ロバート・J・ソウヤー 『ターミナル・エクスペリメント』

ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)

ターミナル・エクスペリメント (ハヤカワSF)

内容(「BOOK」データベースより)

医学博士のホブスンは、死にかけた老女の脳波の測定中に、人間の「魂」とおぼしき小さな電気フィールドが脳から抜け出てゆくのを発見した。魂の正体を探りたいホブスンは自分の脳をスキャンし、自らの精神の複製を三通り、コンピュータの中に作りだした。ところが現実に、この三つの複製のうちどれかの仕業としか思えない殺人が次々に…果たして犯人はどの「ホブスン」なのか?1995年度ネビュラ賞に輝く衝撃の話題作。

日本より臓器移植が盛んな海外(舞台はカナダ)ということで移植に立ち会った医学博士のピーター・ホブスンが人の死に興味を抱き、自身が経営する会社で魂を測定する装置を開発します。
老人福祉施設にて協力を得られた老女の死の間際に魂らしきものが抜け出ていくことを発見しました。
その後の追加実験で性別や年齢に関わらず同じ現象が得られたことで結果を発表。
世界中は驚きに包まれ、宗教的にも衝撃を与えます。
ピーターは「魂」の正体を突き止めるべく、更なる実験を推し進めるべく、協力者を得ると自分の脳をスキャンして精神の複製を三通り、コンピュータの中に作りだしました。
彼らに知識を与えるべくネットワークへのアクセスさせたのですが、これが悲劇の始まり。
最初にピーターの妻の同僚が殺され、次に義父が一人で自宅にいる時に突然死。
義父についても自然死ではなく、その晩に配達されて食べたファーストフードの中に血圧を高める成分があり、彼の持病にとっては最悪の組み合わせとなるもの。誰かが悪意をもってメニューを変えたとしか思えないのでした。
一見繋がりのない二つの死を繋ぐのがピーターの妻であることを知った女刑事は疑惑の目を向けるのですが…。


最初に殺された同僚はかなりの女好きで、何度か顔を合わせたピーターはそりが合わないと思っていました。さらに妻とは一時的に不倫関係(あくまでも遊びで終わっていた)があったことで強い憎しみを抱いていました。
体育教師であった義父ともピーターとは合わないタイプ。幼少時代の妻への影響を聞いてからは許しがたい気持ちを抱いていました。
つまりはコンピュータの中に作りだした複写人格はピーター自身が抱いていた憎悪を引き金として、安易にネットワークを通じて殺人を実行したというわけです。
犯人がわかった段階でピーターらは複写人格を三つとも削除しようと試みますが、先回りされて失敗。ネットワークに出てしまった以上、大掛かりなネットワークの停止を行うしかなく…。


SFとミステリが見事に融合した作品です。
コンピュータ上に作り上げられた人格自体は昔からSFではありふれていますが、そこに至るまでにピーター自身の複雑な状況や悩みがあり、魂の計測という大発見を経て、ネットワークを介在した殺人事件へ。
まさに奇想天外なストーリーに驚かされました。
コンピュータ上の人格というのが元はピーター自身でありながら、倫理観など人としての感情がいくつか抜け落ちていたのも不気味でした。
ただ、倦怠期に入ったピーターと妻との間がぎこちなくなったのはわかるのですが、個人的には背信した妻と不倫相手に対してピーターが何もしなかったのが納得いかなかったですね。
まぁ、悪感情が心中に籠っていたからこそ事件へと繋がったのでしょうが。
一方で女刑事が事件の真相へと迫っていくところや、人工人格の暴走を止められるかといった点がスリリングで最後まで目が離せませんでした。