谷舞司 『神統記(テオゴニア)3』

内容(「BOOK」データベースより)

谷の神の加護を得て、諸族の帰依を集め自らの国を築き始めたラグ村の少年カイ。“守護者”としての使命を果たすため小人族を引き連れ灰色猿族の首都へ向かうと、王城の奥に座していたのは、地を腐らせ、触れるだけで生命を奪う呪われた存在…悪神。灰色猿たちが蹂躙されるなか、「大首領派」を率いる“賢姫”は、従えていた神狼を悪神へと解き放つ。カイたちは種族の垣根を越え、この世界を生きる者としての戦いを始めるのであった。そして人族の地では、州都・バルタヴィアにて、辺土領主が一堂に会する大祭「冬至の宴」が催されようとしていた…。

待望の3巻ですが、今回もボリュームたっぷりで読み応えありました。
普通のラノベ文庫の2冊分はありましたね。
3巻に登場した人物のイラストが嬉しかったです。個人的に挿絵をもっと増やしてもいいんじゃないかと思えたくらいです。


2巻からの続きで灰猿人(マカク)族の主邑を襲った悪神(ディアポ)との戦いがクライマックス。
悪神自体の動きは遅いとはいえ、いくつも触手を伸ばしてきて、触れられただけで戦闘不能になってしまう上に巨体ゆえの攻撃が利かないというラスボス感。
そんな中で乱入してきたのが、灰猿族の王女が北方より子狼を人質として従わせてきた狼の神獣でした。
神狼が直接牙で攻撃するのを見たカイはその秘訣をなんとか探り当て、協力して悪神に立ち向かいます。
少しでも喰らったら命を失ってしまいそうなぎりぎりの緊張感の中、小人族はもちろんのこと、新たに仲間となりそうな灰猿族の期待を背負って戦うカイ。
こういった、戦いの中で試行錯誤の末に新たな能力を得て成長していく展開というのは熱いです。
内なる谷の神様とのコミュニケーションには相変わらず苦労しているというか、カイがより高みに近づけば言葉がわかるようになるのか…。
ともあれ、長い戦いの末に悪神を討ち果たすことができた上に、谷と灰猿族との同盟も成って万々歳でした。
狼の神獣がweb版には無かった要素だと思いますが、さらに瀕死となって親にも捨てられた小狼を放っておけずに谷に連れて帰ることに。
小狼に乳をあげるために起こった一騒動は若いカイの無知が伺えて、ほのぼのというか、笑えるというか。
そういえばラグ村の家出姫のこと、すっかり忘れていました。
カイによって村に送り届けられた場面は普通ならばフラグが立ってもおかしくないくらいなのですが、すでに押しかけの二人(小人族と鹿人族の少女)に加えてエルサ(昏睡中)と白姫様ことジョゼもいるから、彼女の出番はなさそうかな。


後半というか、一応メインとしては辺土領主が一堂に会する大祭「冬至の宴」となります(合わせて辺土伯の第六公子への白姫様の嫁入りも兼ねている)。
辺土全体が大雪に埋もれて亜人種族からの襲来もなくなる季節。
それゆえに通常ならば移動も困難なのですが、一種の超人である加護持ちなら強行軍によって短時間での移動が可能。ついでに”なりかけ”(殻付き)とみなされているカイも荷物持ちとして同行することになりました。
加護持ちの辺土領主たちは揃いも揃って脳筋ばかり。早速カイは騒動に巻き込まれて、紋を表さずに加護持ちを退けたことから目を付けられてしまいます。
迂闊と言えるかもしれないけど、そのくらい見せ場があってもいいでしょう。
嫁入りに絡んだ辺土伯と第一公子との確執やら、繋がりのある中央貴族の暗躍やら、きな臭い動きがあって、白姫様の受難をカイが救う過程で八翅族*1であるネヴィンとの出会いがあります。
白姫様の受難に関してはweb版とは内容が変わっていて、こちらの方がふさわしいように思えました。
なお、ネヴィンとはその時の利害によって戦いもするし協力もするという、カイにとって始めて同格に近い存在ゆえにインパクトがありましたし、八翅族が辿ってきた悲しい歴史に独特な世界観を見せられましたね。
そして、冬至の宴が進むに連れて、怒涛の展開を見せていきます。
嫁入りどころか、悪神への人身御供とされてしまった白姫様をカイが救いに行く場面は燃えました。
最初は嫌な役どころに見えた中央貴族の姫もなぜかヒロインしていましたし(笑)
ここまでくると、カイの戦いぶりに安定感が出てきて、思い通りにいきそうにに見えましたが、独自の狙いで動いていた権僧都やら第一公子やらの思惑と混沌とした状況の中で思わぬ出来事の連続。
辺土における人族の将来に不安を思わせるような結末となりました。
客観的に見れば、カイには谷を中心として仲間を集めたり亜人との結びつきを強めていった方がよさそうな気がしますが、出身地であるラグ村を切り捨てることができないあたりが縛りとなっていますね。
そのあたりがカイらしさでもあるのですが。

*1:はるか昔に人族に敗北、土地を譲り渡して城塞の奥に隠れ住んでいた