山本兼一 『ジパング島発見記』

ジパング島発見記 (集英社文庫)

ジパング島発見記 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

種子島鉄炮を伝えた男ゼイモト、冒険商人ピント、イエズス会宣教師ザビエル、『日本史』を著したフロイス…。16世紀、日本にやってきた7人の西洋人の目を通して、「日本という国」を浮き彫りにする連作短篇集。西洋文化と接したことによって、日本は、どのように変わったのか。そして変わらなかったのか―。

16世紀中盤に起こった鉄砲伝来とキリスト教伝来によって戦国時代の日本は大きく揺れ動くことになりました。
影響を受けた側である日本国内の動きはいろいろと読む機会がありましたが、逆に鉄砲とキリスト教をもたらした側であるヨーロッパの個人の視点から日本に来てどう感じたかを描いた作品は少ないようで、そういう意味では珍しい視点での短編集になります。
宣教師からすれば、邪教神道・仏教)を信じ、悪魔が跋扈する日本を正しい教えに導くのが大前提。その上で、他のアジア・アフリカ人と比べると日本人は礼儀正しく文化的でありながら非常に変わっていると感じられるようで。*1
登場人物が来日する前の過去や心情を描く以上、史実に無い部分はかなり創造して肉付けされているようです。
当時のヨーロッパ人が本当にそう思い込んでいたかのような真に迫った描写の巧さががありましたね。
ただ、短いゆえに新鮮で楽しめた(ゼイモトやピント)のもあれば、内容が物足りない(フロイスやヴァリニャーノ)のもありましたが。


「鉄砲をもってきた男」
まず最初は種子島に鉄砲を伝えたポルトガル人ゼイモトの話。
極めて顔立ちが優れていた彼は母の死後に孤児となって以来、女絡みのトラブルが絶えない生活で、女に惚れられては追い出されるのを繰り返していました。
彼はアジアに向かう大船団に潜り込んだものの、逃げようのない船内で性悪な司令官愛人に目を付けられてしまい、命の危険を感じて脱出した先がシナのジャンク船。そうして種子島に辿り着いたというわけでした。
彼をサポートした王直のしたたかさが見事。


「ホラ吹きピント」
冒険心に溢れる商人ピントは東アジアで大儲けと損失を繰り返していましたが、ジパングのことを知っていたく心を刺激されてやってきます。
かなり誇張が入っていますが、日本人に警戒されながらも、手八丁口八丁で乗り越えていく様子が楽しかった一編です。
言葉が通じなくても、彼のような人物だとなんとかできちゃうのが羨ましい。


「ザビエルの耳鳴り」
日本におけるキリスト教の伝来者として名高いザビエル。
ナバラ王族の子として生まれるも、故郷が侵略によって蹂躙された過去が重くのしかかっていました。
宣教師となってもトラウマとして残っていたようで、布教許可を得るために上京したものの、京がすっかり荒れ果てていたことに絶望したり、山口で大内家の庇護のもとに順調に布教が続いていたところで災厄(陶晴賢の謀反)を予見したり。
度たび過去がフラッシュバックのように蘇り懊悩する場面が象徴的ですね。
死後に聖人として祭り上げられた彼ですが、生きている間は一人の人間として深い悩みを抱いていたのだろうと思わせられます。


「アルメイダの悪魔祓い」
元はポルトガルの裕福な家庭に生まれて医者として将来を嘱望されながらも日本では聖職者の道を歩むようになったアルメイダの話。
結局は教会にやってくる信者の怪我や病気を診るようになって感謝されるのですが、ある夫人の狐憑き(宣教師からすれば悪魔憑き)を治すために長い闘いが始まります。
洋の東西に関係なく精神からくる病を宗教者が抑えるには結局は時間と根気をかけているのかなぁと。


フロイスのインク壺」
本書の案内役でもあるルイス・フロイス
優秀な表現者であり記録者であったフロイスポルトガル王によりインク壺を賜って今後も王国のために記録を取るように激励されます。
その結果、アジアに向かう船団に乗って日本に来訪。そこで織田信長に出会いました。
現代の私たちが信長の行跡を知ることができるのは『信長記』を遺した太田牛一の存在が大きいですが、一方でポルトガル人であるフロイスによって克明な記録が遺されたというのが歴史的に大きな意味があったように思えますね。
その上で後世のキリスト教世界では信長がどう評価されたのかまで書かれていれば良かったと思いました。


「カブラルの赤ワイン」
日本国布教長に就任したカブラル。
ヨーロッパ文明を至上とした人種差別主義者でアジア人蔑視を隠そうとしなかったゆえに日本人と軋轢を起こして、最後は解任されてしまいます。
でも一定階級への布教のために絹の服など贅沢な格好をした現地宣教師たちに反対し、宗教者として清貧を第一に貫いた頑固さは意外でしたね。
でもやはり人物としては好きになれませんし、日本で暮らしながらワインと肉にしがみついていたあたりは滑稽に見えましたが。


「ヴァリニャーノの思惑」
東インド管区の巡察使という地位にあって天正遣欧少年使節を実現させたヴァリニャーノ。
名門貴族の生まれにして才能にも優れ、法王の後援も得て順調に出世してきたエリートでした。
しかし、作中では神学校で学ぶ日々の中で酒場の淫婦に惚れこんだあまりに騙されたことに逆上して刃傷沙汰を起こしてしまう。イエズス会に入会して海外に出ることになったという流れが斬新でした。
日本人女性が彼の好みとは合わない細い目だったので、惑わされることなく仕事に邁進できたというのも複雑ですね。
まぁ、聖職者であっても完璧ではなく、人間として欲望に惑わされてしまうのも歴史を見れば当然なのでしょうが。
天正遣欧少年使節については、信長との歓談でヨーロッパに誰かを行かせたいという話題がきっかけとなったのが面白かったです。

*1:特にチョンマゲが奇異に見えたのは現代日本人としては頷ける