祖父と従姉妹とともに火事に遭い、全身大火傷の大怪我を負いながらも、ピアニストになることを誓う遥。コンクール優勝を目指して猛レッスンに励むが、不吉な出来事が次々と起こり、ついに殺人事件まで発生する……。ドビュッシーの調べも美しい、第8回『このミス』大賞大賞受賞作。
私が筆者の作品を知ったのは『連続殺人鬼カエル男』が最初。その後、御子柴礼司シリーズやヒポクラテスの誓いシリーズ、それに東日本大震災関連など、数々の作品を読んできました。
本作は第8回このミステリーがすごい!大賞の受賞作であり、著者の出世作とも言えるのですが、実は『連続殺人鬼カエル男』とダブルノミネートだったらしいですね。
ドビュッシーとは19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの作曲家であり、日本でも『2つのアラベスク』がピアノ練習曲として有名らしいです。門外漢の私は名前を聞いたことくらいでしたが。
今さらながら読んでみようかなと思った次第です。
主人公はピアニストを目指す高校生の香月遥。香月家は広い土地を持ち祖父の才覚もあって裕福な家でした。銀行勤めの父が長男、その下に弟と妹(主人公にとって叔父叔母)。同居の叔父は夢を追いかけて定職に就かない(会話からして漫画かイラスト関係)ものの、堅物の父親と違って面白い性格なので主人公は仲良くしていました。
叔母は結婚してインドネシア在住だったのですが、現地を襲った大地震と津波によって夫婦揃って亡くなり、一人娘のルシアだけが実家に居て難を逃れ、そのまま世話になっていたという状況です。
遥は両親を亡くしたルシアに気を遣いながら姉妹のように暮らしていたのですが、ある夜に凶事を一家を襲います。
祖父の趣味であるプラモデルの塗料の不始末がきっかけで出火。一番近くにいた祖父はもちろん、次いで近かったルシアも火に巻き込まれてしまいます。目が覚めた遥は二人を救うことも逃げることも叶わず、気を失います。次に起きた時は病院のベッド。
遥は一命をとりとめたものの、全身火傷を負う重傷であり、皮膚のかなりの面積を移植することで生き永らえたという状況。そんな中では意識を取り戻しても感覚はすぐ戻らない絶望的な心境がよく伝わってきます。
読んでいる方ですら、唐突な火事のシーンは夢じゃなかったのかと思ったくらいですが、麻酔の切れた遥が激痛に苦しむ様子がやけにリアルに感じました。しかし、それは序章に過ぎなかったのです。
辛いリハビリの果てに退院した遥は自宅に戻るのと同時に合格していた高校に進みます。普通の学校ならまだ良かったのですが、遥はピアノ科に特待生として入学した立場。当然、学校が求めるような演奏ができないと特待生どころか、学校生活すら危うい。体の大部分を皮膚移植して歩くのは松葉杖を使い、日々の生活には介護が必要な遥には以前のようにピアノを弾くなんて無理ではと思えます。学校では奇異に見られるし、陰口を叩かれる。いつ心が折れてしまうのではないかと心配になるほどです。
そんな遥が出会ったのがピアニストの岬洋介。彼の教えによって人生が劇的に変わっていくのでした。
天才と称された岬洋介ですが、実は片耳が難聴でした。*1 洋介もまたいつ聞こえなくなるかという恐怖を抱えながら素晴らしい演奏を披露していた。
始めは少しの時間しか動かせなかった指が練習を重ねていくうちに少しずつ稼働時間が増えていき、短い曲なら弾くまでに至ります。周囲が驚くほどの回復を見せてレッスンに励む遥ですが、何度も挫けそうになります。
というのも、不審な出来事が続いていたから。階段の滑り止めが剥がされていたり、道端で押されるなど。身近な者に狙われている気配があります。
狙われる理由は簡単に推測できて、それは祖父の遺産。遺言によって孫娘である遥には法定配分より多くなっていたのもあります。*2
さらに不幸が襲いかかり、母親が神社の階段から滑落死。何者かによって突き落とされた可能性が高いとなり、香月家の遺産分配者を狙っている恐れを抱きます。
一方、遥は学校からの要請でピアノコンクールに参加することになったのですが、これでもかと試練が襲いかかる状況で挑戦できるのか。
クラッシックやピアノに詳しくなくても関係ないくらい読ませる内容であり、先の展開が気になって仕方なくて、貪るように読んでしまいました。コンクールの決勝がまさにクライマックス。最後までハラハラし通しでした。
さらにいえば、最後にどんでん返しが待っています。このトリックは主人公のささやかな癖から違和感を抱かないと見抜けないわけで、たいていの人は気づかないでしょう。
私は『連続殺人鬼カエル男』で衝撃を受けて著者の作品を読むようなりましたが、もし本作であっても同じ結果になったと言えるくらい傑作であったと思いますね。
25万部突破『さよならドビュッシー』のエピソード・ゼロ! 車イスの玄太郎おじいちゃん&介護士・みち子さんコンビが大暴れ! 玄太郎は下半身が不自由で「要介護」認定を受けている老人だが、頭の回転が早く、口が達者な不動産会社の社長。ある日、彼の分譲した土地で建築中の家の中(密室状態)から死体が発見された。お上や権威が大嫌いな玄太郎は、みち子を巻き込んで犯人捜しに乗り出す! ほか、リハビリ施設での怪事件や老人ばかりを狙う連続通り魔事件、銀行強盗犯との攻防、国会議員の毒殺事件など、5つの難事件に挑む!
