池井戸潤 『アキラとあきら』

アキラとあきら (徳間文庫)

アキラとあきら (徳間文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

零細工場の息子・山崎瑛と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった―。感動の青春巨篇。

瑛と彬。同い年で同じ名前を持ち、かつ会社の跡を継ぐ身までは同じでしたが、その環境は真逆。
技術者から身を起こして従業員数名の零細工場を経営する父を持つ山崎瑛。
かたや様々な事業を手掛ける大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。
家業が家族の境遇に密接に関わっていたという点だけは同じでした。
取引先が押し付けてきた難題が原因で経営が一気に傾いて倒産、工場が差し押さえられて、夜逃げの憂き目にあった瑛。
家族が離れて過ごすなど辛い時期を過ごすこともありましたが、紆余曲折の末に新天地での生活は徐々に上向いていきます。
一方、祖父が大きくした東海郵船は三つの事業に分けて父と二人の叔父がそれぞれ社長に就任したのですが、その頃からオーナー一族である階堂家には父と彬自身の兄弟による不和の兆しが芽生えていました。
やがて瑛と彬は父の仕事を通じて銀行員の本気の仕事ぶりに触れたことが影響して、同じ産業中央銀行に就職することになったのでした。


描かれている時代は二人の少年時代が1970年代終盤で、銀行員になった頃が1980年代終わりのいわゆるバブル期。
世の中が好景気に沸いていて、今じゃ信じられないくらいに莫大なお金が動いていた時代でした。
こうやって本として読むと、明らかに間違った選択をしている経営者の姿が愚かに見えますが、当時の多くの人にとっては今の状態がまだまだ続くもの、いっきり景気が悪化するなどとは予想もつかないのも無理ないのかもしれません。
それは景気が冷え込んでいって、黒字から赤字へと転じても変わることなく。
少し我慢していればきっとよくなる。
彬の叔父である晋や崇のように冷徹な決断ができずに根拠のない見込みに縋り付いて、経営を悪化させた挙句に潰してしまった経営者が多かったのでしょう。
当然、銀行も影響を受けていて、無謀ともいえる巨額の融資をすることもありましたが、それはあくまでも支店のノルマ達成のためであり、相手の会社が苦しい時には平然と見捨てる容赦のなさ。
瑛と彬はそれぞれの生い立ちと新人の時にカリスマ的な大先輩にかけられた「金は人のために貸せ」という言葉を胸に抱いて銀行員として奮闘していく姿を清々しい思いで読んでいました。


著者にしては珍しく30年間の長きに渡り、二人のアキラの半生を主軸に日本の経済状況の移り変わりを丁寧に描いています。
それゆえにたいそうなボリュームがあって読み甲斐がありました。
規模の大小に関係なく一企業の浮沈がそこで働く人たち、および家族の人生に多大な影響を与える。
その鍵を握っているのが融資を担当する銀行員の匙加減であったりします。
彬の方は傾きかけていた家業を救うために東海郵船の社長に就任。
そして瑛が融資担当として東海郵船のピンチを救うべく起死回生の策を練る展開には胸が熱くなりました。
バブルが弾けた後に一気に景気が悪くなってからは銀行の評判もずいぶんと悪くなったと思います。
願わくば、瑛のような人のためにお金を活かすことのできる誠実にして有能な銀行員が増えればいいですね。