13期・51冊目 『武者始め』

武者始め

武者始め

内容紹介

真田幸村を描いた「ぶさいく弁丸」他、北条早雲武田信玄上杉謙信織田信長豊臣秀吉徳川家康ら、天下に名を轟かせた七武将の知られざる?初陣?を鮮やかに描く!

元服後に初めて戦場に立つ武者始め。
戦国時代の有名人物たちの武者始めを虚実混ぜて書かれた短編集になります。


「烏梅新九郎」
梅干しが大好きな烏梅新九郎こと伊勢新九郎とは後の北条早雲。昔は徒手空拳の浪人から成りあがって一国を主に成り上がった下克上の先駆けという説がありました。
今では幕府の要職にあった伊勢氏の一門であったという定説を取り入れて、その権威をバックに機転をきかせて駿河今川家の家督争いを見事に治めたというエピソードを描いていますね。
その時に太田道灌とも出会っています。
その後の伊豆討ち入りよりも、血を流すことなく今川家の内紛を治めたことが彼にとっての武者始めだったということになったようです。


「さかしら太郎」
武田晴信(信玄)の父である信虎は長男である晴信よりも次男の信繁を溺愛しており、家督は信繁に継がせる可能性がありました。
一方で領内を顧みずに外征を繰り返す信虎に家臣や領民の不満が溜まっていて・・・。
賢いが父からは嫌われていた晴信が後の武田四天王となる武将たちとの出会い、そして家臣を動かして父を追い出すように仕向けるまでが描かれていて、やはり英雄の若き頃のエピソードというのは面白い。
いわゆる砥石崩れ(砥石城攻めの敗戦)にて信虎時代からの重臣が奇妙な戦死をしていることに新たな当主・晴信の謀略の一端を匂わせていたのが興味深かったですね。


「いくさごっこ虎」
冒頭、城の火番(火事が起きないように見回る役)を揶揄った罪で囚われた者を断罪する場面にて、幼いうちから合理的だが苛烈な性格を見せた後の上杉謙信
寺に入れられても城の模型を作ってみたり、同年代の子供を集めて戦ごっこに興じたりと専ら戦に勝つことだけを考えていたところが後の軍神らしいエピソードです。
四男でありながら、もっとも父・長尾為景に似ていたという。
初陣の際に景虎という諱を亡き父が寺に入れる前から用意していたことが明らかになった結びが良かったですね。


「母恋い吉法師」
生まれたばかりの吉法師(織田信長の幼名)は癇が強く、さらに乳を飲む力が強いために乳母が何人もちぎられてしまい、しまいには成りてがいなくなってしまったという。*1
そんな中で乳母に立候補したのが家臣池田氏の妻・お徳(養徳院)。
彼女が言うには母が恋しい吉法師のために土田御前の匂いをつければいいととんでもないことを言い出したのでした。
母・土田御前は弟である信勝(信行)を愛し、幼少の頃から疎まれていた件も含めて、幼い頃の信長の心情にも迫った良作であると思いますね。
乳母となったお徳の存在がどれだけ信長に影響を与えたのか計り知れないとも思わされました。


「やんごとなし日吉」
やんごとなき生まれだと粉飾した日吉(後の豊臣秀吉)が信長に出会い、桶狭間の戦い直後に仕官するまでをユニークに描いた作品。
この人に関しては色々とエピソードはあるものの、不明な点が多いので、こういった過去があったとしても秀吉らしくて面白いなと思いますね。
最期のオチが目に浮かぶようで素晴らしいです。


「ぶさいく弁丸」
真田幸村(信繁)というと、ゲームなどの影響によって美男として描かれていることが多いですが、肖像画などを見ると別にそうでもなさそうで(源義経と同様に判官びいきが影響していると思われる)。
ここでは思いっきりぶさいくとしているのがユニーク。
だけどその容姿に加えて度胸と機転で、人質として預けられた上杉景勝だけでなく豊臣秀吉に気に入られて、彼の人生の影響を与えたのだと思うと面白い。
そういえば、戦国時代の兄弟としては珍しく仲が良かった武田晴信・信繁兄弟にちなんで諱を信繁にしたとか、元服時の通称が兄・信之が源太郎と勘違いされて(実際は源三郎)源次郎になったとか、うまく取り入れているなぁと思ったもの。

*1:信長のエピソードとして記憶にあるけど、きっと後から創作されたのだろうなぁ