13期・41冊目 『決戦!桶狭間』

決戦!桶狭間

決戦!桶狭間

商品の説明
内容紹介
累計10万部へ!「決戦シリーズ」第五弾!!
成り上がりへの壮大なプロローグ――桶狭間の戦い!
花村萬月(今川義元)
冲方丁(織田信長)
宮本昌孝(今川氏真)
富樫倫太郎(松平元康)
矢野隆(毛利新介)
木下昌輝(岡部元信)
砂原浩太朗 第2回決戦小説大賞受賞者(前田利家)
信長、家康、そして秀吉……「天下布武」へのそれぞれの道は、ここから始まった。
戦、戦、戦――この男たちの熱を体感せよ。

歴史小説では一部の群像劇と違って、たいていは読む方も主人公側に肩入れしてしまいがち。
そこを一つの戦いを題材にして、実力ある小説家が織田と今川の両方の武将の立場から書くというのがこの決戦!シリーズ。
関ケ原とか川中島とか、すでに有名な戦を題材にしていくつも出ているようです。
従来は奇襲よって休息中の今川軍本陣を襲ったとされていましたが、近年の研究では正面突破説が定説となりつつある桶狭間の戦を手にしてみました。


東海道一の弓取りとして駿河遠江三河を領する今川義元が武田・北条との三国同盟によって後方の不安を取り除いた後は京に上洛することを目指します。*1
もともと今川家は室町幕府守護大名の中でも重い地位にあり、輿を使用することを許されていた家柄だという。
上洛の際に障害となるのが以前から争っていた尾張織田家で、信秀の代から因縁ある相手ですが、跡を継いだ信長は”うつけ”との噂があるし、織田家が集められる兵力はせいぜい四千程度。
それに対して、今川義元は四万(実勢は二万五千程度)の大軍をもって押し寄せたのでした。
圧倒的に戦力差を前に籠城を進言する重臣を無視し、『敦盛』を舞った信長は自ら先頭に立って城を出るや、後から追いついた軍勢を前に熱田神宮にて戦勝祈願。
今川軍が休息している桶狭間へと進撃、かくして戦いが始まったとされています。


織田信長が飛躍し、後に今川のくびきを逃れた家康と同盟を組むことなる戦いとしてあまりに有名すぎるために手垢がついた題材ではありますが、それでも織田・今川かの両面から読むと意外と面白さを感じるもの。
スポットを当てられているのはまず主役である織田信長冲方丁「覇舞謡」)。敵である今川義元の能力を正しく評価しており、本当にぎりぎりのタイミングで勝ちを取りに行った冷静な信長像が描かれていますね。良くも悪くも妥当な内容でしょうか。
当時は信長の側近を手打ちにした罪で放逐されていた前田利家(砂原浩太朗「いのちがけ」)というより、村井長頼を主人公にしている点で風変わり。直接ではなく、砦から戦いを見ていた点が面白かったです。
矢野隆「首ひとつ」は義元の首を取った毛利新介のがむしゃら感がよく伝わってくる内容。後がない攻める織田と守る今川本陣の将兵たちの必死さが熱くて、本当にぎりぎりで義元が討たれた様子がわかります。
一方の今川勢。
富樫倫太郎「わが気をつがんや」では老境の太原雪斎が義元の後の今川を支える人材として家康(当時は松平元信)に目をかけていたというエピソードが描かれて興味深かったです。
まぁ、氏真の性格の政治無関心が変わらないかぎり、桶狭間の戦いがなくても、義元亡き後に離反することになったんじゃないかと思いますがね。
そういえば今川氏真も信長と同じ上総介だったのかと気づかされた宮本昌孝「非足の人」。
まさに生まれる時代と場所を間違えたとしか言いようがない人物だけど、こうやって戦の影に隠れた部分を丁寧に描いた小説というもの良いもの。
木下昌輝「義元の首」では最前線である鳴海城を任されていた岡部元信が主人公。かつて今川家の家督争いで義元の敵側についたとか、その際に老忍びと縁を持ったという背景がなかなか面白い。桶狭間戦後に義元の首に固執した理由、その引き換えとした条件の背景とかよく練られた内容で脱帽です。
最後にもってきた花村萬月「漸く、見えた。」では、なんと死して身体と離れ離れとなった義元の首が語るという内容。
すでに首だけとなっているので虫が付いても手で振り払えない。かろうじて目が開いているので視界に入ってくる情景に時に嘆き、時に怒りと諦観、時に過去を思い出す。これがなんとも哀愁漂うのです。海道一の弓取りと称えられた大名がこのざまだと。
信長との対面の場面が特に見どころでした。

*1:上洛自体はかけごえに過ぎず、実際はかつて守護職にあったという政治的理由と経済的な理由で尾張を支配したかったという見方があって、そちらの方が現実的だと思える