辻村深月 『ツナグ』

ツナグ (新潮文庫)

ツナグ (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

突然死したアイドルに。癌で逝った母に。喧嘩したまま亡くなった親友に。失踪した婚約者に。死者との再会を望むなんて、生者の傲慢かもしれない。間違いかもしれない。でも―喪ったものを取り戻し、生きるために会いにいく。―4つの再会が繋いだ、ある真実。新たな一歩を踏み出す連作長編小説。

ツナグという使者に頼めば、死んでしまった人に会うことができる。
そんな知る人ぞ知る都市伝説のような使者(ツナグ)に仲介を求めた人たちの連作短編集です。
使者(ツナグ)は仲介者であり、会いたいという申し出を当の死者に聞き、受け入れられれば面会が可能になります。
一晩かぎりとはいえ、生きていた時の姿で会えるのです。
ただし、どちらもたった一度しか機会がないのがミソですね。*1


「アイドルの心得」
慣れぬ飲み会に出た際に過呼吸に倒れたところを偶然通りがかった水城サヲリに救われて以来、ファンになった孤独なOL平瀬愛美。
サヲリは元売れっ子キャバ嬢で、飾らないまっすぐな性格、それでいて賢いトークで人気を呼んだアイドルであったが突然死してしまった。愛美はサヲリにお礼を言うために会いたいという。
「長男の心得」
持っていた山を売りたいが権利書の場所を教えてもらおうと母に会うことを願った畠田靖彦。長男として育てられて家を継いだが、優秀な弟や凡庸に見える息子などいろいろと複雑な思いを抱えている。
「親友の心得」
演劇部の仲良しだったのに主役の座を争って以来、ギクシャクしてしまった嵐美砂と御園奈津の二人。
いつも通る下り坂で「あいつが怪我すれば…」という出来心で水を流ししまった美砂。翌日、本当に奈津が自転車が止まることなく車に撥ねられて死んでしまい、謝罪のために会うことを決断するものの…。
「待ち人の心得」
年の離れた若い女の子とふとしたきっかけで出会い、同棲を経て結婚を申し込んだものの、彼女(キラリ)は友人と出かけた旅先で連絡を絶つ。聞けば友人は旅のことを知らなかったという。周囲は捨てられたのだと言うが、本人(土谷功一)だけは待ち続けて7年。ひょっとしたら命を落としているのではと思い…。
「使者の心得」
祖母が入院をきっかけに使者の役目を歩美に譲ることを決意し、正式に引き継ぐまで手伝わせる話。それまでの四話を使者である渋谷歩美の視点で語られる。
正式に引き継いでしまうと、死者に会えなくなってしまうので、それまでに誰に会いたいか決めておけと言うわれ、歩美は幼い頃に亡くした両親を想う。


死者の声を聞くとえいば恐山のイタコが有名で、他には霊能者が死者の霊を降ろすというスピチュアルで胡散臭いイメージがあります。
しかしツナグで対面する死者はまさに生前そのままの姿でちゃんとした会話ができるのが大きな違いです。
四つの物語それぞれに登場する人物もバラバラで、死者と会いたい事情が異なるのがバラエティあって楽しめるのですが、さらに最後に使者である歩美視点で綴られながら彼の事情が明かされるところまで非常に巧い構成であると言えます。
個人的に一番良かったと思うのは「待ち人の心得」ですね。
周りからどれだけ言われようと婚約者を信じ続けてまっていた功一。
自分の死を受け入れさせることで功一を前に進めさせてあげたいキラリ。
悲恋ではあったけど、四つ目の最後を飾るにふさわしい内容でした。
「アイドルの心得」は辛い状況にあったOLがアイドルの存在によって救われるのが良かったし、「長男の心得」では本当は思い遣りがあるのに素直になれないおっさんの内面にほっこりさせられました。
そういった感動的なエピソードとは趣が異なるのが「親友の心得」。
自己の欲求と友情とのバランスの難しさが伝わってくる内容です。
ちょっとしたボタンの掛け違いで友情が壊れてしまうのはよくあること。
生きてさえいれば修復する機会はあるだろうけど、もしも死んでしまい、しかもその原因を自分が作ってしまったとしたら、一生悔いが残ることでしょう。
最後まで我を張ってしまったために後悔に涙した嵐美砂の心情を責めるほど私は人間ができていません。
伝言の解釈は良い方と悪い方のどちらとも取れるのが複雑ですねぇ。どうしても嵐の視点だとネガティブな方に取ってしまいそうですが。
ただ、「使者の心得」にて劇の場面が描かれたのが良かったです。少なくとも嵐は真剣に演じることで親友への手向けにできたのですから。


たった一度しか会えないという理由づけからしてよく考えられているし、夜明けと共に消えていく様子はまさに神秘的であり、本当に今度こそこの世から消えていくことが実感できるのです。
続編が書かれているようで、刊行されていたらぜひ読んでみたいですね。

*1:人生で1カウントなので、死後は別