中山七里 『月光のスティグマ』

月光のスティグマ(新潮文庫)

月光のスティグマ(新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

幼馴染の美人双子、優衣と麻衣。僕達は三人で一つだった。あの夜、どちらかが兄を殺すまでは―。十五年後、特捜検事となった淳平は優衣と再会を果たすが、蠱惑的な政治家秘書へと羽化した彼女は幾多の疑惑に塗れていた。騙し、傷つけ合いながらも愛欲に溺れる二人が熱砂の国に囚われるとき、あまりにも悲しい真実が明らかになる。運命の雪崩に窒息する!激愛サバイバル・サスペンス。

主人公・淳平の隣の家に住む優衣と麻衣は一卵性双生児ということで、家族でさえ見間違うほどのそっくりの双子。
しかし、淳平だけはずっと一緒に過ごしてきたせいか、会話さえすればほんの微かな違いで見分けることができていました。
いつも一緒に過ごしていたこともあって、優衣と麻衣は淳平のことを同時に好きになり、淳平は二人に振り回されてばかり。
小学校低学年の頃、秘密の遊び場所である近所の森に不審者が出るから近づかないようにと警告を受けていたのにも関わらず遊びに行った結果、大人の変質者に捕まって悪戯されそうになるのです。
幸いなことに近所の男性が現れて声をかけたことで変質者は逃走したのですが、双子は眉の上に小さな傷をつけられてしまいます。
そんなことがあっても3人の仲の良さは相変わらずだったのですが、幼くて何もできずに震えるばかりであった淳平は二人を護りたいと強い想いを抱くようになります。
やがて優衣と麻衣は誰もが振り返るほどの美少女に成長し、多くの異性の関心を集めますが、誰も寄せ付けることはなく、傍にいるのは淳平のみ。
気が強い麻衣に対して、おとなしくて人を気遣う優衣。
中学生になった淳平が好意を抱いたのは優衣の方で、その想いを通わせることができたのもつかの間、ある晩に麻衣らしき少女が淳平の兄を刺したところを目撃してしまうのでした。
驚きと恐怖のあまりになにもできないまま遁走した淳平は、帰宅しない兄の安否、刺したのは本当に麻衣だったのか?などと悶々としながら寝に入ったところで大地震に見舞われます。
無我夢中になって窓を破って飛び出したものの、家は潰れて寝ていたはずの家族の安否もわからない。
隣宅も同じように潰れていましたが、瓦礫の隙間からかろうじて優衣だけ助け出すことができました。
しかし、火が起こったせいで麻衣まで助け出すこともできずに、怪我した優衣を背負って避難所まで歩いていったのでした。
両親を亡くして独りぼっちになってしまった淳平と優衣はそれぞれの親戚の元に引き取られて離れ離れになってしまいます。
そして15年後、かつての大事な人を護りたいという願いから検察官となった淳平は、上司の極秘命令を受け、ある政治家の金の流れを調べている内に一つのNPO法人に目を付けます。
震災孤児の援助を行っていたるというPO法人ですが、非公式にターゲットとなった政治家が理事に名を連ねていたのでした。
淳平は内偵のためにボランティアとして潜り込みます。
入ったばかりで重要な仕事を割り振られることもないまま過ごしていた淳平ですが、ある日、政治家の秘書として訪れたのが優衣でした。
かつて儚い印象を与えた少女は蛹から羽化して蝶になったかのような美女として淳平の目の前に現れたのでした。ただし、敵対する立場として。


美しい双子の幼馴染と過ごす少年時代。
淳平は思い切り好意を寄せられている上にお医者さんごっこ的な遊びで双子の違いを見つけようとするとか。
なんとも甘酸っぱいというか、背徳的とさえ思うほどの冒頭であり、不思議に惹きこまれるものがありました。
変質者によって付けられた傷痕が淳平の心にも消し去りがたい瑕疵として残るあたりがスティグマ(聖痕)なのだと思わされました。
異性を寄せ付けない双子が淳平だけを特別扱いしたまま中学まで過ごすも、当の淳平が好意を抱いたのは優衣であったから、麻衣のことや、双子に執心を抱いている兄のことなど、今後いったいどうなるのやらとやきもきさせられたものです。


さらに近年起こった二つの大震災がストーリーに大きな影響を与えていますね。
まずは神戸で暮らしていた主人公たちが中学生時代に経験した阪神・淡路大震災
そして15年後に淳平と優衣が再会した後に発生した東日本大震災
その前後の政治的混乱*1を経て、保守政党が政権を奪い返したことで、ターゲットの政治家が幹事長に就任。
それに合わせて、淳平と優衣の関係も劇的に揺れ動きます。
以前読んだ同著者の『総理にされた男』と同じ世界であり、総理や幹事長が同じだったのですね。
私は『総理にされた男』を先に読んだのですが、発表されたのは本作が半年ほど先でした。
果たして構想として近い時期であったのかわかりませんが、あの時の総理の決断によって、現場がこうなっていたのかと思うと感慨深いものがあります。




以下、ネタバレ含む気になった点など。




・検察官となってNPO法人で内偵を始めた淳平の仕事ぶりがどうにもお粗末な感じ。
思い込みで捜査を進めている印象がぬぐい切れなかった。
簡単に身バレしてしまうし、身に着けたIT技術を発揮する間も無かったし。
ターゲットが大物政治家ということで、チームを組んでも良さそうなのに、物語の都合があるとはいえずっと一人で担当していたのが不自然に思えた。
・再会した優衣に惹かれていくのはわかるけど、恋人であった瑤子への淳平の態度はないだろうなぁと思わせるものだった。特に瑤子が世話になった親戚が被災して、そこに彼女が行くというエピソードを知ってしまっては。
・潰れた家から助けだしたのは優衣だと判断したけど、実は麻衣であったかもしれないという疑問はずっとあって、大人となった優衣が中学時代とは違う印象を受けたから余計に戸惑わされた。最後に理由が明らかにされて納得したけれど…。
・↑や淳平の兄の死にも関係するけど、父が亡くなって家計が火の車だからといって、いきなり中学生が援助交際に手を出すものか? 優衣の誰にも言えない汚れた過去を持つ演出にしては強引かと。おとなしい子ほど思いつめたら大胆な行動を取るものかもしれないけれど。
・震災で被害を受けた優衣が震災孤児支援に尽力する政治家に傾倒していったのは充分わかるのだけど、私設秘書となってその裏を知っても同じ想いを抱き続けていられたのだろうかが気になった。男女の仲となって目が曇ってしまったのか?
淳平に問い詰められた優衣の言い訳が苦しく思えた。
・最後の人質事件に関しては劇的すぎる展開でびっくりしたし強引にも思えたのは事実。悲しい結末であったが、もしもテロは発生せず、トラブルの根を引きずったまま無事に帰国しても二人が幸せになれる未来があったのかわからない。


いくつかの謎が提示されて最後に一気に明かされますが、比較的予想できる範囲ではあり、どんでん返しというほどでもありません。
読んでいる最中、そして読み終えた後にも粗が目についたものの、常に先が気になる展開の連続であり、おおいに心を揺さぶられたのは確かです。
敵対する立場にある男女が一時的に結ばれても幸せになることはなく、物語的にはどちらかが死ぬのがきれいな終わり方なのかなぁと。

*1:長らく野党であった革新政党が政権を取るも国民の期待を裏切って醜態を晒した