人公が考察する。
人数こそ違えど、『スライド殺人事件』を彷彿させる事件かと思いきや、登場人物の一人が書いたものであった。


最初は別々の独立した短編集に思えましたが、探偵役が続けて登場し、最後に繋がりが明らかにされます。
なぜ殺した*1かよりも、どういった理由があって解体されたり一部切られて現場から持ち去られたかを解明していく内容が特徴的です。
中にはぬいぐるみだったり写真が混じっていますが、よくぞここまで考えついたなぁと感嘆させられました。
ただグロいばかりでなく、心理的なトリックを使った内容があったのも良かったです。
ただ、最初にあげたように運搬や証拠隠滅に比べれば、やや強引かなと思わないでもないのもありましたが。
死んだ人間を解体するなんて、普通の人間ならば心理的な抵抗が大きいと思うんですよねぇ。

*1:殺人というより事故に近い死も含まれる

13期・59冊目 『ドッグファイト』

ドッグファイト

ドッグファイト

内容紹介

物流の雄、コンゴウ陸送経営企画部の郡司は、入社18年目にして営業部へ異動した。担当となったネット通販大手スイフトの合理的すぎる企業姿勢に反抗心を抱いた郡司は、新企画を立ち上げ打倒スイフトへと動き出す。

物流トラック業界といえばブラックともいえる過酷な勤務であり、成り手は少なく高齢化が進み、ドライバーの平均年齢は42歳に達しているという。*1
その一方でネット通販最大手スイフトの宅配量は年々増加し、コンゴウ陸送においては全体の二割を占めるほど。
スイフト・ジャパンでは名古屋に一大物流拠点を築き、生鮮食品の当日配送を行うプロジェクトを立ち上げます。
仕入は大手スーパーの太陽堂と提携し、物流を担うのはもちろんコンゴウ陸送。
しかし、旨味があるのはもちろんスイフトで、コンゴウ陸送はチルド便を増やすためにコストがかかるし、人員の確保も難しく、はっきり言って儲けにはなりません。
車両を空荷で走らせるよりは何か荷物を運ぶ方がマシという風潮があり、利益が出ないままにスイフトとの取引量は増えていくばかり。
実はスイフト側としては、今回の生鮮食品の当日配送を機にシステムの接続も進め、もはや後戻りができなくなった時点で運賃の値下げを迫るつもり。
将来的にはコンゴウをスイフトの物流一部門のように扱う企みを持っていたのでした。


主人公である郡司はコンゴウ陸送経営企画部から現場を知るために営業部に異動し、スイフト・ジャパンのやり手女性幹部である堀田の上から目線の弁舌に圧倒される毎日。
ある日、帰郷した際に雑貨屋の跡を継いだ同級生の個別訪問販売を目にして、スイフトに対抗するための新しいビジネスモデルを思いつきます。
それは電話やネットを介して個々の商店から商品をピックアップして顧客へ届けるというもの。
物流を担うコンゴウならではのビジネスであり、過去に構築したシステムを流用できるし、トラックも大型でなくても良いから地元から普通免許を持つドライバーを採用できる。
コンゴウ側の出費は少なくて済むし、商店としても確実に売上となり、出かける足が無い年寄りにとっても助かる。
それはネット通販に押されがちだった既存のスーパーなどにも活用が期待できるというもの。
ただし、スイフトが推し進めるプロジェクトとは真っ向から対立することになるのですが・・・。


