4期・63冊目 『海の底』

海の底 (角川文庫)

海の底 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく―ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。

突如として人を襲う巨大なエビに似た甲殻類*1の大群の来襲にパニックに陥る横須賀基地。おりしも当日は桜祭りで基地は開放されていて、多くの民間人で賑わっていた・・・。
そんな中、埠頭に停泊中だった海上自衛隊潜水艦『きりしお』の乗員が陸上での脱出に失敗し、途中で救助した少年少女13名*2を伴って艦内で篭城するはめに。
難解な説明や前フリは最小限にとどめ、最初から有無を言わさぬ怒涛の展開で読者の引き込むので物語に入り込みやすい。そもそも荒唐無稽な設定でありながら、いやだからこそ要所要所についてはリアリティを感じさせる(まるで目に浮かぶような)描写が光りますね。


『きりしお』艦内に加えて、甲殻類との戦いの最前線に立つ機動隊員たち・警察の対策本部と三つの現場をリレー式にして物語を進行させていきます。
『きりしお』艦内においては性格が対照的な二人の見習い候補生を中心に、小学生から高校生までの子供たちによる一筋縄ではいかないトラブルが次々と起こります。*3
子供たちを艦内に避難させるために二人が敬愛する艦長が犠牲になってしまったことからギクシャクした避難生活のスタートだったのですが、いつになれば救助されるかわからない不安の上、狭い空間内で同じ団地内のヒエラルキーによるトラブルまでくすぶり始めてしまう。そのへんの葛藤を含めた心理描写が念入りですね。大人になると、思い出は美化されて子供の頃に戻りたいなどと思うものですが、実は子供なりに厳しい世界であったことを容赦なく描いてます。


そして甲殻類(海洋研究者よりレガリスと命名)と本来の職務とは勝手が違う不得手な戦いを強いられる警察官たちが熱い!
ガリスは警察の装備では敵う相手ではないのに、法制上自衛隊がその装備をもって駆除するわけにいかず*4、当面防衛線を維持しなければならない機動隊。そんな中、あの手この手で状況を動かしていく明石警部と烏丸警視正の駆け引きが非常にユニークで、影の主人公とも言えます。
全体的に危機の時こそ能力を発揮する現場の人たちを魅力的に実に書いてますね。


緊迫感溢れる出だしであったものの、最後は爽やかさを感じさせる。初っ端にに大きな嘘(怪物出現)を出しておいて、細部はリアリティある表現ときめ細かい人間模様が活きていた内容でした。
著者は図書館戦争シリーズをはじめ、架空世界の戦いにおけるメインキャラクターの恋愛が特色とされているようですが、本作はまだ控えめかもしれません。でも時をおいて出会えた彼と彼女の後日談*5が用意されているそうですね。

*1:実際は人の大きさと同等〜2倍程度

*2:2名の自衛官を加えて15人となるわけで、あとがきによると『15少年漂流記』がモチーフになっているそうな

*3:途中まではあそこまで長く書かなくてもと思ったけど、唯一の女子・望の生理の件や養親とのわだかまりなど、非常時だからこそ当人にとっては重要な要素として書くことになったのかもしれない

*4:災害救助目的(武器不使用)ならば自治体の要請で可能

*5:『クジラの彼』