冲方丁 『戦の国』

戦の国

戦の国

内容(「BOOK」データベースより)

『戦国』―日ノ本が造られた激動の55年を、織田信長上杉謙信明智光秀大谷吉継小早川秀秋豊臣秀頼ら六傑の視点から描く、かつてない連作歴史長編。

織田信長から始まり、豊臣秀頼に終わる戦国時代の人物を取り上げた短編集。
実は全て講談社の『決戦!』シリーズに収録されているため、私自身は半分くらい読んでいたことがありました。
そういうわけで、戦国時代に興味を持つ人ならば、すぐに思い浮かぶ有名な人物・戦を取り上げています。
それでも人物の掘り下げと独特の心情描写があって、飽きることなかったですね。
同じ日本人ではあっても、戦国時代の死生観というのは現代人には理解しづらいもの。
だからこそ、当時の謎はできるかぎり当時の感覚を考えないと理解しにくいのだろうなぁと思ったりしました。


「覇舞謡」 織田信長
桶狭間の戦い直前、あの有名な「敦盛」を謡う信長。
家老の勧める籠城戦など一顧だにせず、湯漬けをかっくらって鎧を付けさせ、単騎で駆け出すところから始まります。
昔は山中の獣道を通っての奇襲説が流布していましたが、近年の研究通りに正面から堂々と今川本陣へと突撃していきます。
圧倒的に劣勢ではあっても、信長がいかに勝ちを取るためにあがいていたか。
今川義元も決して油断してはいなかったが、天候的な不運もあって、信長がすかさずそこを衝いたのが見事だったということでしょう。
その実情が詳細に描かれています。


「五宝の矛」 長尾景虎上杉謙信
守護代・長尾家の当主・晴景は政略を得意とするが病弱で人望があまりなく、弟の景虎は生粋の武人で不敗を誇りました。
大国・越後は長らくまとまりがなく分裂状態であったものの、年の離れた兄弟が阿吽の呼吸で援け合い叛く者を潰して統一していく過程が描かれていきます。
やがて管領職を譲られて上杉と名乗りを改めた政虎(出家してから謙信)は生涯のライバルとなる武田信玄の組織的な戦術にいたく興味を示すようになるのでした。
毘沙門天の生まれ変わりとも称せられる戦の申し子・上杉謙信の独特な世界観が特徴的な作品です。
組織のリーダーとして卓越していた武田謙信に対して、謙信は天才型であったのだなぁと思わせられます。


「純白き鬼札」 明智光秀
朝倉義景のもとに仕えていた、というか燻っていたといってもいい光秀が足利義昭に従って織田家に向かって信長と運命の出会いをするわけです。
信長はおかしな仇名をつける癖があって*1、光秀がキンカンと呼ばれていたことはわりと知られているとは思います。
それは若ハゲかと思っていたのが(光秀は禿げてはいなかった)、諱からのこじつけというのが面白かったですね。
本能寺の変に至るまでの心理描写は独特ですが、変な陰謀論よりも納得がいきました。


「燃ゆる病葉(わくらば)」 大谷吉継
豊臣秀吉にその才能を見出されたものの、今でいうハンセン病にかかって、歩くのも困難になったがその頭脳は鋭敏なままであったという人物。
石田三成の盟友ではあったが、家康の器量を買っていて、最後まで三成を抑えようとするも、その強い覚悟を知ると共に戦うことを決めた。いわば人格者ですね。
そんな彼が関ケ原の戦いに臨んだ際に警戒したのが小早川秀秋の裏切り。
倍以上の軍勢を相手に踏みとどまり、いったんは押し返したものの、他にも裏切り者が出て最後は包囲された中で痛烈な最期を遂げた。
特に捻りはないけど、その生き様だけで物語の主役たる人物です。


「深紅の米」 小早川秀秋
大谷吉継の後に裏切りの張本人・小早川秀秋をもってくるとはなかなかの構成ですね。
秀吉の後継者候補ということで若いうちにもてはやされたものの、秀頼が生まれた後は養子に出されて、早くから酒に溺れた愚物という印象が強いです。
ここでは賢さを隠すことで粛清を逃れるくらいに知恵があり、世の仕組みや人の感情も理解して、早くから家康の大器をわかっていたとしているのが新鮮。
生まれた環境が違っていたら、まったく違う意味で名を遺す人物になっていたかもしれないと思える人物像でした。


「黄金児」 豊臣秀頼
最後を飾るは秀吉の後継者ではあるが、一度も大坂城を出ることもなく亡くなった秀頼。
秀吉とは別の意味で名将の片りんを見せましたが、むしろ若い偉丈夫ということが老い先短く嫡男(秀忠)を信頼しきれない家康にとっては脅威で、滅ぼされる運命にあったというわけです。
大坂城内では淀君を始めとする女性陣に牛耳られていたことが何かと悪い印象で書かれてはいますが、千姫との婚姻など一定の政治力を持っていたという視点が斬新でした。
とはいえ、いくら秀頼が優れていようが、時代の流れと家康の執念の前には才能を発揮することなく城と運命を共にするしかなかったのだろうと思いますね。

*1:子供の幼名もおかしい