普段ネット通販を使っていますが、その便利さを享受しながらも、現場で働いている人々の事情までは考えが至らないものです。
いつしか送料無料を当たり前のように思っていますが、実際に運ぶ側からしてみれば、人件費やガソリン代、車両を含めた各種設備に費用がかかるわけです。
荷主やユーザーの立場が強いように見えるが、実際は物流会社なくしてはこのネット通販は成り立たない。そんな視点に立って考え直してみると、新たなビジネスモデルが見えてくるってわけですね。
物流会社から見る現代社会の問題や将来の懸念がわかりやすく書かれていて、特に地方では少子高齢化が進み、深刻な状況となっています。
そのための鍵を握るのはITだけじゃなくて、地域に根ざした対応なのだろうと考えさせられます。
物語はスイフトにいいように振り回されていた郡司らが起死回生の策を練って逆転していく様がとても胸のすく展開です。
気になった点としては、新たなビジネスがトントン拍子でうまくいきすぎたことでしょうか。
実際にはいろいろと細かい問題が出てきそうな気がします。
終盤はやや急ぎ過ぎた気がしました。

*1:作中のセリフより

13期・58冊目 『彼女はもういない』

彼女はもういない

彼女はもういない

内容(「BOOK」データベースより)

母校の高校事務局から届いた一冊の同窓会名簿。資産家の両親を亡くし、莫大な遺産を受け継いだ鳴沢文彦は、すぐさま同学年の比奈岡奏絵の項を開いた。10年前、札幌在住だった彼女の連絡先が、今回は空欄であることを見て取ったその瞬間、彼は連続殺人鬼へと変貌した。誘拐、拉致、凌辱ビデオの撮影そして殺害。冷酷のかぎりを尽くした完全殺人の計画は何のためだったのか―。青春の淡い想いが、取り返しのつかないグロテスクな愛の暴走へと変わるR‐18ミステリ。

徒歩で帰宅途中の女性をスタンガンで気絶させて拉致し、どこかスタジオのような場所に監禁して凌辱の限りを尽くす。
その様子をカメラに収めて編集したDVDを携帯電話に入っていた知人の男に送り、助けて欲しければ1000万円寄越せと要求。
しかし、警察が通報を受けた翌日にはブルーシートに包まれて遺体が発見されたという。
誘拐目的にしては短絡的過ぎるし、自己顕示目的にしては中途半端。
捜査の過程で刑事たちは犯人の目的に首を捻ります。
「この犯人はまた事件を繰り返す」
女性警視(城田理会)が確信した通り、数日後にも同様の事件が起こって女性が犠牲となったのでした。


実は序盤にて鳴沢文彦が犯行を計画している様子が描かれているのです。
家出して消息を絶った上に急死してしまった姉の子がろくでもなくて、借金を抱えて頼ってきたこと。
気晴らしに散歩している早朝の公園で出会った自分そっくりな浮浪者。
女性に対してステレオタイプな妄想を抱いた鳴沢が二人を使い、猟奇的殺人事件を起こし始めたのではないかと思わせます。
鳴沢が妄執に囚われ始めたきっかけというのが送られてきた高校の同窓会名簿。
同級生の奏絵の連絡先が空欄であったことにショックを受けたという意味不明なもの。
彼女とは高校時代に一緒にバンドを組んでいて、密かな想いを抱いていた様子なのですが、かといって行動に移したわけでもない。
むしろ、結婚したことを知っても、仕方ないと思っているふしさえあります。
そうして鳴沢の動機に謎を残したまま、殺人事件は続けざまに発生するのでした。


R18指定されているだけあって、エグイ描写の連続。
ただし、この著者のことだかから、そういった描写を超えて驚かせる展開が待っているんじゃないかと思いながら読み進めていったら・・・。
完全犯罪成ったかというところで、頭を殴られたかのようなショッキングなどんでん返しでした。
とはいえ、いろいろと気にかかった部分は残ります。
その一つは鳴沢にそっくりな”ダブル”を使った意味。
最初は目撃された時の身代わりじゃなかったのかなぁと(まぁ、鳴沢の知らぬところで二重の意味で衝撃の事実があったのですが)。
同窓会名簿の件は、青春時代の思い出が宝となっている中年特有の思い入れが拗れたためだったのではないだろうかと解釈しましたがどうでしょうか。
あとは悲惨な少年時代の描写はあっても、現在の鳴沢の人物像が見えてこないこと。
結局、彼も甥と同じく精神的に大人になり切れていないだけなのではないか。
それらは置いても、いくつかの伏線を回収しつつ、見事な幕切れでした。
何とも救いの無い結末でしたが、読み終えた後に本を閉じてタイトルと表紙を見ると、改めてその意味がわかって、非常に切ない思いがしたものです。

