13期・15冊目 『仮釈放』

仮釈放 (新潮文庫)

仮釈放 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

浮気をした妻を刺殺し、相手の男を刺傷し、その母親を焼殺して無期刑の判決を受けた男が、16年後に刑法にしたがって仮釈放された。長い歳月の空白をへた元高校教師の目にこの社会はどう映るか?己れの行為を必然のものと確信して悔いることのない男は、与えられた自由を享受することができるか?罪と罰のテーマに挑み、人間の悲劇の原型に迫った書下ろし長編小説。

殺人罪無期懲役に服していた主人公・菊谷。
無期といえども、服役の態度次第でいずれ仮釈放として出られることを知って以来、徹底して模範囚となり真面目に過ごしてきたことが報われ、15年でようやく娑婆に出られることになりました。
もっとも仮釈放とはいっても刑期が免除されたわけではなく、無期であることは変わらずですが。
月に二度、保護司の面接を受ける他、泊りを要する外出には許可が要るなど、完全に自由の身となったわけではありません。
刑務所での15年間身についた習慣はなかなか取れず、また世間から隔絶していたために物価がだいぶ上がっていることなど、社会に馴染むのに苦労している様子がうかがえます。
保護司に紹介された養鶏場に勤め始めて、人が続かない仕事(きつい・汚い・危険というよりは臭いの3K)であっても真面目に続けており、順調に社会に馴染んできた菊谷に対し、そろそろ再婚してはどうかと持ち掛けられたのですが・・・。


高校教師をしていた彼は元来堅物ともいえる性格。
趣味といえば船を借りて釣りに出るくらい。
普段は職場と家を往復する真面目な生活ぶりで、子供こそできないものの、おとなしい妻と共に平凡な暮らしを送ってきました。
そんな彼がなぜ殺人に手を染めたかというと、完全に信じ切っていた妻の不貞。
告発の手紙を受けてからどうしても気になってしまい、泊りがけの釣りに行った際に仮病を使って自宅に戻ってみれば、そこには知人と妻の濡れ場。
妻が自分の知らない乱れっぷりを見せていたことに目の前が朱くなった菊谷は包丁で浮気相手を切りつけた後に妻を滅多刺し。
それだけにとどまらずに逃げた浮気相手を追いかけて、その自宅に放火。逃げ遅れた老母が焼死したのでした。


臆病なほどに小市民的で社会から落伍することを恐れる菊谷の心情が綴られます。
生活を監視されていることに不満を抱くことはあるけれど、彼のことを思って色々と手を尽くしてくれる保護司には感謝の念を強く抱いていて、期待を裏切って道を外れるようなことはなさそうに見えます。
特徴的なのは、直接関係ない老母を死に至らしめたことは申し訳なく思い、墓参りに行く意思はある(遺族感情を慮って行ってはいない)ものの、不貞を働いた妻には一片の罪悪感を抱いていないことでしょうか。
確かに殺人は決してしてはならない究極の犯罪。
だけど、そもそも一方的に裏切ったのは妻と知人であり、そこに菊谷の落ち度はないという気持ちはわかります。
刑務所では服役によって罪を償い、まっとうな人間として更生して生きていくことを目標とする。
その上で本当に罪を悔いて、心を入れ替えることができるのか?
菊谷のことを怒りに駆られると抑えが利かなくなるモンスターだと断ずるのは簡単ですが、こうして彼の心情を読んでいると、更生の難しさを感じました。


それとは別に昭和50年代後半*1と思われる時代背景が懐かしかったですね。
15年のブランクだと今ではスマホを始めとしてIT関連が思い浮かびますが、その頃だと高度経済成長の終盤に重なるためにたいそう物価が上がったらしいです。
街並みの変化や家電の普及も合わせて、菊谷の驚きぶりが時代を感じさせて新鮮でした。

*1:500円玉が出回り始めたとあった