伊坂幸太郎 『ガソリン生活』

ガソリン生活 (朝日文庫)

ガソリン生活 (朝日文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

実のところ、日々、車同士は排出ガスの届く距離で会話している。本作語り手デミオの持ち主・望月家は、母兄姉弟の四人家族(ただし一番大人なのは弟)。兄・良夫がある女性を愛車デミオに乗せた日から物語は始まる。強面の芸能記者。不倫の噂。脅迫と、いじめの影―?大小の謎に、仲良し望月ファミリーは巻き込まれて、さあ大変。凸凹コンビの望月兄弟が巻き込まれたのは元女優とパパラッチの追走事故でした―。謎がひしめく会心の長編ミステリーにして幸福感の結晶たる、チャーミングな家族小説。

母・郁子、人の好い長男で大学生の良夫、高校生で難しい年頃の長女はるか、小学生らしからぬ頭脳明晰で口も達者な次男・亨。
そんな望月家が偶然有名女優を車に乗せたことをきっかけに巻き込まれたトラブルを愛車・緑デミオの視点で綴られる物語です。
名家出身ながら何人かの男性と浮名を流した彼女は記者に追われて逃走中にトンネル内で浮気相手と共ども壁に追突して死亡してしまいます。
それはまるでダイアナ妃を思わせる最期。
死の直前に彼女を乗せたことにより、良夫と亨は記者の取材を受けます。
その際に事故の詳細について可能なかぎり聞き出すのですが、どこか釈然としない点があって・・・。

物語は望月家の人たちをメインとしつつも、車が主であることが大きな特徴ですね。
望月家の隣に住む校長の長年の愛車カローラGT”ザッパ”と緑デミオの会話を始め、配達担当のトラック、はるかの彼氏の車、よく行くファミレスの従業員の車、停めた駐車場はもちろんこと、走行中でも車たちは会話しています。
名の知れた国産車はもちろんのこと、外車やすれ違った緊急車両、それに遮断機の降りた踏切では貨物車両とも言葉を交わします。
どうやら彼ら車両の間ではタイヤの多さが重要であり、電車は尊敬を集めますが、自転車やバイクはタイヤが少ないから言葉が通じない=下に見ている模様。
それに車ならではの言い回しが面白かったです。足ならぬタイヤが地に付かないなど。
もっとも、基本的に運転手に身を委ねているため、盗難にあった時や交通法規無視のような意にそぐわない運転への抗議の声は伝わらず。さらに車を降りてしまって重要な話が聞けないといったもどかしさはありました。車だから仕方ないですけどね。

女優の事故死、はるかの彼氏が巻き込まれた厄介ごと、ATM盗難事件、亨および友人にちょっかいをかけてくる意地悪なクラスメイト……など一見関係ないような別々の出来事がラストに向かって関連付けられながら収束していく流れは見事でした。
人と比べて寿命が短い車ですが、人並みに感情を持ち、運転手に愛着を感じていたり、乗り換える際にその人物のエピソードを知識と引き継いでいくという設定も良かったです。
それでいて、人間並みに法螺を吹いたり、口喧嘩することもあって妙に人間臭いですね。
エピローグはおよそ10年後の望月家。心憎い演出を加えて、きれいにまとまっていて良かったです。