13期・57冊目 『精霊幻想記12.戦場の交響曲』

精霊幻想記 12.戦場の交響曲 (HJ文庫)

精霊幻想記 12.戦場の交響曲 (HJ文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

シャルル=アルボー率いるベルトラム王国騎士団からの追っ手がかかるクリスティーナ王女一行を、ロダニアまで護衛することになったリオ。一騎当千の力を持つサラたちの協力もあり、一行は順調に追跡者たちから距離を稼いでいく。そんな中、クリスティーナは過去の自分を振り返りながら、正体を隠すリオに対して謝ることも出来ず、密かに胸を痛めていた。一方、リオたちをシャルルとは別経由で追うレイスは手駒を動かしながら、確実に包囲網を敷くべく謀略を巡らせていく―。

11巻]にて、セリアだけでなく、ベルトラム王国からの追手を撒きながらロダニアを目指すクリスティーナ王女一行の護衛をすることになったリオ。
折よく駆けつけてくれた精霊の里の三人(獣人サラ、ハイエルフのオーフィア、ドワーフのアルマ)にも協力してもらい、街道を避けて空を駆けながら距離を稼いでいきます。
途中の宿場町で冒険者たちに絡まれて、強引にねじ伏せることがあったものの、王国騎士団の捜索範囲から無事抜け出し、もう少しで国境を越えられると思ったところで、レイスが仕掛けた狡猾な包囲網が待ち受けていたのでした。


クリスティーナ王女一行の逃避行はweb版でも夜会編(名誉騎士叙任と美春との別れ)の後に書かれていました。流れ的には前後していますね。
大まかな流れは踏襲しつつも、書籍版では大胆に改変されているようです。
違いの一つはベルトラム王国勇者である瑠衣とリオが面と向かって戦うところ。
瑠衣の召喚にあたって巻き込まれた二人(エイタとレイ)がなぜ瑠衣と袂を分かったのかが気になるところですが、いずれ明かされるのでしょうか。
それから、リオがweb版よりも無双して、学園時代より因縁あったシャルル・アルボーが無様を晒したところは胸のすく思いでした。
後半がほぼバトルの連続であり、最後にリオが主人公らしい活躍を見せてくれました。
過去を悔恨するクリスティーナ王女の心情により、彼女とリオとの距離感は今までのヒロインとは違う形で描かれていたところは良かったですね。


気にかかった点としては、いくらリオ無双の舞台作りとはいえ、国境付近で待ち受けていた5000もの兵はどこから来たのかということ。
しかも場所が国境付近ということは軽々しく軍を動かして良い場所ではなりません。
数名ならばグリフォンに乗ってきたということになるだろうけど、時代背景的に5000人もの兵を動員するにはかなり時間がかかるはず…。途中まで捜索に使っていたのだとしても、集合に何日もかかるだろうし。
そのへんは何も書かれていなくて、ご都合主義と取られても仕方ないでしょう。
敵役は王剣・勇者・魔剣使いを中心とした少数精鋭でも良かったような。
それからレイス部下と精霊術使い三人娘との戦いの違和感ですかね。
敵が魔剣使いであると認めているのに最初から本気を出さずに手間取り、王女たちに危険を及ぼすことになったり。激戦の最中に長々と会話をしていたりと。
場面ごとの描写は丁寧だし、ちゃんとストーリーを考えているのだろうと思えても、やっぱり読んでておかしく思えてしまう個所があったのでした。

13期・56冊目 『決戦!本能寺』

決戦!本能寺

決戦!本能寺

内容(「BOOK」データベースより)

