垣谷美雨 『女たちの避難所』

女たちの避難所 (新潮文庫)

女たちの避難所 (新潮文庫)

  • 作者:垣谷 美雨
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: 文庫

内容紹介

なして助がった? 流されちまえば良がったのに。3・11のあと、妻たちに突きつけられた現実に迫る長篇小説。乳飲み子を抱える遠乃は舅と義兄と、夫と離婚できずにいた福子は命を助けた少年と、そして出戻りで息子と母の三人暮らしだった渚はひとり避難所へむかった。段ボールの仕切りすらない体育館で、絆を押しつけられ、残された者と環境に押しつぶされる三人の妻。東日本大震災後で露わになった家族の問題と真の再生を描く問題作。

もう9年も前になりますが、東日本大震災津波による災害の様子をテレビやインターネットで見た時の衝撃は強く、今でも鮮明に記憶に残っています。
埼玉県に住み、東京都内に通勤していた私は当日の交通機関麻痺や食料日用品が店先消えたこと、その後の停電といった影響を受けましたが、現地にいた人々にとってはちょっとした判断や運が生死の分かれ目。
大勢の犠牲者が出ただけでなく、住んでいた家を失い、長らく避難所生活を余儀なくされた人も多かったようです。
本作は東日本大震災を元にしたフィクションであり、その中でも3人の既婚女性(離婚も含む)にスポットを当てて、津波の中から生き延びて避難所でどのように過ごしたか、そして人生の再出発を図るようにしたかを克明に綴った作品となります。


一人は福子(55歳)。元保育士で酒屋のパート。
定職に就かない夫に愛想を尽かしながらも別れられずにいて、スーパーに買い出しに来たところで地震に遭遇。
帰る際に車ごと津波に飲み込まれてしまい、必死の思いで脱出して、ある家のバルコニーに辿り着くことができました。
一人住まいの老婆の温情で着替えや飲み水も得られて一息ついたところで冷蔵庫の上に乗って引き潮に流される少年を見つけて救助します。
翌日、親戚の家に引き取られる老婆と別れ、昌也という名の少年と共に近くの小学校の体育館に向かうことになりました。

二人目は渚(40歳)。暴力的な夫と離婚して子連れで出戻ってきたところで母と共に小料理屋を開きました。
ただし、料理屋だけではやっていけず、夜は飲み屋を営業することにしたのですが、それが近所の女性たちに気に入られなかったようで陰口を叩かれていました。
彼女自身は津波に飲み込まれなかったのですが、店に残った母は死亡。小学校にいたはずの息子の安否が不明なまま、必死に探し回ることになります。

三人目は三世帯で住む嫁の遠乃(20代)。乳飲み子の智彦を抱えています。
地震直後に近所に住むママ友と買い出しに行く途中、間一髪で津波の被害を逃れます。
姑だけでなく愛する夫を亡くした遠乃は失意に暮れたまま、避難所にやってきました。
福子をして”白雪姫”と思わせたほどの儚げな美貌を持つ遠乃は避難所でも人目を惹きます。
ただでさえ乳飲み子を抱えている苦労に加えて、昔気質で居丈高に振舞う舅、独身で義兄が何かと言い寄ってくるのに精神が削られていくのでした。


私事となりますが、去年の台風の時にほんの一日だけ市内の中学校の体育館で避難生活を送りました。
一時的ということもあって、広い体育館の中で毛布を敷いただけなのでプライバシーの欠片もない場所でした。
作中では長らく避難所生活を余儀なくされるわけで、最初の頃は飲み物も食事も最低限。着替えも入浴もできず、先の見通しも見えない中で身体と精神が疲弊していく様が伝わってきます。
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がありますが、人間らしい生活が送れないことによるストレスはかなりのものだと思います。
まして男尊女卑の強い土地柄。非常時でさえ、女は黙って言うことをきけという空気が女たちを苦しめます。
避難所の様子が非常にリアルで、登場人物たちの心情を通して、本当にその場にいるかのような臨場感。
実際に女性の多くがこのような苦しみを味わったのかと思わせるほどでした。

自衛隊やボランティアが駆けつけたり、援助物資が届くようになって、ようやく衣と食が改善されてきた頃。
仕事の有無や仮設住宅への入居問題、それに恵まれている者への嫉妬など、避難者同士の不公平感も露わになってくるのがやりきれなかったですね。

作中では、福子が避難所の新たなリーダーとなり、若者や女性たちの意見を汲んで、生き生きと活動しだすも、自宅で死んだと思っていた夫がひょっこりやってきて彼女を苦しめます。
渚は逆に諦めかけていた息子・昌也が福子と共に生きていたことに喜ぶも、自分の店のためにイジメを受けていたこと、再開された学校にも行かず不登校となったことに落ち込む日々。
遠乃は舅が亡き夫への補償金までも独り占めした挙句、義兄と結ばせて、これからも家に縛り付けようとする。彼女の意思など無視して一家のモノ扱い続けようとすることに絶望します。

3人の身近な男たちは本当にろくでなしばかりなので、そこから逃れて自由になれることを願いたくなります。
なんでも、震災後は離婚件数が増えたとか。
大変な時こそ人間性が露わになるわけで、溜め込んでいた不満が爆発したというのもあるでしょう。
今後も大変でしょうが、少なくとも新天地に飛び出した3人が協力しあって希望の持てそうなエンディングであったのが良かったです。