中山七里 『恩讐の鎮魂曲』

恩讐の鎮魂曲 (講談社文庫)

恩讐の鎮魂曲 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

韓国船が沈没し、251名が亡くなった。その事故で、女性から救命胴衣を奪った日本人男性が暴行罪で裁判となったが、刑法の「緊急避難」が適用され無罪となった。一方、医療少年院時代の恩師・稲見が殺人容疑で逮捕されたため、御子柴は弁護人に名乗り出る。稲見は本当に殺人を犯したのか?『贖罪の奏鳴曲』シリーズ最新作!!圧倒的迫力のリーガル・サスペンス!

御子柴礼司シリーズの第三弾。
前作、『追憶の夜想曲』のラストにて、幼女殺人と”死体配達人”としての過去が明らかにされたことで次々と契約を切られてしまい、事務所も家賃が安い場所へと移転。唯一、暴力団員の弁護依頼でしのいでいました。
そんな中である日、少年院時代の教官であった稲見が入居していた老人施設で殺人を犯したというニュースを知ります。
自らの罪を悔いて更生し、弁護士を目指すことになった少年時代の御子柴にとって稲見は父親のような存在。
同時に稲見が重傷を負って退官し、車椅子生活を余儀なくされたのも御子柴のせいでした。
昔気質で正義の塊のような稲見がなぜ人を殺すに至ったのか?
すでに国選の弁護人がいたのを強引なやり口で弁護を担当することになったのですが、あっさりと罪を認めた稲見は減刑を望むことはせず、弁護人にとって非常にやりづらい依頼人なのでした。


弁護士というエリートならば自分の汚点など絶対隠すものですが、逆に弁護の切り札として使ってしまうところが御子柴らしいと言えるし、それで仕事が激減してもさほど堪えたように見えない図太さが金に汚いと言われる御子柴らしいのかもしれません。*1
そんな彼がなんとしてでも弁護を引き受けようとしたのがかつての恩師である稲見。
まったく非協力な稲見を他所に事件が起こった伯楽園の実情を調べていくうちに明らかになる老人虐待の日常。
その中心人物となったのが、今回の被害者であり、過去の遭難事件で沈みゆく船上で女性を殴ってまで救命胴衣を奪い逃げおおせた人物でした。
かつてはいじめられっ子でおとなしかった少年が介護士としてか弱い老人に暴力をふるっていたという暴力の負の連鎖。*2
伯楽園を見学した御子柴がかつての少年院と同じ空気を感じたあたりに問題の根深さがうかがえましたね。
法廷では、日本では珍しい刑法の「緊急避難」によってかつて無罪となった加害者が今度は被害者となって、御子柴弁護士は同じ「緊急避難」適用によって無罪を訴えている。
過去と現在の二つの事件を繋ぎかたが巧妙でした。
「どんでん返しの帝王」などと呼ばれる著者ですが、本作は”どんでん返し”とか衝撃の事実というほどでもないものの、過去の因縁が絡んだ重い人間模様が描かれていて、充分読み応えありました。
御子柴と稲見だけでなく、稲見の亡くなった息子、殺された男の所業など、見事に恩讐がテーマとなっていました。

*1:報酬として大金を要求するが、絶対に勝利するところがブラックジャックをモチーフにしているのだとか

*2:いわゆる3K労働のわりには低賃金で働かされている鬱憤もあった