天正十年六月二日(一五八二年六月二十一日)。戦国のいちばん長い夜―本能寺の変
葉室麟(斎藤利三)
冲方丁(明智光秀)
伊東潤(織田信房)
宮本昌孝(徳川家康)
天野純希(島井宗室)
矢野隆(森乱丸)
木下昌輝(細川幽斎)
天下人となる目前の織田信長を、討った男、守った男。その生き様には、人間の変わることのない野心と業が滲み出る。名手七人による決戦!第3弾。

戦国時代を象徴する人物、織田信長
長年の敵・本願寺を屈服させ、武田を滅ぼし、毛利と上杉を攻め、四国には上陸直前。
まさに天下統一まで残りわずかと思われていたその時に起こったのが明智光秀による謀反。
自ら弓や槍を取って戦い、最期は炎に包まれて死に逝くという劇的なものでした。
その本能寺の変を主題に取ったのが本作。
今回のラインナップを見ると、信長本人は入ってなく、その周囲の人物ばかり。
明智方が2編、信長側近である森乱丸や当時わずかばかりの人数で畿内にいた家康を別にすると、意外な人物も入っていたりしますね。
全体的に戦国初心者よりも、ある程度史実を押さえていた上で想像力を働かせることができるマニア向けといった内容だったと思います。


伊東潤「覇王の血」(織田信房)
ここで登場する織田信房は信長の一門衆であろうことは推測できるのだけど、誰?っと思ってしまったのは事実。
実は美濃岩村城の遠山氏に養子として送り込まれた信長五男の御坊丸が成人後の人物だったのです。
武田信玄の西上作戦に敗れて甲府に人質として送られていたのが、長篠の戦後に和睦を希望する武田勝頼によって返還。その際には織田勝長*1と名乗っていたのを信長と対面時に”勝”が上にきているのが気に入らないと改名させられたのでした。
孤独だった幼少時代に養母として親身になり、彼自身も慕っていた「おつやの方」が信長を裏切ったことで岩村城陥落後に逆さ磔にして殺されたと人づてに聞いて、信長に深い恨みを持っていたという背景がありました。
いつか信長に復讐するために武田家で鍛えていたのに、勝頼に頼まれて織田家との和睦のために戻ります。
もっとも信長の武田を滅ぼす意思は固く、信房は役目を果たせないまま、信忠付の一門衆として働くことになってしまったというのです。
そんな彼が真意を隠したまま迎えた本能寺の変。その行動の裏には積年の恨みを果たすためでした。
初っ端から意外性有りすぎる人選と内容でびっくりでした。
織田信房という人物は史料にもあまり残らず、詳細は不明なのですが、本作で書かれたような事情があっても不思議じゃないですね。明智光秀が信長を亡きものにした後に神輿にしようとしたというのにも納得でした。


矢野隆「焔の首級」(森乱丸)
信長の忠実なる側近・森乱丸が主人公。
有能な小姓であると同時に眉目秀麗なことから衆道の相手であったとされる彼ですが、部門の誉れ高い森家の一門として、兄・長可のように戦場に出ることを渇望していたとしています。
それがようやく叶ったのが本能寺にて主君を守りながら槍を振るった時というのが皮肉でした。
乱丸視点ということで、謀反の背景など余計な記述は無しで、ひたすら彼と信長の最期を劇的に書いたのが良かったです。
本能寺を覆いつくす炎の如く、勢いが感じられた一編でした。


天野純希「宗室の器」(島井宗室)
三番目に登場したのは博多の豪商・島井宗室。
もともと信長と交流あった千宗易(利休)や津田宗及でもなかったのが意外。
実は配下への報酬として茶道を広めて各地の名物を欲していた信長に目を付けられたのが彼が持っていた楢柴肩衝であったということでした。
かつて戦で地元博多が焼き討ちされて、妻子を喪ったことから武士を恨んでいた彼は楢柴肩衝の要求を飲むべきか抗うべきか大いに迷う。そして彼が決断した時に本能寺は炎に包まれた、という演出が憎いですね。


