12期・25冊目 『陶都物語〜赤き炎の中に〜 壱』

陶都物語~赤き炎の中に~ 壱 (HJ NOVELS)

陶都物語~赤き炎の中に~ 壱 (HJ NOVELS)

内容(「BOOK」データベースより)

現代の日本で小さな製陶会社を経営していたオレ(32歳)は、経営不振のストレスから職場で倒れ、幕末の日本へと転生してしまう。美濃国(岐阜県)に生まれ、「草太」という名前で2度目の人生を始めたオレは、子どものころから自重をかなぐり捨てて、おのれの未来を切り開くべく動き出す。のちに美濃焼の一大産地となる多治見の地で草太が企てたのは、現代技術による焼物チート、貧窮にあえぐ実家の建て直し計画だった!子どもの体に現代のセラミックス技術を備える「神童」の活躍を描いた幕末転生ストーリー!

昨今のネット小説では歴史の転生ものと言えば戦国時代がもっとも多く、次いで第二次世界大戦(少し遡って日本が国際的に孤立する前あたりから)ってところでしょうか。意外と幕末は少ない気がします。
いずれにしろ、戦国時代の武将だったり、要人の身近な人物だったりして、早い時期から史実に影響を及ぼすことになることになりやすいです。


それが本作は美濃国(岐阜県)・多治見の大原郷の庄屋の血縁・「草太」として生まれることになります。
生家はただの小作農より多少マシといった程度、後に養子に入る父の実家である庄屋も屋敷は立派なものの、内実は長年の借金で首が回らない状態でした。
その借金の先が同じ庄屋身分でありながら、尾張藩御用の総取締役として東濃における陶業を独占的に引き受けている西浦屋。
明治時代になれば美濃の陶業が一気に上昇気流に乗り、黄金時代を築いた後に凋落することを知っている主人公の中身は前世で製陶会社の経営者として苦しい状況の中で突然死したおっさん。
しかし、新たな生では何かと神童として見られるようになってきたとはいえ、未だかぞえで5歳の小童でしかありません。
己の中で沸き起こる情熱をこのままに大人しく幕末を迎えることはできようがありませんでした。
養子になった林家の家計立て直しと地元陶業の歴史を変える野望を抱き、なんとか西浦屋の息がかかっていない窯はないものかと悩んでいたところ、祖父に連れられて行った根本郷の代官所近くに天領窯というものがあることを知って…。


本書のあとがきによると、著者の出身地である岐阜県多治見市の郷土史からヒントを得て、始めは個人ホームページに連載していたのを「小説家になろう」で人気が出て、書籍化したという流れ。
私自身、読み始めたのは結構最近で、今年に入ってからでしたが、読み始めたら、たちまち夢中になってしまいました。
陶器は歴史に密接に関わりあり、戦国時代には茶器文化として花開きましたし、各地の○○焼きという名で一度は聞いたことがあっても、その背景は意外と知らないことに気づかされます。。
そこに美濃焼きの栄華と凋落を知っている主人公が幕末近い時代に転生し、郷土の歴史を変えるための足掻きがやがて時代のうねりの中へと身を置くようになっていくのが興奮を誘うストーリーとして展開していくのです。
壱巻は黎明編であり、最初の試作品であったボーンチャイナ安政の大地震によって挫折するも、ヒロインであったお妙ちゃんの遺志*1をその破片に込めて新たな決意を抱くところまで。
頼りになる祖父の貞正、草太を嫌う堅物の太郎伯父、意外と話のわかる次郎伯父に天領窯の職人など主人公を取り巻く人物像もいいし、しっかりと地に着いた文章も好感が持てます。*2


引っかかった点としては、主人公年齢が低すぎるところくらいでしょうか。
窯作業を始めとして、何から何まで人力であるこの時代に5歳で参加するのは体力的に相当無理があったのではないかと素人的に思ったものです。
せめて10歳を超えていればもう何年かで元服を迎えるわけだし、できることも増えたのではないかと。
まぁ、前世をプラスした実年齢の中身と思うようにいかない小童の身体のアンバランスが転生ものの持ち味でもありますけれど。
そういえば、書籍版描き下ろしのプロローグは良かったですね。
原作の方では2017年7月現在、政治の世界にどっぷり浸かって本業が疎かになっていますが、史実では荒唐無稽とも言える野望を実現して、そこに辿りつくのが今から待ち遠しいです。

*1:初期ヒロインがあえなく亡くなってしまうというのがかなりショックではあった

*2:若干、ネットスラング等が入っているのがネット小説ならではなのか