有川浩 『植物図鑑』

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

植物図鑑 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。咬みません。躾のできたよい子です―。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所で「狩り」する風変わりな同居生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草”恋愛小説。レシピ付き。

一人暮らしの日々の中でコンビニ・外食が当たり前になって、すっかり寂しい食生活を送るようになっていたOL・さやかがある夜の帰り道、アパートのすぐ前の植え込みで生き倒れていた青年を拾う。
一見無害に見えるイケメンであった彼をついそのまま部屋まであげてしまい、買い置きのカップラーメンを与えたらすごく感謝されてしまうという冒頭です。
翌朝、あり合わせとはいえ、久しぶりに手がかかった朝食をいただいたさやかは彼を手放せなくなってしまいます。
男性は樹(イツキ)という名しか明かさなかったけど、家事万能のスーパー家政夫な上に金銭感覚も締まり過ぎるほどしっかりもの。
生活費を稼ぐためにコンビニの深夜アルバイトを始めた樹とさやかの昼夜逆転同居生活が始まったのでした。
食事を任せ始めてすぐにわかったのが、樹がかなりの植物オタクであること。
それも、道端に生えているような雑草*1一つ一つの名前から、それをどう調理すれば美味しく食べられるかという知識を持っていたのです。
まるで魔法のように樹が作り出す料理に興味を覚えたさやかは樹と共に週末ごとに”狩り”と称し、季節ごとに食べられる植物を探す散歩に出かけるようになったのでした。


若い女性が生き倒れていた男性を部屋に入れてしまうなんて出来事、現実ではありえないと言えばそうなんですが、あとがきにある通りに空から降ってきた少女と少年が出会って物語が始まるくらいだから、女性視点で変わった出会いがあっても良いということ。
アパート暮らしのサラリーマンが家出少女を拾って始まる物語だって、けっこうありますし(健全/アダルト、どちらでも。

何よりも特徴的なのが、樹が披露する料理の数々。
本を開いてすぐに写真が付録としてあって、有名な植物もあれば、名前だけ知っていたもの、見たことあったものはそれなりにありました。
ふきくらいならともかく、そんなのが食べられるとは知らなくて驚きの連続でした。
皮剥きやアク抜きなど、採ってきたばかりの植物にはそれなりの手間はかかりますし、作中でさやかが苦労する様子もあるけど、そういうのも含めて実に楽しそうに描かれていますね。
こういう描写を見てしまうと、自分でもやってみたくなるものです。
野菜って時期によって高いですから、身近なところからコストもかからず調達できるのはいいなぁと思ったり。
しかし、スーパーに並んでいる野菜・果物と違って自分で採集してくる場合、旬の見極めとか下ごしらえとか、知らないとうまくいかないもの。
生えている場所によっては排気ガスの影響とか、人が栽培している可能性もあります。
中には毒もあるので、作中で樹が言っている通り、自信がないかぎり手を出さない方がいいのですよね…。
と、樹による料理にばかり目が行ってしまいますが、一応これは恋愛小説です。
樹にとって、さやかの部屋は一時避難場所。だけど居心地が良すぎるあまりに1年が経とうとしていて…。
冒頭で出て行ってしまった描写がある通り、樹は忽然と消えてしまいます。
同じ会社の男性の誘いにも乗らず、樹が残したノートを参考に狩りに出ては試行錯誤して料理を作る。そうして待ち続けるさやかの様子が切なかったです。




まぁ、最後はハッピーエンドが待っているんですけどね。
最後の話に出てくる女の子が二人の子供かと早合点してしまいましたが、実はキューピッドみたいな存在であり、彼女も樹と似たような子供らしい悩みを持っていて、解決に向かうところで終わったのが微笑ましくて良かったです。

*1:「雑草という名の草はない」という昭和天皇の言葉が引用されている。もともとは植物学者牧野富太郎昭和天皇に言った言葉だという情報もあり