宮本昌孝「水魚の心」(徳川家康)
武田滅亡後、駿河国を賜ったお礼に上京した十数人ばかりの家康一行。
その道中は安全なはずであったが、偶々明智光秀の謀反に遭遇してしまい、命がけで三河に戻ることに。
その際、同行者には同じ駿河国に所領を持つ穴山信君がいたが、彼らは途中で道を分かつことにするのですが、それが生死の分かれ目であったのでした。
戦国の英雄の若き頃を描くのが非常に巧いと個人的に思っている著者ゆえにこの一編も自然に惹き込まれる内容でありました。
役目を終えた同盟者である家康を信長が始末させるつもりであったという説もありましたが、天下統一が近いとはいえ、さすがにこの時点では無いかなと思います。
ただ、穴山信君が監視役であったことくらいはあり得るかも。
幼き頃からの友情と戦国大名としての冷徹さという二面が見られたのは良かったです。
最後に登場した石田三成が完全に引き立て役だったのがちょっと可哀そうなくらい(笑)


木下昌輝「幽斎の悪采」(細川幽斎)
明智光秀とは共に足利幕府を支えていた同志。
そして、幕府滅亡後も信長に仕えて子同士で婚姻を結んでいたことから、光秀は信長を倒した後も助力を期待していたと一般的に思われていました。
しかし、実際には誘いには乗ることなく、剃髪して喪に服していました(この時、幽斎と名乗った)。
どうしてそのような行動を取ったのか?
幽斎から見た信長と光秀に対する感情がかなり斬新に思えたものです。
その鍵となっているのは実兄である三淵晴英。そして信長の弱点とも言える肉親贔屓。
本能寺の変の裏にあった謀をこのような視点で描き切ったことに脱帽の思いでした。


葉室麟「鷹、翔ける」(斎藤利三)
明智光秀の腹心として有名な斎藤利三を美濃斎藤家の主流を継ぐ立場として描いた一編。
その背景には応仁の乱の時の名将・斎藤妙椿の存在があったという。
光秀に仕えた経緯や美濃を奪取した斎藤道三の後を継いだ信長に対する敵対心。それに長曾我部との繋がり。
まさに斎藤利三なくては本能寺の変はあり得なかったのだと改めて思わされました。
謀反を起こしたのにも関わらず、彼と光秀という主従の繋がりの強さだけは光るものを感じますね。


冲方丁「純白き鬼札」(明智光秀)
あの時、光秀はいかにして謀反を決意したのか?
実は本能寺の変において信長や第三者(秀吉など)の視点で読むことは多くても、光秀視点で読む機会は少なかったですね。
怨恨説以外に朝廷やらバテレンやら家康・秀吉やら、いろいろと謀略説が取りざたされているけど、そういった外部要因は除き、あくまで信長との関わりを中心とした、光秀の内面に切り込んだ内容なのも良かったです。

*1:こっちの名前なら憶えがあった

13期・55冊目 『転生貴族は大志をいだく! 「いいご身分だな、俺にくれよ」』

転生貴族は大志をいだく!  「いいご身分だな、俺にくれよ」

転生貴族は大志をいだく! 「いいご身分だな、俺にくれよ」

内容(「BOOK」データベースより)

高橋修は、妹がやっていたゲーム世界の貴族であるアイザック・ウェルロッドに転生した。侯爵家という高い身分、それに加え、母は子爵家出身とはいえ第一夫人ということで侯爵家の継承権の順位も父に次いで高く、将来安泰かと思われた。しかし、アイザックは長男ではなく次男だった。しかも長男のネイサンは侯爵家出身の第二夫人の子で、周りの多くの人々は、今は継承権の順位がアイザックよりも低くても、いずれはネイサンが侯爵家を継ぐのだと考えていて…。自分の明日のため、今日もアイザックはお菓子作り、簿記といった前世の知識やリーマンスキルをフルに活用して奔走する!第6回ネット小説大賞受賞作。

