『決戦!三国志』

決戦!三國志

決戦!三國志


「姦雄遊戯」木下昌輝
袁紹配下の参謀であったが、進言が受け入れられなかったことにより裏切って曹操の元へと走り、官途の戦いの逆転劇を演出した許攸が主人公。
後漢においても名門の出で、幼き頃は袁紹曹操とも知遇があった人物として描かれています。
皇帝へのクーデターを企てて失敗を予見するなり逃げ出したり、官途の戦いの途中においても曹操の本拠地への奇襲を企てるなど、乱を好むというか癖のある人物の印象が強かったです。
彼のおかげで勝利を掴むことができた曹操ですが、重用する気はさらさらなく…。
名前は憶えていても何をした人物だったか、すぐに思い出せないくらい小物というか、時代の脇役・許攸。
姦雄の気質があったのでしょうが、スケールのでかさでは曹操には敵わなかった印象です。


「天を分かつ川」天野純
呉の軍を司り、赤壁の戦いを演出した後は劉備を危険視していた周瑜が主人公。
周瑜には親友にして主君であった孫策の今わの際の言葉「弟ではなく周瑜が後を継いで欲しい」と言われた秘密がありました。
遺言を違えて弟の孫権を支え続けてきたものの、劉備に協力して荊州の半分を譲ったことや、天下を望む覇気の無さに失望。
やがて叛意を抱くようになっていきます。
もしも周瑜が亡くなることがなければ劉備が蜀によって立つことはなかったかもしれなかったでしょう。
その代わりに彼の遺志が呂蒙陸遜に受け継がれたことで関羽の最期に繋がっていくのですな。


「応報の士」吉川永青
劉備が蜀(益州)入りした際に進んで先導役を務めた法正が主人公。
かねてから太守の劉璋の元で重用されなかったことや、優柔不断な劉璋では曹操に対抗しきれないと思っていた法正は親友の張松と共に密謀して乗っ取りを画策したのでした。
性格はともあれ、その優秀さでは諸葛亮も認めるほどの人物。
劉璋の元で燻っていた法正なくば、劉備が蜀に立つことはできなかっただろうと思わせます。
とはいえ、元々飢饉のために故郷を離れた法正を受け入れた劉璋の人の好さもそれはそれで個性なのでしょう。


倭人操倶木」東郷 隆
三国志の時代の日本は『魏志倭人伝』にある通り、多くの国々(実質村単位)に分かれて争っていた戦乱の時代。
中には東シナ海を渡って中国大陸へと渡り、海賊じみた活動をしていたと見られます。
そんな一派が漢人に囚われて農作業に従事するも、中には巫覡(ふげき=鬼道を用いる祈祷師の一種)になる者もいて、大陸の仙人と接触することもあったという。
そんな巫覡の倭人・操倶木(そぐぎ)が若き日の曹操に仕えていたという話。
そもそも倭の記述が中国大陸の史書のほんの一部にしか見られず、不明なことばかりの時代。
日本から大陸へと渡った倭人を取り上げたのが意外でしたけど、三国志の有名人物と関わりがあったなんて、想像する分には面白いとは思います。


「亡国の後」田中芳樹
劉備諸葛亮亡き後、酒色にふけり政を試みることなく蜀を滅ぼした劉禅司馬師の視点で描いています。
演義の影響もあって暗愚の代表格のような劉禅
でも、なんだかんだいって、劉禅の治世は40年以上続いていたのですよね。
初期の諸葛亮を始めとした有能な家臣に軍政を任せていたということで、平時であれば問題なかったのかもしれません。宦官による甘言に影響されやすいところが君主としてダメですが。
権力を手にして、魏の代わりに晋を立てるべく邁進する司馬師と国を滅ぼしながらも安穏として自己保全第一の劉禅との対比が象徴的とは言えます。




三国志についての小説を読んだのは非常に久しぶりでした。
もうだいぶ前ですが、小説・漫画・ゲームで夢中になっていたせいか、登場する人物名を意外と覚えていて、充分楽しめました。
本作は三国志の中でもメジャーな人物よりも脇役にスポットが当てられているあたり、元々三国志が好きな人向けなんだろうなと思います。
ただ、その割には”曹操孟徳”や”周瑜公瑾”という姓・諱・字を続ける表記がおかしく思えました。
まるで本格歴史小説なのに「織田信長様」と呼ばれているような感じで。*1
田中芳樹以外は日本史もので名の知れている作者たちですが、そのあたりの慣例を知らずに書いたのか、あえて編集の方針なのかが気になったところです。

*1:通常は”三郎”、”お屋形/お館さま”といった通称だったり、”弾正忠”、”右府(右大臣)”といった役職名、もしくは”上様”のような尊称で呼び、諱は絶対に口にしない