貫井徳郎 『灰色の虹』

灰色の虹 (新潮文庫)

灰色の虹 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

身に覚えのない殺人の罪。それが江木雅史から仕事も家族も日常も奪い去った。理不尽な運命、灰色に塗り込められた人生。彼は復讐を決意した。ほかに道はなかった。強引に自白を迫る刑事、怜悧冷徹な検事、不誠実だった弁護士。七年前、冤罪を作り出した者たちが次々に殺されていく。ひとりの刑事が被害者たちを繋ぐ、そのリンクを見出した。しかし江木の行方は杳として知れなかった…。彼が求めたものは何か。次に狙われるのは誰か。あまりに悲しく予想外の結末が待つ長編ミステリー。

たまたま折り合いの悪い上司の暴言*1に我慢しきれず胸倉を掴んでしまった。
極めてタイミングの悪いことにその夜、上司は殺されて、たまたま自分は夜釣りに出かけてアリバイもなし。
そして、密室と化した取調室での長時間に渡る理不尽で執拗な自白強要。
耐えきれずに自白したら、状況証拠だけで有罪コース。
容疑者として逮捕されたら、裁判を待つまでもなく犯罪者扱いされて家族も仕事も失う。
主人公である江木雅史は冤罪を着せられた中、弁護士はまったく頼りにならず、味方と言えるのは家族と恋人だけ。
やってもいない罪をいかにもそれらしく仕立てられて、抗弁も叶わず実刑が確定してしまいます。
最後まで雅史の無罪を信じてきっていたのは母親だけで、父は精神を病んで自殺。
身内に殺人犯が出たことで婚約破棄された姉は雅史を憎しみながら家を出ていき、長らく支えてくれた恋人も月日と共に離れてしまいました。

出所した雅史は唯一の味方である母がアパートでひっそりと暮らしているのを見てしのびなくなり、死を決意するも止められて。
やがて、彼は決意します。これから為すべきこと。それは自分を陥れた者たちへの復讐でした。


ただ気が弱かっただけの一般市民である雅史がいかにして冤罪への道を辿り、深い絶望を味わったか。その一方で事件に関わって、殺されていった者たちの日常。
それぞれ視点を変えながら綴られる重いストーリーです。
復讐対象となった人物のデテールが想像以上に深いのが特徴的でしたね。
そこから感じたのは、刑事・検察官・弁護士は特別悪人でもないし、大きな悪意を持っていたわけではありません。日常のルーチンをこなしていただけ。
ただし、それは雅史にとっては自らを押しつぶす壁となってしまったということなのでしょう。
冒頭の雅史の述懐にあったように、一番最初に殺された刑事は冤罪の引き金を引いたことで重大な責任があるのは確か。
次に許されないように思えたのは雅史にとっては弁護士もしくは検事かもしれませんが、個人的には目撃者でしたね。
彼が自分から目撃したと言い出さなければ罪が確定するかどうかわからなかったし、その理由が平穏で恵まれた生活に刺激が欲しかったというのですから呆れます。
まして、自分がやらかしたことの重さを理解せずに我が身可愛さの発言にイラっとさせられました。
その分、もう一人の主人公ともいうべき山名刑事が執念の調査で雅史の冤罪を確信して、代弁してくれましたが。

重い罪を犯した者が刑に服して償うのは当たり前だと思う一方、冤罪を着せられた者が一度逮捕されてから出所するまでに救済されることはなかなか難しいことがわかります。
突如として人生を灰色に塗りつぶされていった雅史の心情が情け容赦ないほどに伝わってきます。
最後に救いがない代わりにかつて虹色に輝いていた日々が一コマがあまりに切なく感じられました。

*1:それも自身ではなく会社内の恋人を貶める内容だった