小説家になろう」で好評連載中の『転生貴族は大志をいだく! 「いいご身分だな、俺にくれよ」』(web版)の書籍化作品となります。
男性向け恋愛シミュレーションゲームとして、いわゆるギャルゲーというジャンルがありますが、その女性版が乙女ゲームといい、一般的には貧乏なヒロイン(実はある貴族の隠し子という設定もあり)が貴族ばかり通う学園に入学して、王子を始めとする多くのイケメンと恋する。場合によっては逆ハーレムを築くルートがあったりするようです。
しかし、ヒロインを嫌う貴族令嬢たちが障害として立ち塞がってくる。
貴族令嬢たちはターゲット男性を落とすライバルになるし、中でも王子の婚約者である身分が高い令嬢が嫌がらせの首謀者というボス的な存在だったりします。
小説家になろう」ではいわゆる悪役令嬢モノがありますね。
ゲームの中で最終的にヒロインに蹴落とされてしまう悪役令嬢に転生して、ストーリーを先読みしたり、時にヒロインの主人公補正と戦ったりして、最悪処刑される暗黒の未来を防ぐべく奮闘するという作品が多かったりします。
悪役令嬢が実は全然悪役じゃなくて、ヒロインの方が自分勝手で傲慢だったりするのがポイント。
悪役令嬢モノは他のジャンルと比べてそんなに多く読んでいる方ではないのですが、いろいろと派生作品があるようです。


そんな中、本作もゲーム世界に転生したのが女性ではなくサラリーマン男性*1で、転生先も侯爵家という高位貴族の次男・アイザックではあるものの、ゲーム的にはモブ扱いというのが特徴であります。
実際に物語としては3歳頃からスタートするのですが、問題は第一夫人である母親が子爵家出身で第二夫人よりも低いため、すんなり後継ぎになれるかわからないという不安な状況なのです。
身分の差が絶対として確立している貴族社会ゆえに過去の経緯で第二夫人に甘んじていながらも侯爵家をバックにしていること。先に男子であるネイサンを生んだことから後継者争いとしては兄ネイサンとその母メリンダ側に後れを取っている状況。
メリンダの根回しのあって周囲も兄の方にすり寄っていくため、同い年で同性の友人が一人もいないというのが不憫すぎます。
その分、乳姉弟であるリサや従姉妹のティファニーといった可愛い女の子がそばにいますが。


中身は成年男性、だけど外見は幼いままなのでできることは限られているが、不審に思われない程度にアイザックは行動し始める。自身が兄によって邪魔者として排除されないために。
途中でヒロイン役であるニコルと出会ってロックオンされてしまうという展開もありますが、やはり悪役令嬢的な存在のパメラに一目惚れしてしまったのが大きいでしょうか。
まずは実家での後継ぎという立場を盤石とするために周囲の好意を集め、兄の評判を貶める行動。
そして将来的にパメラと結ばれても問題ない地位まで登りつめることを決意するまでとなります。


本作の特徴としては、ゲーム世界のつもりで神童の名を欲しいままに行動したアイザックが現実の壁にぶつかりながら成長していく過程を丹念に描いているということでしょう。
中身が大人だからといって決して万能ではなく、失敗が多いことも転生もの主人公らしくないとも言えます。
だけど、そこからの挽回していくのが良いのです。
プロローグで学園卒業のシーンが流れている通り、物語のメインとしてはゲームイベントがある学園(15〜18歳くらい?)編でしょう。
web版ではようやく入学しましたが、そこに至るまでが長いです。波乱万丈で、決して飽きはしなくて面白いのですが。
最初からweb版と書籍版ではストーリーやキャラクターに違いが出ると明記されています。
そういった点では1巻はまだ序章といった感じで途中までは大きな差異は目立たなかったですが、ニコルとの接点(母同士が友人に設定変更)で早まったことや、彼女の性格が若干違うようです。
そういう意味ではweb版読者であっても、書籍版の今後が楽しみですね。
アイザックの今後にニコルやパメラがweb版以上に絡んでくるのではないかという期待があります。
特別編が三話追加されていたのも良かったですね。
第二夫人のメリンダが息子を後継ぎにしようとしている背景に自身の過去が関係していることががわかります。
そしてニコル視点。
アイザック以外に妹が転生しているのではないかと予想されていましたが、それがニコルであることはほぼ決定じゃないでしょうか。
そのことが互いにいつわかるのかも気になりますねぇ。

