高嶋哲夫 『首都感染』

二〇××年、中国でサッカー・ワールドカップが開催された。しかし、スタジアムから遠く離れた雲南省で致死率六〇%の強毒性インフルエンザが出現! 中国当局の封じ込めも破綻し、恐怖のウイルスがついに日本へと向かった。検疫が破られ都内にも患者が発生。生き残りを賭け、空前絶後の“東京封鎖”作戦が始まった。

中国の奥地で新型のウイルスが発生。それは全身が鬱血し、血まみれとなって死に至る、致死率60%の恐ろしい強毒性インフルエンザ。
しかもその時中国ではサッカー・ワールドカップが開催されていて、世界中から観光客が押し寄せていました。
中国の首脳は新型ウイルスによって次々と死者が出て、僻地の村が全滅するほどの被害を受けていることを把握していましたが、国の代表が決勝トーナメントを勝ち進んでいたこともあり、面子を守るために軍を派遣して秘匿します。
しかし、観光客が出国する頃には感染が世界中に広まっていくのでした。

都内の黒木総合病院に勤める医師の瀬戸崎優司は元WHOの職員であり、途上国でパンデミックを封じ込めるために辣腕を振るってきました。
しかし彼自身は幼い娘を病死させてしまい、それをきっかけに妻とも離婚したという悲しい過去を抱えていました。

もはや新型インフルエンザが抑えきれなくなった時点でようやく中国当局でも声明を発表し、ワールドカップの決勝戦は中止されました。
しかしその頃には東京でも中国からの帰国便で感染者が発生。
国内感染を防ぐために空港での隔離を行います。
紆余曲折の末に国の対策チームに迎え入れられた優司は徹底した隔離によって感染拡大を防ごうとします。
完璧に見えた封じ込めですが、すり抜けは起こるもので、都内数か所で感染者が発生してしまいます。
空港封鎖や隔離した時は内外から非難されていましたが、他国と比べたら少ない感染者数で済んでいた日本。
しかし、手をこまねいていたら、感染者数はうなぎ上りとなるのは確実。
内閣でも激しく議論がありましたが、瀬戸崎首相*1の決断によって最終的に都内封鎖を決断するのでした。

この小説は2010年代初めに書かれたものですが、まさに2020年より始まった新型コロナによるパンデミックを予期していたかのような内容で驚きましたね。
過去にあったパンデミックとしてスペイン風邪が出ていますが、当時(1918~1920年)と比べるとはるかに交通手段が発達しているため、感染拡大のスピードも違います。平時の対応では感染を抑えきれないでしょう。
致死率60%の恐ろしい強毒性インフルエンザだと設定されているために当然パニックが起こるのですが、それでも「自分は罹らない」と他人事のように行動する人も一定数いて知らず知らずのうちにうつしていることに気づかない。
経済活動はもちろん停滞し、毎日大勢の患者が病院に担ぎ込まれて医療体制は逼迫。医療が充分ではない途上国では暴動にまで発展。
まさに現実に起きているコロナ禍に酷似していました。

作中では東京から感染拡大を防ぐため、首都封鎖を決断します。事前通告無し。自衛隊と警察を使い、一切の例外を認めない厳しい封鎖です。
現実には国会の承認を得ず、閣議決定だけで首相がこれほどの独断を実行できるものじゃないでしょう。そこだけはフィクションならではと思いましたが、高い感染力と致死率を誇るウイルス相手にはこのくらいしなければ国は守れなかったと思えます。
なにせ日本以外では全人口の半数以上が感染して、2割以上が死亡するほどの猛威を振るっていました。
結果的に秘密裏に開発されたワクチンと治療薬が尋常ではありえないスピードで承認・量産されて収束に向かいます。
そこがちょっとだけご都合主義っぽかったですし、新型コロナを知らなければ単なるパニックものとして読んでいたことでしょう。
しかし、現実に新型コロナウイルスが世界中で流行しているわけで、過酷な医療の現場やウイルスに翻弄される市井の人々の苦しみがひしひしと伝わってくる内容でした。

*1:首相は優司の実の父であり、厚労相は元妻の父で優司の理解者。