- 作者: 浅倉卓弥
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2004/01/01
- メディア: 文庫
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内容(「BOOK」データベースより)
第1回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞金賞受賞作として、「描写力抜群、正統派の魅力」「新人離れしたうまさが光る!」「張り巡らされた伏線がラストで感動へと結実する」「ここ十年の新人賞ベスト1」と絶賛された感涙のベストセラーを待望の文庫化。脳に障害を負った少女とピアニストの道を閉ざされた青年が山奥の診療所で遭遇する不思議な出来事を、最高の筆致で描く癒しと再生のファンタジー。
主人公は幼き頃からピアノ一筋に打ち込み、天才の名をほしいままにしていた如月敬輔。
しかし留学先のオーストリアにて強盗に襲われた同胞の少女を庇った際に、左手の小指を撃たれてしまい、ピアニストとしての夢を絶たれてしまいます。
その時の事件で両親を失い、しかも知的障碍者である少女・楠本千織を誰も引き取ろうとはせず、行きがかり上、敬輔が連れて帰国せざるを得なくなります。
事件の影響もあってか、極度の人見知りをする千織が唯一慕うのは敬輔のみ。
養子として一緒に暮らす中で千織にはメロディを完全に記憶する才能があることがわかり、弾く意欲を無くした自分の代わりにピアノを教えることになります。
引き取って8年が経つも学校には馴染めず、日常的な生活にも介助の手が必要な千織でしたが、サヴァン症候群の特徴としていくつもの曲を完璧に覚えていくことに対して敬輔は複雑な思いを抱くも、彼女を社会に馴染ませるために福祉施設への演奏の旅に出るようになるのでした。
ある日、僻地の脳科学研究所の療養センターを訪れたところで出迎えた職員が高校の後輩だった岩村真理子。*1
いつも人見知りする千織が不思議と真理子には打ち解けて、演奏が終わった後も居心地の良さから滞在を延ばすことにしたのですが、二人が散歩に出た際に雷雨に打たれたヘリコプターの墜落事故に巻き込まれて怪我を負ってしまうのです。
『君の名残を』で知った著者でしたが、久しぶりにその著作を目にしました。
本作は2005年に映画にもなっていたのですね。
ここでいう奇跡とは、意識を失った千織が目覚めた時、彼女を庇って瀕死の重傷を負ったはずの真理子の意識が乗り移ってしまったこと。
それまで単語の羅列しか発せなかった千織が流暢に喋りだしたり、大人の女性なみに振る舞いだした様子を見て敬輔は確信します。これは千織ではないと。
自分自身の体が瀕死の状態にあるにも関わらず、健康な少女のもとで意識ははっきりしているが不思議なお告げによると四日間しかいられない。そして敬輔はともかく他人に信じてもらえるとは思えない。
異常な状況に陥った真理子の苦悩がよく伝わってきます。
本作のヒロインは千織ですが、辛い過去を乗り越えて療養センターの裏方として懸命に働き、多くの職員患者から慕われる真理子も非常に重要な役どころだと言えましょう。
主人公の敬輔についても、千織の保護者としてあまり世間に関わってこなかったけど、療養センターでの濃密な体験(そこで出会った人々との関わり)によって至らぬ点を受け入れて変わろうとするところが良かったです。
医学的な専門用語はともかく、説明的な台詞が長いので途中まではあまり良いテンポでは無かったです。
まぁ感動・感涙とまではいかないけど、奇跡による救いを描いた内容としては上質と言っていいんじゃないでしょうか。
特に最後に深夜の礼拝堂にて「月光」を演奏するところでは、ピアノのことをよく知らなくても映像が目に浮かぶような幻想的で素晴らしいシーンでありました。
敬輔と千織の今後の関係など気になる部分を残しつつも心地よい余韻で幕を閉じましたね。
*1:真理子にとって敬輔は初恋の相手だったが、敬輔の方は覚えていなかった