*1:妹がプレイしていたので内容はある程度知っていた

13期・54冊目 『食い詰め傭兵の幻想奇譚7』

食い詰め傭兵の幻想奇譚 ライトノベル 1-7巻セット

食い詰め傭兵の幻想奇譚 ライトノベル 1-7巻セット

内容(「BOOK」データベースより)

規格外れに食費がかかるグーラが加入したことによってまたしても懐がさみしくなりつつあるロレン。グーラをギルドへ登録をする際のトラブルから知り合った“業火剣乱”という女傭兵絡みの依頼を、またしても金銭的な理由から引き受けざるを得なくなり―。これは、新米冒険者に転職した、凄腕の元傭兵の冒険譚である―。

著者のデビュー作の方は更新が止まったままとなってますが、本作はweb版の連載も再開されて、7巻も無事刊行されてなによりです。
6巻にて色欲の邪神ルクレツィアを中心とした騒動の結果、軍の一部が滅んだという噂が流れて、暴食の邪神グーラがロレンと行動を共にすることになりました。
そしてどうなったかというと、規格外の食欲を発揮したグーラのために食費が増大。*1
またしても金策に走らなければならないくなりました。
相変わらず金に苦労するロレンですね。
まずはグーラを冒険者登録するのですが、その際にトラブルがあって登場したのが“業火剣乱”ことティソーナという女傭兵。
その二つ名の通り、火を自在に扱うギフト持ちで、邪魔をした冒険者をいきなり燃やし尽くしてしまうという危険な女。
とはいえ、彼女も自身の後を考えない暴挙によって莫大な借金を背負っており、ある遺跡の探索を行ってお宝を得ようと考えていました。
しかし、冒険者ギルドで早々にトラブルを起こしたせいで協力者が現れず、仕方なくロレンたちが同行することになったのでした。


本人は否定するも斬風と呼ばれる凄腕の傭兵にして、内部に”死の王”たるシェーナを内包するロレン。
知識の神を信奉する神官だけど、その正体は魔王の娘であるラピス。
権能による不可視の大口がなんでも食ってしまう暴食の邪神グーラ。
この後、長らく組むことになる最強いや最凶のパーティですね。
ただし、その実力を安易に見せることができないのがデメリットでしょうか。
今回のようにティソーナの依頼で同行ので隠すのが面倒だったりしますね。
そういうティソーナも美人*2ではあるが、行動が極端すぎるようで。
巻末のラピスの回想にあるように、どこかの女たらしと同じようにギフト持ちは頭の中身が残念な人物しかいないのか?


ともかく、道中では宿場町での防衛に巻き込まれて、ついでに盗賊団の拠点制圧、要塞と化していた遺跡への侵入へと続き、奥の部屋で今回の騒動を巻き起こした強欲の邪神と遭遇・戦闘するといった流れです。こうやって書籍で読んでみると、巧く構成されていますね。
どれもこれも、普通は四人ではとうてい成しえないのに軽々とこなしてしまうところがすごいというか。かえって敵に同情してしまうくらい。
あと、今回もロレンが紳士で格好良かったです。ラピスの愛情ゲージもぐんと上がった模様。
後の話に関係するのですが、こんなところでロレンの出生の秘密に関係するっぽい出来事もありました。
次巻では以前組んだ白銀級のパーティと再会するようですね。
どうせ、ろくな目に遭わないのですが(笑)

*1:飲食店の食材を食い尽くすほど

*2:今回はサービスカット要員でもあった