13期・53冊目 『為吉 北町奉行所ものがたり』

内容(「BOOK」データベースより)

為吉は幼いころ呉服屋「摂津屋」の跡取り息子だったが、両親を押し込み強盗に殺されていた。その後、北町奉行所付きの中間となっていたが、ある日、両親を殺した盗賊集団・青蜥蝪の首領が捕まったとの知らせが届く。その首領の発したひと言は為吉の心に大きな波紋を広げ…。与力、見習い同心、岡っ引きなど、江戸の治安を守る“狼”達が集う庭の、悲喜交々の人間模様。そして、為吉の人生にも大きな転機が訪れる…。

何事もなければ呉服屋の若旦那として裕福な暮らしが約束されていたはずの為吉。
幼い頃に押し込み強盗に襲われて、押し入れに匿われた自分以外の家族が惨殺されてしまったことにより、運命が急転。
引き取ってくれた叔母は親身になって育ててくれたが、叔父には快く思われず、成長した為吉は北町奉行所の中間(下働き)として働き始めます。
最初の「奉行所付き中間 為吉」では、そういった過程および犯人らしき盗賊集団・青蜥蝪の首領を捕まえて、腰縄を持つ役を為吉が務めることになります。
憎き両親の仇であるはずの首領を目の前にするも、そこにいるのは病に蝕まれたただの老人であり、為吉の胸中は複雑に揺れるのでした。


町奉行所を中心として、そこで働く与力、同心、岡っ引きといった、江戸の町の治安を守る人々を扱った連作集といった内容です。
どれも読んでいるうちにすんなりと江戸の町に馴染んでいってしまいそうなくらい、雰囲気作りが巧みですね。
私はいわゆる時代ものはあまり進んで読まないのですが、宇江佐真理の小説に関してはいつ読んでも惹き込まれるのが確実です。
つくづく惜しい人を亡くしました。
なお、為吉は最初と最後で主人公を務めますが、端役だったり一度も出てこない作品もあったりします。


「下手人 磯松」では、品川宿の飯盛女に生み捨てられて、宿のおかみさんの温情で育てられた磯松がどういった経緯で殺人を犯すまでに至ったか。
温和で鈍いように見えた磯松が「頭を遣えよ」の一言で怒りに我を忘れて殺人へと至ってしまうのですが、単に言葉ではなく、きちんとした理由が考えられているので納得です。
被害者の方がろくでなしだった場合って、その後がどうなったのかが非常に気にかかりますね。


「見習い同心 一之瀬春蔵」
同心見習いとして父の後を継ぐべく出仕した春蔵がついたのは同僚上司であろうと汚職腐敗があれば容赦なく追い込む鬼同心の神谷舎人。
しかし、神谷について仕事を習っている内に別の面が見えてくるという内容。
前評判によって不安にくれる春蔵の心境の変化を始めとして、ドラマチックな人間模様の描写がお見事。


「与力の妻 村井あさ」
奉行の補佐となる与力・村井家の長女あさは婿を迎え、二男二女を設けた今では一家を支える母として落ち着いているように見えます。
ただ、村井家にはかつて嫡男がおり、あさは幼馴染の男に嫁ぐつもりであった過去があって、現在進行形での事件と交差しながら進んでいきます。
妻から見た与力の仕事ぶりや家庭内事情が新鮮。
上司(奉行)の夫人が主催する茶会に招待されて断り切れないあたりは現代に通じるものがあって、何とも言えませんね。


「岡っ引き 田蔵」
与力・同心だけでは広い江戸の治安を守ることはできず、民間の中から手下として協力しているのが岡っ引き。
渡される報酬だけでは暮らしてはいけないので、ほとんどが兼業しているそうで、茶見世を持っている田蔵もその一人。
田蔵の妻・おつるは過去のいきさつにより予知能力に目覚め、”神様”と呼ばれているという変わった内容。



「下っ引き 為吉」
田蔵の娘と相思相愛になったことで、為吉は婿に入り、後継ぎとして働くことに。
まずは各地で起きている盗難事件について、田蔵の指示で情報を集めようとしたのですが、内部協力者でもいるのか、なかなか尻尾が掴めず苦労していると、ある日おつるに呼ばれて意外な人物の名を告げられたのでした。
自分の利益になると勘違いしていたのが、思いのままにならなかった時の負の感情は意外と強いものであるようで。
為吉がようやく幸せになれるかと思ったところで、意外な結末を迎えてちょっと驚きました。
ただ、全てが良い方向にまとまってハッピーエンドを迎えるだけでなく、ほろ苦さがあるところに著者らしさがあって、かえって印象深く残った気がしますね。