15,16冊目 『漆の実のみのる国 上・下』

漆の実のみのる国〈上〉 (文春文庫) 漆の実のみのる国〈下〉 (文春文庫)
作者: 藤沢周平
出版社/メーカー: 文藝春秋
発売日: 2000/02
メディア: 文庫

藤沢周平の遺作とも言える作品。本格的な歴史物であり、はっきり言って素人より、ある程度の歴史馴れた人向き。ただし「面白かった!」という作品ではない。読後の満足感は得られるが、どことなく無常感が漂よった。上杉鷹山(治憲)は確かに仁と智を兼ね備えた名君であるけど、本作を読む分ではやり手の政治家という気はしない。もっとも江戸時代はごく初めの時期を除けば、藩主自ら思うままに手腕を振るうことはできない環境でもあったのだが。


米沢藩が貧乏のどん底に陥り、何人もの執政の改革が思うように行かなかったのは、

  • 先代以来の莫大な借金
  • 八分の一という大幅な減知されても減らさなかった家臣と捨てがたい大国意識
  • 天保の大飢饉に象徴されるような、天変地異から来る凶作

などいろいろあり過ぎた。改革の効果はなかなかあがらず、藩の崩壊とまで思われる。
棒給遅配やたびたびの金銭徴収によって日々の貧困に追い討ちをかけられ、もはや日々の生活をしのぐ為の内職に励む藩の家臣にはかつて精強を誇った上杉軍団の誇りも見られない。


竹俣当綱を執政とする初期の改革は失敗し、引退後に莅戸善政をリーダーとする第二期改革が始まるところで終わっている。惜しむらくは、本来最終章がもっと長かったのではないかと解説で述べられている点である。いわゆる「寛三の改革」についてもっと述べられていれば、もう少し印象が違ったのかもしれない。


少し話しがそれるが、幕末に薩長土肥を始めとする西国諸藩が経済力を持ちえたのに対し、奥羽越諸藩が対抗し得なかったのはなぜだろう。江戸中期頃までは薩摩藩も多大な借金があったらしいし。そこには奥羽越の唯一にして例外的な装備を誇った長岡藩に鍵があるように思える。経済に明るい改革の指導者に加えて海に面していて港を持っていたことだろうか。港があることによって、情報と交易で有利に立てたわけだ。
専門家でないので大した推測はできないが、越後から米沢の盆地に移封された上杉家は、石高だけでなく地勢的な面でも国力を充実する術をとられてしまったのかと考えると、家康はじめ江戸初期の幕府首脳は冴えていたなぁと感心した。