13期・61冊目 『冬を待つ城』

冬を待つ城 (新潮文庫)

冬を待つ城 (新潮文庫)

内容紹介

籠城か、玉砕か――否、三成との知恵比べに勝利し、あとはただ冬を待つのだ! 天下統一の総仕上げに、奥州最北端の九戸城を囲んだ秀吉軍、兵力なんと十五万。わずか三千の城兵を相手に何故かほどの大軍を要するのか――奥州仕置きの陰のプランナー石田三成の真意を逸早く察知した城主・政実は、九戸家四兄弟を纏めあげ、地の利を生かして次々と策略を凝らした。あとは包囲軍が雪に閉ざされるのを待つのみ!

「三日月の丸くなるまで南部領」と言われるほどに勢力を伸ばした南部晴政の後継の座を巡って対立を続けていた信直と九戸政実*1
九戸四兄弟の末弟である久慈政則を主人公にして、晴政没後の揺れる南部領が描かれます。
南部氏本拠である三戸城への正月参賀を機に信直と政実を和睦させようと九戸の兄弟は尽力するが、政実が刺客に襲われて頓挫。
影には南部宗家と有力一門である九戸の対立を煽って戦へと発展させようという企みがあり、いまだに燻る葛西などの一揆勢を九戸に合流させた後に15万を号する征討軍を差し向けるつもりなのです。
近い将来に実行する朝鮮出兵。厳しい冬を迎える現地での作業に従事させるには西国よりも寒さに慣れている奥州の民がふさわしい。
九戸反乱鎮圧に隠れて奥州で人狩りを行って連れ去るの目的があったのでした。
そこには奥州に対する蔑視がありありと伺えます。
独自の情報網によってそれを察知した九戸政実は南部を一つにまとめて秀吉に抵抗しようとします。
実は九戸政実の元には遥か昔に中央の軍に敗れて山々に籠った蝦夷の民がついている他、金銀や硫黄の鉱山を手にしていました。
秀吉配下の石田三成は莫大な火薬作りに欠かせない硫黄の鉱山を我が物にすべく、その在処をある者と協力して探っていたのでした。


豊臣秀吉の天下統一の最終段階で起こった九戸政実の乱は知っていましたが、なぜ刃向かうことになったのかまでは知りませんでした。
関東に覇を唱えた北条氏でさえ20万の大軍に飲み込まれて敗れ、伊達・南部を始めとする奥羽の諸大名は悉く矛を収めたというのに、南部氏の一門である九戸政実なぜ天下の軍勢に逆らうような真似をしたというのか?
実は冒頭で描かれた朝鮮出兵にて厳冬の中で苦闘する日本の将兵
一人の武将の顔を思い出して悔しがる石田三成。そこに答えがあったのでした。


すでに最終的な結末がわかっている歴史を小説として面白く読ませるには、資料からは伺えない背景やら人物像が必要かと思います。
やはり奥州といえば、アテルイから始まり、奥州藤原氏の滅亡までの中央との苦闘の歴史があるでしょう。
九戸政実はそれを受け継ぐ棟梁の一人として据えられたわけですね。
もともと南部氏の精鋭を率いる九戸として、天下が落ち着いていく行方が見えない愚者ではなく、やむにやまれぬ事情があったというのが納得です。
それぞれの立場に立つ九戸四兄弟の事情。
九戸と南部を標的にした石田三成の陰謀が徐々に明かされていくのがたまりません。
かなり悪者っぽく描かれていますが、現地であの人物が暗躍したのも納得です。
また、征討軍の先鋒対象に任じられた蒲生氏郷の清廉さ、後背定かならぬ伊達政宗など、それぞれの思惑で動くところも良かったです。
タイトル詐欺というか、善戦した割にはあっけなく和議が結ばれて、首謀者たちは処罰されることになったその真実が山場として描かれています。
多少強引な気がなくはないですが、死せる九戸政実石田三成の密謀を見事に潰したと思えば勝利なのでしょう。
その一方で戦いが長引き、征討軍が雪に埋もれた北奥州で立ち往生していたら、違う歴史が刻まれていたのかもしれないと気になりました。

*1:同じ婿養子として後継者候補だったのは次弟・実親