- 作者: 篠田節子
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2016/09/07
- メディア: 文庫
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内容紹介
サラダ工場のパートタイマー、野菜生産者、学校給食の栄養士は何を見たのか?
会社の不祥事で故郷に逃げ帰ってきた元広告塔・栄実、
どん詰まりの地元農業に反旗を翻した野菜生産者・剛、
玉の輿結婚にやぶれ栄養士の仕事に情熱を傾ける聖子。
真夜中のサラダ工場で、最先端のハイテク農場で、閉塞感漂う給食現場で、彼らはどう戦っていくのか。
食い詰めて就職した地元のサラダ工場で、栄実は外国人従業員たちが次々に体調不良に見舞われるのを見る。
やがて彼女自身も……。
その頃、最先端技術を誇るはずの剛のハイテク農場でも、想定外のトラブルが頻発する。複雑な生態系下で迷走するハイテクノロジー。
食と環境の崩壊連鎖をあぶりだす、渾身の大型長編サスペンス。
農家の跡取りで大学で農学を学んできた剛でしたが、遺産相続のごたごたで土地が分割されてしまい、わずかに残った農地で旧来の農業から脱却した、まったく新しい方法を取り入れようとしていました。
それは地元の後藤ガラスの子会社・後藤アグリカルチャーによる最先端のハイテク農業。
密閉された内部ではコンピュータ制御により人工光と養液で野菜を作っていく。まったく自然に頼らず人間の勘や目分量などは介在しないものでした。
そこでは剛の存在はオーナーでありながら、作業は決められた手順で行われており、自身の農場であっても裁量権はなく、せいぜい監視くらいしかなかったのです。
しかし、まったく新しいハイテク農場では、予期しない機器トラブルが相次いで・・・。
一時期マスコミに取り上げられ持て囃された金融会社の美人広報としてメディアに露出していた栄実ですが、社長が脱税やインサイダー取引によって逮捕されると一転してマスコミから叩かれ、職を失い故郷に戻ります。
しかし、実名で報道されていたことからまともな会社には就けず、生活のために後藤アグリカルチャー傘下のサラダ工場・ニュートリションの生産ラインで働くパートに応募しました。
そこでは研修生として来日してきた外国人女性が24時間体制で働いており、英語ができて面倒見がいい栄実は日本人管理職と外国人との橋渡し的な役割を果たすようになっていくのでした。
日本人ではほとんど見向きもしない低賃金で過酷な労働環境ではあっても、来日外国人たちからすれば地元とはくらべものにならないほど稼げる。バイタリティに溢れた外国人女性たちと日本人としての認識のあまりの違いに戸惑いつつ、同情してついお節介を焼いてしまう栄実。
しかし、工場で加工された食品を三食摂っていた外国人女性の中に体調不良になる者が増えていきます。
それは過酷な労働環境のせいなのか、それとも殺菌消毒に使われる薬品のせいなのか、栄実は疑問を抱くようになるのでした。
この二人を軸に同窓会を機に久しぶりに再会した聖子が加わります。
医者に嫁いで玉の輿といえる結婚を果たしたものの、専門学校卒の彼女は有名私大卒ばかりの奥様グループに馴染めずに結婚生活まで破綻。地元に戻った後は一念発起して資格を取り、学校の栄養教諭として熱心に働いていました。
最初は高級カフェ向けだったニュートリションの野菜は地元企業による地産地消の名目で学校給食にまで提供されるようになります。
中盤あたりから聖子が加わったことにより、作る側の二人の疑念だけでなく、影響を受けやすい子供を見る栄養士の観点から異様なアレルギー反応や食中毒といった症状が次々と明らかになり、旧来の農法より安全安心だと喧伝されるニュートリションの野菜になにが起こっているのかを三人がそれぞれの立場で探っていくわけです。
私が子供の頃と比べて、今では重度の食物アレルギーを持つ子供が増えて、その辛さは身近に感じていることもあり、作品の中では今までなんともなかったものを食べていきなりアレルギー反応が出て病院に搬送される場面はやけに恐ろしく感じましたね。
特に機器の故障がきっかけとなって、ハイテク農場から出荷された野菜に発がん性物質が含まれていた(もともとは無害な原材料がたまたまある条件で組み合わさって反応したため)ことなど読み手としてはまったく新しい製法で加工されていく野菜の異常さは充分感じられました。
とはいえ、個人が企業の問題を追究する困難があり、伝手を辿ってマスコミやインターネットを駆使するも敗北してしまうところに現実の厳しさを見るしかありません。そこは単なるエンターテイメントとは違いますね。
過去の有名な公害病にしても、多くの被害者が涙を飲みつつ時間かかって公けにされてきたのだろうと想像できます。
後藤アグリカルチャーの今森社長による旧来の農業(重労働で画一的生産で自然災害に左右されやすい上に産業としての魅力に乏しい結果、後継者不足で補助金漬け)を一掃した全く新しい未来型農法(コンピュータによる完全管理で自然に左右されない閉鎖環境のハイテク工場)の理想もわかるのですが、軌道に乗せるまでに問題をうやむやにしすぎてしまったのが破綻の原因らしいです。
はっきりした原因がわからず、もやもやした状態が長かったので、読み終えてすっきりした感じはあまりしませんでした。
結局は提供する側のモラルに関わる問題であり、それはなかなか難しい課題でありますね。
口にするものだけに関心を惹きやすいが、単なるイメージで判断されやすく、風評による影響が大きいのが食べ物に関わる産業です。
本当に何が良くて何が悪いのか突き詰めようとしてもはっきりした答えが出そうにありません。
結局は自然の摂理に逆らって(あるいは外れて)行うことはどこまでも慎重さが必要だということなのかと思いましたね。