13期・28冊目 『アポロンの嘲笑』

アポロンの嘲笑 (集英社文庫)

アポロンの嘲笑 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

“管内に殺人事件発生”の報が飛び込んできたのは、東日本大震災から五日目のことだった。被害者は原発作業員の金城純一。被疑者の加瀬邦彦は口論の末、純一を刺したのだという。福島県石川警察署刑事課の仁科係長は邦彦の移送を担うが、余震が起きた混乱に乗じて逃げられてしまう。彼には、命を懸けても守り抜きたいものがあった―。

日本中どころか世界をも揺るがせた東日本大震災から五日。
毎日のように起こる余震に加えて、ライフラインが寸断されたまま。震災による甚大の被害から立ち直る間もなく、生き残ったとしても、住まいや家族を失っていたり。
そんな中で福島県石川警察署刑事課の仁科係長は女川町の実家に遊びに行った一人息子の行方がわからないまま、職務に励んでいましたが、殺人事件発生の報を受けて現場に行くことになりました。
父子二代に渡って原発で働く金城家は神戸での震災を経験して、福島に引っ越してきたところでこの度の震災にも遭遇したという不運がありました。
被害者は長男の純一、加害者は金城家にて家族同様の親交を結んでいた加瀬邦彦
仁科の前での邦彦と金城家の家族のやりとりがどう見ても加害者と被害者家族とは思えない不自然さがあったものの、おとなしくパトカーで連行されて行くのでした。
しかし途中で余震によってパトカーが止まった隙に邦彦は逃亡。
地震津波の爪痕が残る中で交通機関も麻痺しており、そう遠くは行けないはずの邦彦を捕まえることは容易いと思われましたが、彼は想定外の方向へと逃げていました。
さらに金城家と邦彦を警視庁公安の刑事が追い始めていることに。
いったい彼らには何があるのか?
仁科はまず邦彦の過去から洗い出すことにしたのでした。


東日本大震災が起こって間もない混乱の真っ最中の時期で起こった殺人事件を追う刑事。被害者も加害者も原発作業員。しかも神戸の震災の生き残り*1という縁で繋がっていました。
頻繁に発生する余震やインフラが閉ざされて不自由する生活。電車は当然止まっており、道路のあちこちが陥没したりして移動にも苦労する状況。
私は関東に住んでいて、直接被害を受けたわけでもなく、あくまでもメディアで見聞した立場ですが、7年が経過した今でも本作で事細かに描かれる福島の状況は否が応でも当時の記憶を思い起こさせます。
事件は酒の入った純一が暴れていたのを押さえようとして誤って刺してしまったようで、状況次第では正当防衛となりそうなのになぜ邦彦は逃げ出したのか?
彼はどこを目指そうとしているのか?
いろいろと気になる謎を残しながら邦彦の過去を掘り出しつつ進んでいきます。
その中で明かされる原発作業員の過酷で理不尽な環境。
厄介ごとを現場に押し付けて被害者ぶり、当事者としての責任や義務を放棄している東電や原発の危険性に目を逸らして後手後手に回る政府への憤りが浮き彫りにされています。崩壊の危険が迫る四号建屋の内部探査のために送った無人機が撮影したのは燃料プールの下部に取り付けられていたC4爆弾
原発破壊を狙う”かの国”の工作員が日本人に成りすまして純一につきまとっていたことや邦彦がまっすぐ原発を目指していることから彼の狙いがようやく見えてきます。それは破壊か、それとも・・・?


派手などんでん返しなどありませんが、概ね最後まで飽きずに読み通すことができました。
ただ、邦彦と金城家の交流は終盤だけじゃなくて、途中でももう少し描かれていたら、彼が命を賭すまでに覚悟を背負ったことに納得できたのになぁと思いました。
また、震災に直面した人物の思いや当時の状況描写が真に迫るほどにたった一人で危険極まりない四号建屋に突入しようとする邦彦と仁科のヒロイズムが安っぽく感じてしまいました。
例えばハリウッド映画で主人公が決死の冒険を果たして生還するのはエンターテイメントだから楽しめるわけで、現実に起こり記憶が色あせていない出来事をベースにするならもう少しリアルな結末を持ってこれなかったのかなぁという思いが残りました。

*1:邦彦の方は自宅が崩壊する中で両親が庇ったおかげで九死に一生を得ていたが、引き取られた叔父宅で虐待を受けたり学校でいじめられるなど壮絶な人生を送っていた