13期・56冊目 『決戦!本能寺』

決戦!本能寺

決戦!本能寺

内容(「BOOK」データベースより)

天正十年六月二日(一五八二年六月二十一日)。戦国のいちばん長い夜―本能寺の変
葉室麟(斎藤利三)
冲方丁(明智光秀)
伊東潤(織田信房)
宮本昌孝(徳川家康)
天野純希(島井宗室)
矢野隆(森乱丸)
木下昌輝(細川幽斎)
天下人となる目前の織田信長を、討った男、守った男。その生き様には、人間の変わることのない野心と業が滲み出る。名手七人による決戦!第3弾。

戦国時代を象徴する人物、織田信長
長年の敵・本願寺を屈服させ、武田を滅ぼし、毛利と上杉を攻め、四国には上陸直前。
まさに天下統一まで残りわずかと思われていたその時に起こったのが明智光秀による謀反。
自ら弓や槍を取って戦い、最期は炎に包まれて死に逝くという劇的なものでした。
その本能寺の変を主題に取ったのが本作。
今回のラインナップを見ると、信長本人は入ってなく、その周囲の人物ばかり。
明智方が2編、信長側近である森乱丸や当時わずかばかりの人数で畿内にいた家康を別にすると、意外な人物も入っていたりしますね。
全体的に戦国初心者よりも、ある程度史実を押さえていた上で想像力を働かせることができるマニア向けといった内容だったと思います。


伊東潤「覇王の血」(織田信房)
ここで登場する織田信房は信長の一門衆であろうことは推測できるのだけど、誰?っと思ってしまったのは事実。
実は美濃岩村城の遠山氏に養子として送り込まれた信長五男の御坊丸が成人後の人物だったのです。
武田信玄の西上作戦に敗れて甲府に人質として送られていたのが、長篠の戦後に和睦を希望する武田勝頼によって返還。その際には織田勝長*1と名乗っていたのを信長と対面時に”勝”が上にきているのが気に入らないと改名させられたのでした。
孤独だった幼少時代に養母として親身になり、彼自身も慕っていた「おつやの方」が信長を裏切ったことで岩村城陥落後に逆さ磔にして殺されたと人づてに聞いて、信長に深い恨みを持っていたという背景がありました。
いつか信長に復讐するために武田家で鍛えていたのに、勝頼に頼まれて織田家との和睦のために戻ります。
もっとも信長の武田を滅ぼす意思は固く、信房は役目を果たせないまま、信忠付の一門衆として働くことになってしまったというのです。
そんな彼が真意を隠したまま迎えた本能寺の変。その行動の裏には積年の恨みを果たすためでした。
初っ端から意外性有りすぎる人選と内容でびっくりでした。
織田信房という人物は史料にもあまり残らず、詳細は不明なのですが、本作で書かれたような事情があっても不思議じゃないですね。明智光秀が信長を亡きものにした後に神輿にしようとしたというのにも納得でした。


矢野隆「焔の首級」(森乱丸)
信長の忠実なる側近・森乱丸が主人公。
有能な小姓であると同時に眉目秀麗なことから衆道の相手であったとされる彼ですが、部門の誉れ高い森家の一門として、兄・長可のように戦場に出ることを渇望していたとしています。
それがようやく叶ったのが本能寺にて主君を守りながら槍を振るった時というのが皮肉でした。
乱丸視点ということで、謀反の背景など余計な記述は無しで、ひたすら彼と信長の最期を劇的に書いたのが良かったです。
本能寺を覆いつくす炎の如く、勢いが感じられた一編でした。


天野純希「宗室の器」(島井宗室)
三番目に登場したのは博多の豪商・島井宗室。
もともと信長と交流あった千宗易(利休)や津田宗及でもなかったのが意外。
実は配下への報酬として茶道を広めて各地の名物を欲していた信長に目を付けられたのが彼が持っていた楢柴肩衝であったということでした。
かつて戦で地元博多が焼き討ちされて、妻子を喪ったことから武士を恨んでいた彼は楢柴肩衝の要求を飲むべきか抗うべきか大いに迷う。そして彼が決断した時に本能寺は炎に包まれた、という演出が憎いですね。


宮本昌孝「水魚の心」(徳川家康)
武田滅亡後、駿河国を賜ったお礼に上京した十数人ばかりの家康一行。
その道中は安全なはずであったが、偶々明智光秀の謀反に遭遇してしまい、命がけで三河に戻ることに。
その際、同行者には同じ駿河国に所領を持つ穴山信君がいたが、彼らは途中で道を分かつことにするのですが、それが生死の分かれ目であったのでした。
戦国の英雄の若き頃を描くのが非常に巧いと個人的に思っている著者ゆえにこの一編も自然に惹き込まれる内容でありました。
役目を終えた同盟者である家康を信長が始末させるつもりであったという説もありましたが、天下統一が近いとはいえ、さすがにこの時点では無いかなと思います。
ただ、穴山信君が監視役であったことくらいはあり得るかも。
幼き頃からの友情と戦国大名としての冷徹さという二面が見られたのは良かったです。
最後に登場した石田三成が完全に引き立て役だったのがちょっと可哀そうなくらい(笑)


木下昌輝「幽斎の悪采」(細川幽斎)
明智光秀とは共に足利幕府を支えていた同志。
そして、幕府滅亡後も信長に仕えて子同士で婚姻を結んでいたことから、光秀は信長を倒した後も助力を期待していたと一般的に思われていました。
しかし、実際には誘いには乗ることなく、剃髪して喪に服していました(この時、幽斎と名乗った)。
どうしてそのような行動を取ったのか?
幽斎から見た信長と光秀に対する感情がかなり斬新に思えたものです。
その鍵となっているのは実兄である三淵晴英。そして信長の弱点とも言える肉親贔屓。
本能寺の変の裏にあった謀をこのような視点で描き切ったことに脱帽の思いでした。


葉室麟「鷹、翔ける」(斎藤利三)
明智光秀の腹心として有名な斎藤利三を美濃斎藤家の主流を継ぐ立場として描いた一編。
その背景には応仁の乱の時の名将・斎藤妙椿の存在があったという。
光秀に仕えた経緯や美濃を奪取した斎藤道三の後を継いだ信長に対する敵対心。それに長曾我部との繋がり。
まさに斎藤利三なくては本能寺の変はあり得なかったのだと改めて思わされました。
謀反を起こしたのにも関わらず、彼と光秀という主従の繋がりの強さだけは光るものを感じますね。


冲方丁「純白き鬼札」(明智光秀)
あの時、光秀はいかにして謀反を決意したのか?
実は本能寺の変において信長や第三者(秀吉など)の視点で読むことは多くても、光秀視点で読む機会は少なかったですね。
怨恨説以外に朝廷やらバテレンやら家康・秀吉やら、いろいろと謀略説が取りざたされているけど、そういった外部要因は除き、あくまで信長との関わりを中心とした、光秀の内面に切り込んだ内容なのも良かったです。

*1:こっちの名前なら憶えがあった