『さよならドビュッシー』において早い段階で亡くなってしまうものの、強烈な印象を与えたのが主人公・香月遥の祖父である玄太郎。愛知県本山にある「お屋敷町」と呼ばれる高級住宅地に建つ香月家の当主であり、自身が立ちあげた会社・香月地所の社長。
彼を主人公にして、身の回りで起こった難事件の解決簿としたのが本作です。
・要介護探偵の冒険
売り出し予定の建売住宅で男性の遺体が発見されるも、中から鍵がかかった状態。いわゆる密室殺人事件。多額の保険金をかけた妻が重要参考人として連行されるも、警察の捜査では密室の謎は解けない。このままでは事故物件として売り物にならなくと判断した玄太郎は独自に捜査を開始する。
・要介護探偵の生還
玄太郎が脳梗塞で倒れて手術は成功したものの、言語障害と下半身麻痺が残り車椅子生活を送ることに。その後、介護員としてみち子が派遣されてくる。
リハビリとして通うようになった施設には同じように足が不自由で息子夫婦と共に懸命なリハビリに励む同年配の老人がいたのだが…。
本編で玄太郎がプラモデル製作の趣味に目覚めるきっかけでもあります。
・要介護探偵の快走
車椅子といっても様々な種類があり、新しく作られた車椅子を手に入れてご機嫌の玄太郎。その頃、近所の老人が襲われる事件が続けざまに発生。警察の捜査が進まない様子を見た玄太郎はしびれをきたして賞金100万円を懸けた車椅子レースをやると言い出す。そこで犯人をおびき出すつもりらしい。
・要介護探偵の四つの署名
玄太郎とみち子が取引のある銀行に行くと、今日は計画停電で14時閉店だという。閉店時間となり、シャッターが下りようとしていた時、4人の男たちが滑り込んできた。彼らは銀行強盗で、地下に隠された金庫から金ののべ棒を盗む目的。停電で電磁ロックが外れる瞬間を狙っていたのであった。
・要介護探偵最後の挨拶
玄太郎が後援会長を務める国民党副幹事長の宗野から、国民党愛知県連代表の金丸公望が誰かに毒を盛られて死亡したと聞かされる。公望は「ベートーベン交響曲第7番」の海賊版のレコードを再生中にリクライニング・チェアの上で悶絶死したという。死因は青酸カリを摂取したためと判明したが、彼は帰宅してからは何も口にしておらず摂取経路がわからないと首をひねっている状態であった。
『さよならドビュッシー』の前日譚となっています。岬洋介が玄太郎が所有するアパートの入居者として登場する他、家族との絡みも描かれています。
内容的には『さよならドビュッシー』を読んだ人向けなのですが、扱われる事件がいずれも癖があって、ミステリ単体としても楽しめる内容ですね。なにより玄太郎のキャラクター性が強烈です。今となっては天然記念物並みとなってしまった近所のやかましい老人そのものですが、筋が通っていて器が広く、口は出すが金も出すのでまったく不快ではありません。警察始め保身しか考えていない者たちがやりこめられていくのが気持ちいい。
何かというとハラスメントで訴えられてしまい、当たり前のことすら言えなくなっている現代社会へのアンチテーゼとも言える存在ですね。

