沢木まひろ 『二十歳の君がいた世界』

二十歳の君がいた世界 (宝島社文庫)

二十歳の君がいた世界 (宝島社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

夫を病気で亡くした五十歳の専業主婦・清海は、満月の夜に遭遇した転落事故によって突然、三十年前のバブルに沸く一九八六年の渋谷にタイムスリップしてしまった。そこは清海のいた世界とよく似た別の渋谷。清海はそこで、失踪した叔父や、若き夫、さらには二十歳の自分と出会う。ある殺人事件の謎を解くことで、清海は元の世界に戻ろうとするが、思いもよらない真相が明らかになり…。

本作が珍しいなと思ったのは、50歳の女性が意識だけ若い頃に戻る(いわゆるタイムリープともいう)ではなく、その状態のままでタイムスリップしてしまったという展開です。
満月の夜、突然、頭上からの落下物によって気を失った清海は元いた代々木公園にいること、財布や携帯電話を含めて荷物の一切合切を失ったことに気づきます。
仕方なく、自宅までの交通費を借りようと渋谷駅近くの交番まで歩くのですが、そこで自分は30年の時を遡って1986年にいることを悟ったのでした。
眉の形から髪型、ファッションまで。30年の差は大きくて、まるで異邦人のようにジロジロ見られるのも仕方ないかもしれませんね。
ともかく、一文無しとなった清海は自宅に帰るために交番で千円(旧札)を借りることができたものの、様変わりした渋谷の風景に興味をそそられて街を見学しに行きます。
そこで目にしたのは、21世紀ではカフェ・チェーンに押されて姿を消していった、ごく普通の喫茶店。その店内には若き叔父の姿が。
出生の関係もあって親との折り合いが悪かった清海にとって、何かと相談相手になったり、頼れる存在であった叔父は失踪して行方不明となっていたのです。
清海の知る歴史とは違っているものの、懐かしさを感じて誘われるように中に入ってしまうのでした。
作中で清海は叔父にタイムスリップしてきたことを正直に話し、本人でしか答えられない秘密を明かしたことでなんとか信じてもらえます。
そのまま、叔父の大学時代の同級生*1になりすまし、喫茶店での住み込みの仕事をすることになります。次の満月の夜に帰還できることを期待して。
茶店で働いているうちにやってくるのは客ばかりでなく、当時20歳であった清海もいて、あまりの自由っぷりに呆れたり。
さらにアルバイトとして雇った大学生が亡き夫であることがわかり、清海は心穏やかではいられなくなってしまうのでした。


過去に戻れるならば戻りたい。
そう願う人は多いんじゃないでしょうか。
しかし、それは最初からわかっていればの話であり、前触れもなく所持品無し・一文無しでタイムスリップしてしまったら、誰もが途方に暮れるものですよね。
しかも、過去の自分に戻れるならいいけど、現在の年齢のままでは本名を言っても信用してもらえません。健康保険も使えない身元不明者のまま。
その点、清海は早々に叔父を見つけることができただけでなく、叔父に信用してもらえてラッキーでした。もっとも、叔父にも深い事情があって、それが清海のとってずっと知りたかった謎の解明に繋がるのですが。
それはともかく、30年という時代の違いは大きいものです。
ほとんど渋谷の喫茶店から離れないので限定的ではあったものの、バブルに浮かれた時代の情景が伺えて、懐かしさを覚えましたね。
なお、50歳の清海が20歳の自分自身の言動を見て、恥ずかしがるところに非常に共感しました。
若い頃の自分を客観的に見たら、きっと同じように思うのだろうなぁと。
また、過去といってもまったく同じではなく、微妙にずれがあって、パラレルワールドの扱いとなっています。*2
そこに50歳の清海が入って、まだ20歳であった夫や清海、まだ年下の母や叔父と接することによって彼らの未来が変わってゆくのが醍醐味といえましょう。
まぁ、読んでいて先の予想がつくストーリーではありますね。劇的な展開はないけど、最後まで安定して読めた作品でした。

*1:実際は清海の方が年上なので、浪人していたことにした。

*2:同じ時間に同一人物の存在が許されているのもそのためか。