60冊目 『雷電本紀』

雷電本紀 (小学館文庫)

雷電本紀 (小学館文庫)

史上最強と言われる相撲力士・雷電爲右エ門を題材にとった作品です。
相変わらず(というかまだ2作目なんですけど)この人のデテールの書きっぷりは緻密です。
歴史作家で当時の生活ぶりまでよくわかるように書いている人って結構いますが、中でもこの人のこだわりぶりは随一なのではないでしょうか。
寡作ではありますが、一つの作品に長い時間をかけて仕上げる丁寧さが見られますね。


今回は、相撲がメインとなっていまして、雷電が中心となって描かれる激しい戦いぶりは手に汗を握るほどに、じっくり書き込まれていますね。
相撲なんて、子供の頃に祖父とテレビで見ていた以来、大人になってからは興味を失っていたので、「おっつける」「右差し」「上手マワシ」なんて言葉がとても懐かしかったです。


雷電という力士は巨体だけでなく、柔らかな下半身と怪力、そして類稀なる相撲センスによって圧倒的な強さ*1をもって、長年江戸の相撲界に君臨し、その相撲ぶりはそれまでの土俵外の事情による拵え相撲など許さない激しさで、まさに裸一つの勝負で頼るのは己の力のみという相撲を体現したものでした。
それでいて、土俵を出ると子供が大好きで庶民の人気者という、まさに強さと優しさを兼ね備えた人物で、飯嶋和一が小説に取り上げたかったわけが窺い知れます。
苦しい日常に抑圧された庶民の夢というか希望を託す立場が、『始祖鳥記』の鳥人幸吉に共通するような気がします。


作品としては、前半の上信大一揆に関する話、そして晩年の報土寺の鐘の再建に関する話と二つのヤマがあると言えるでしょうか。
その間に江戸相撲の勝負や、生涯の友人であった鍵屋助五郎の話が挟まって時が経っていく展開なのですが、どうも何の説明もなく展開が切り替わるのが唐突過ぎるのが気になりました。
鐘の再建に関する事件の後、雷電の人生の記述に関しては何の不満は無いのですが、鍵屋助五郎に関してはちょっと納得がいかない終りでしたね(一介の町人ゆえに仕方がないのかもしれませんが)。

*1:254勝 10敗 2分 14預 5無勝負(勝率は9割6分2厘)という人間離れした成績です。