13期・42冊目 『明日の子供たち』

明日の子供たち (幻冬舎文庫)

明日の子供たち (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

三田村慎平・やる気は人一倍の新任職員。和泉和恵・愛想はないが涙もろい3年目。猪俣吉行・理論派の熱血ベテラン。谷村奏子・聞き分けのよい“問題のない子供”16歳。平田久志・大人より大人びている17歳。想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。

ソフトウェア開発の営業から転職した三田村慎平が新任職員として児童養護施設「明日の家」に赴任してきた初日が冒頭のシーン。
「明日の家」は小学生から高校生までおよそ90人の子供たちが暮らしているため、広い玄関口には靴がたくさん。特に小学生男子と思われる運動靴がバラバラになって落ちているのを見て、慎平は親切心から拾って整理してあげようとしたところで上司となる和泉和恵に注意されて元の通りに散らかされてしまいます。
自分たち職員は入所している子供たちの親ではないので、愛情をもって一人ひとりの世話ができるわけではない。
小さな子供といえども、規則を守らせていかなければならない。
その言葉に反発を覚える慎平ですが、やがて彼も子供たちに接したり、先輩たちに教えられながら日々の業務に追われるうちに児童養護施設の現実が見えてきます。
同時に児童養護施設で暮らす子供たちの感情にも振り回されます。
それに戸惑いつつも、和泉や猪俣のような先輩たちのように職員として一人前になれるように奮闘の毎日が始まるのでした。


最初は児童養護施設に入所している子供たちへの一般的な印象がそのまま慎平を通して綴られて、それに対して和泉はもちろんのこと、カナやヒサといった入所が長い高校生たちから現実を突き立てられる。
カナの言う「施設にいるからかわいそうだと思われるのは違う」「最初の頃はなんて良いところなんだと思った」といった言葉に意外さを感じるのと共にどれだけ過酷な生活を送っていたのだと思われます。


一般家庭と違って集団生活を送るために規則を守らなければならないこと(それが時代に合わなくても)。プライベートを確保するのが難しいこと。自由に使えるお金が少ないこと。
色眼鏡で見られることを危惧して学校では施設にいることを秘密にする子が多くて、苦労していること。
親がいても一緒に暮らせない事情があること。
主に経済的な事情により、将来に対する選択肢の幅が狭く、高校卒業と同時に独り立ちするために多くが就職をすること。たとえ進学を希望していても、その先は厳しいこと……などなど。
実際の施設の職員や子供たちを取材して、物語を作り上げたのだとわかるほどに細かく描かれていますね。
ちょっと前に話題となった児童養護施設を取り上げたドラマのことを「ファンタジー」と切って捨ててるのが笑えました。
ただ、きっかけの一つになったのは良かったと。それくらい一般人の認知度は低いし、予算割当も少なくて施設の老朽化や職員の人手不足が深刻であることが登場人物を通して訴えられています。


ラストの方で「明日の家」ではなく、現役・卒業問わず施設の子が気軽に寄れる目的の「ひだまり」という多目的ならぬ無目的施設が登場します。
しかし、県議会での”仕分け”で予算削減の対象になってしまうのです。
同じ福祉でも老人ホームのように誰もがいずれは関係する問題では関心が高まりやすいし。なおかつ入所者は選挙権を持っている。
その点で児童養護は入所している間は選挙権を持たないし、卒業したら頼れる者も無く、一人で厳しい現実の中で生きていくのに精いっぱいで余裕がなくなる。
つまり、政治(おとな)の世界ではエアポケットに落ちてしまう問題であると指摘されているのは目から鱗が落ちる感じでした。
例のテレビドラマのようにありえない設定からの衝撃やドラマチックな展開で目を惹くのではなく、本作のように可能な限り現実に沿った内容のフィクションにて認知度が広まっていくのが良いのでしょうね。