6期・22,23冊目 『シェラザード(上・下)』

シェエラザード(上) (講談社文庫)

シェエラザード(上) (講談社文庫)

シェエラザード(下) (講談社文庫)

シェエラザード(下) (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
昭和二十年、嵐の台湾沖で、二千三百人の命と膨大な量の金塊を積んだまま沈んだ弥勒丸。その引き揚げ話を持ち込まれた者たちが、次々と不審な死を遂げていく―。いったいこの船の本当の正体は何なのか。それを追求するために喪われた恋人たちの、過去を辿る冒険が始まった。日本人の尊厳を問う感動巨編。

太平洋戦争終盤、戦局の悪化に伴い物資が窮乏する日本ではもともと良くない捕虜への待遇がさらに悪化していて、連合軍からの申し入れで救援・慰問物資を送るという計画が実際に立てられたそうです。その船には攻撃対象外とする安導券(Safety conduct)が与えられていたはずが、復路の東シナ海台湾海峡にて撃沈されて、乗船していた民間人を中心とする二千人余が犠牲になりました。
wikipedia:阿波丸事件
それをモデルにして書かれたのが本作品。


戦争を舞台にして過去と現在を交差させながらストーリーを進めていくというのは著者の得意とするもので、謎の台湾人が黒幕となっている弥勒丸引き揚げプロジェクトが進む現代と、実際の弥勒丸の航海の模様を伝える過去の描写という構成はさすがに秀逸です。
現代の場面ではプロジェクトを持ちかけられた人物の不審な死、引き揚げに執念を燃やす台湾人・宋英明の正体、果たして安導券を持ちながら台湾沖に沈んだ弥勒丸には何があるのかといった謎が謎を呼び、思わず惹きつけられる流れとなっています。
過去においては戦時中でありながらあくまでも客船としての誇りにこだわる船員たちの熱い想いが伝わってきます。本来ならば太平世航路のエースとなるべく海運国日本の誇りをかけて建造された豪華客船弥勒丸。その陰には徴用によって次々と失われていった民間船の悲しい運命が隠されているのです。


そんな感じで途中までは勢いがあったのですが、宋英明が正体を明かしてその回想シーンが入るあたりから結末までは曖昧なままの幕切れとなってしまったのが残念でした。攻撃した米軍の意図や弥勒丸の最後もぼかさるし、密航者として乗りこんでいたターニャと世話役としてシンガポールに上陸した留次のその後も気になるし。個人的には過去の部分についてはあのような形ではなく、実際の事件とは別のかたちでもいいからはっきりと書いてほしかった気がしますね。