岩井二四三 『絢爛たる奔流』

絢爛たる奔流

絢爛たる奔流

内容紹介

戦国から江戸へ時代が移り変わる慶長年間、京都に「水運の父」と呼ばれた男がいた。豪商・角倉了以は金融業や海外貿易で得た莫大な資金を投じ、京の都をさらなる繁栄に導くため、大堰川高瀬川を開削する大プロジェクトに挑み、江戸幕府の命により、さらに大規模な富士川天竜川にも手を広げる。偉大な了以を支えながらも、自らは書や文芸に親しむ生活に魅力を感じる息子・与一。角倉親子の挑戦の年月を描く、長編歴史時代小説。

角倉了以と人物の名は確か歴史の教科書でも見た憶えがあって、戦国末期~江戸時代初期の商人としては、かの茶屋四郎次郎と同じくらい知名度があるんじゃないかと思います。
しかし、実際にどんなことをした人物かというとはっきりとは憶えてなかったもの。
彼は本業である土倉*1で財を成して、茶屋・後藤と並んで京の三大長者と呼ばれるまでに成功していましたが、ある野望がありました。
それは陸路で馬や人が運ぶしかない京への水運を拓くこと。
その候補として目を付けたのが丹波から流れ込んでいる大堰川*2です。
もともと筏で川下りはされていましたが、実際に下ってみると危険な大岩や瀬が多くあるので、舟でも通れるように整備し、かつ舟を上らせるための綱道も整備しなければならない。
もちろん、舟が使えるようになれば京に流れ込む人・物資が増加するので、その賃料として儲けは見込まれます。
50歳にして天命を知った了以の主導により、角倉の総力をあげた大堰川の水運事業が始まったのでした。


舟を運航する際に障害となって立ちはだかる大岩を取り除いたり、岩壁に綱道を通す難作業。
舟による水運業が始まると仕事を奪われてしまうと店の前で暴れて抗議しようとする馬借の集団。
その他に迫る期限や見積を超えて膨らんでいく工費など、難題がいくつものしかかります。
どちらかというと、陣頭指揮を執る了以よりも、幕府との交渉や店を任された長男の与一の方が裏方で苦労して様子が伺えますね。
大堰川の工事が無事終わったと思えたところで、今度は幕府より甲斐と駿河を結ぶ富士川、続けざまに天竜川に対して同様の工事を行うように命令が下ります。
いずれも距離が長くて難工事が予想されるだけでなく、人口も少ないので儲けが出る前に破産する恐れがあるも、お上からの命とあれば断れるわけもなく・・・。


物を運ぶのは人と馬のみであったこの時代、川を使った水運というのはかなり利便性があるものですが、その工事も人手に頼らざるを得ないわけで、河川の工事もかなり大変で危険であったことが文中から伝わってきます。
いわば近世版プロジェクトXといった内容ですね。
どんな障害が立ち塞がろうが、寿命が尽きるまで天命を果たそうと邁進する了以。
父の暴走が巻き起こす面倒ごとや店の差配だけでなく、難病にかかった娘のことなど苦悩が絶えない与一。
それに加えて現場で工事を指揮する手代たちも様々な苦労に振り回される様子が伝わってきます。
最後の高瀬川(実質、運河)まで、複数の立場でいかに水運業を進めていったかがダイナミックに描かれていて、実に読み応えありました。
政治や戦ばかりでなく、スケールの大きい事業に挑戦した人々の物語というのは時代を超えて心を揺るがすものがあります。
当然、その裏には並々ならぬ苦労もあるわけで、もう一人の主人公である与一の辛苦も非常に印象に残りましたね。

*1:いわゆる金貸し、金融業

*2:現在の表記は桂川