加納新太・新海誠『君の名は。 Another Side Earthbound』 / 葉月奏太『君の縄。』

先月末にレンタルで借りた『君の名は。』が素晴らしかったことを記事を書きました。
http://goldwell.hatenablog.com/entry/2020/05/31/131801
2回観ただけに飽き足らず公式の外伝というべき文庫を買ったのですが、流行当時ネタとしては知っていた”君の縄”をそのままタイトルにしてしまった官能小説をamazonで見つけて意外に評価が高いことでつい勢いで買ってしまいました。
ということで、中身は関連ないけど2作品続けての感想です。



君の名は。 Another Side Earthbound』

概ね、映画本編では短く略されていた場面を補完する内容となっています。まさに『君の名は。』の世界をより楽しみたい人向け。

第一話 ブラジャーに関する一考察
宮水三葉の身体に入れ替わってしまった立花瀧視点の話。
おそらく1,2回は入れ替わりを経験し、夢ではなく現実と認識した時点。
映画では真っ先に胸を揉み、鏡を見て驚く場面が印象的であったけれど、実際に異性の身体に入れ替わった本人からすると、話す言葉から身体の動かし方から服装髪型まで、何一つ取ってもいろいろと大変だよねってことが細かく書かれています。
そこから新たな禁止事項「マイケル禁止」*1とか、イケてる(と本人たちは思っているけど瀧からすれば全然垢ぬけていない)3人へ言い返したこと。
本編でもあったノーブラ・バスケの後、仕方なくブラジャーを苦労して装着する(ちゃんとホックが付けられてなくて、早耶香に直される)。
入れ替わり時のギャップで周囲の目が変わったことで、瀧は三葉の人となりについてまで考える。
そんなエピソードの一つ一つが映画前半の重要な要素である入れ替わりを細かく補足してくれて、同じ男性目線として納得がいったし、とても楽しかったです。

第二話 スクラップ・アンド・ビルド
宮水三葉名取早耶香の幼馴染である勅使河原克彦が主人公。
彼は地元に根付いた土建屋・勅使河原建設の長男であり、跡を継ぐことが確実。
こんな狭くて濃い町から飛び出したいと言い切る三葉・早耶香にもやもやすることもあるけど、決定づけられた将来に納得していない描写がありましたね。
さらに父親が現職町長と癒着している様をむざむざと見せつけられたら、潔癖症ではなくても若い克彦にはたまらなく感じてしまう。
それでも地元である糸守町が好きだから、なんとかしたいと思うが、どうすればいいのかわからない。
そこで刺激を与えてくれたのが克彦曰く”狐憑きモード”(瀧に入れ替わった)の三葉。
映画本編ではたった数秒しか映らかなったバス停のオープンカフェ作りを通じて、克彦と三葉の中の瀧がわかり合えたところが良かったですね。
それゆえに本編ラスト後にもしも克彦と瀧が出会うことができたら気が合うんじゃないかと思えるのでした。

第三話 アースバウンド
三葉の妹・四葉の視点。
本編でもわざわざ姉を起こしにきたり食事の支度をしたり。小学生4年という設定の割にはかなりしっかり者の四葉からすると、素の三葉は「うすらおかしい」という印象なのが面白い。
さらに入れ替わってからは拍車がかかって「ヤバイ」ところを身近で目撃してしまったのだからもう大変。まぁ、中身は男なんだから仕方ないのだけど(笑)
近頃の変化や独り言から、姉に彼氏ができたと早合点した挙句、地元の事情的に同級生や大学生ではなく、単身赴任のおっさんだと勘違いするあたりがユーモラスです。
そりゃまぁ、一番身近で見ているのだから、その豹変ぶりに悩むのも仕方ないでしょう。
それとわりと重要なのが、四葉が出来心で自分の口噛み酒を飲んでトリップしたところですね。
1000年以上昔から代々糸守の地を収めてきた宮水の一端が描かれていたのが良かったです。

第四話 あなたが結んだもの
彗星の欠片が糸守に落ちて500人もの死亡者を出す大惨事の前に町民を避難させようと詰め寄る(瀧入り)三葉と対面後の俊樹の追憶から始まります。
彼が大学の民俗学者であった時期に宮水神社に訪れて、二葉と出会うのですが、その時の二葉の言葉が運命的でいいですね。
本編では口噛み酒トリップした瀧が三葉の記憶でしか描かれなかった父・俊樹と母・二葉ですが、こちらは俊樹がいかに家族を大切に想っていたかがわかり、映画とはがらりと印象が変わります。
宮水の血筋の中でも特に神がかっていた二葉が病院の治療を拒否し、「あるべきようになるから」「これが別れではないから」といった言葉を遺して死なねばならなかったのか。妻を亡くした俊樹が決意を心に秘め、家を出ていく形で町長になったのか。
さらに映画本編の大きな謎でもある、最初は(入れ替わりの)三葉の言葉を信じなかった俊樹がなぜ避難指示を出したのかの答えとなります。
映画の中ではハラハラさせられた土壇場でしたが、俊樹の胸中がまことに納得のいく形で描かれていますね。
最後が特に映画本編を補完している内容であるなぁと思うのでした。
個人的にはラストの後もいろいろと妄想が捗るものですが、そのあたりは二次創作で補うのでよしとすべきでしょうね。




『君の縄。』

君の縄。 (二見文庫)

君の縄。 (二見文庫)

友成純一を始めとするエログロ・バイオレンス小説や官能小説ばりに濡れ場の多い現代or時代小説も数多く読んできました。比較的最近では冲方丁『破蕾』鎌田敏夫『里見八犬伝(上・下)』あたりですね。
そんな私ですが、官能小説だとわかっていて読んだのはずいぶん久しぶりな気がします。
タイトルの読みが『君の名は。』と被っていますが、中身はまったく別ものです。

主人公は新入社員である三山志郎。
先輩女性社員(美由紀)や課長によるパワハラじみた言動。それに得意先の厳しい女社長(麗華)に気を使う日々を送っています。
それが、ある日を境に態度が激変します。
それどころか、美由紀と麗華が志郎に優しくなるのを通り越して迫ってくることに。
志郎本人は近所の幼馴染である夏美に想いを寄せているのに、奥手なので何もできず、美由紀・麗華に迫られるままに童貞を卒業して身体の関係になっていく展開です。
ここまでは主人公が都合よくモテたんだなと思うだけですが、ある日突然、前のような厳しい態度に戻ってしまっている。あれほど熱く交し合ったことなど無かったかのように。
その理由と幼馴染との関係が気になる流れですね。

わかってみれば、さほど捻りがあるわけではないですが、それでもエロティックなだけでなくストーリーも楽しめました。
タイトルの縄については最後の方に登場します。
確かに縄は縄だな、と苦笑いしました。
最後はハッピーエンドとなりましたが、モテモテになる引き換えのデメリットが怖いですね。
でも、いざ自分が体験したら、ほどほどのところで戻ってこれるか自信ないです。

*1:掃除当番の時に身体を慣らす目的でマイケル・ジャクソンの『スムーズ・クリミナル』を踊っていたところを後輩に目撃された。